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明るい収穫祭と暗い冒険者ギルド

 王国騎士のサラが指令を受けて王都を旅立ってから約一か月。

 エキナセア王国南部にある小都市エスノム、そのメインストリートに彼女の姿はあった。


「思いのほか賑っているな。ダンジョンから冒険者たちが帰ってこないことで、もう少し気落ちしていると思っていたのだが…」


 帰還率の低い危険なダンジョンが街の外に誕生したという噂は、街の人たちも当然知っている。

 だというのにエスノムの街には活気が溢れていた。


 この世界においてダンジョンの魔物は、ダンジョンの外に出てくることは稀なため、野生の魔物よりも格段に危険が少ないとされている。

 冒険者たちにとっては脅威となり得るダンジョンの存在も、魔物の退治や素材の採取を生業としているわけでもない一般市民にとっては、それほど恐怖を感じるものではないのだ。

 危険なダンジョンの誕生の噂は、最初こそ街の人々に恐怖を与えたが、自分たちが被害を受けるわけではないとわかるとすぐに収束していった。

 身内や友人が冒険者でもない限り、ダンジョンのことを気に掛ける市民はもうほとんどいない。


「なんというか薄情…いや、逞しいと言うべきか。」


 街の人たちのことを薄情と言うことなかれ。

 一歩街の外へ出れば、魔物や盗賊に襲われて簡単に命を落とす危険があるこの世界だ。

 遠くの不幸に一々心を痛め、自分に迫っているわけでもない危機に怯えていては、特別な力があるわけでもない平民たちはまともに生きていけない。

 同じく平民の出で、そのことをよく理解しているサラは街の人たちのことを逞しいと評した。


「そこの騎士のねえさん!ウチのパニャは甘くて最高だよ!一つどうだい?」


 サラがぼんやりと街の様子を眺めていると、恰幅のいい女に声を掛けられた。

 声がした方に振り替えると、道の端で市場を出して果物を売っている。

 パニャは桃色で丸い形をした果物で、甘い香りを漂わせており実に美味しそうだ。


「一つ貰おうか。」


 サラは誘惑に負けて、パニャの実を一つ購入した。


「はいよ、まいどあり!このプルーナはおまけだよ!」


 女はそう言ってパニャと一緒に、プルーナと呼ばれた柑橘系のさわやかな香りが特徴的な、小さくて黄色い果物を渡してきた。


「ありがとう。しかしこの通りはやけに屋台や露店が多いな。」


 エスノムのメインストリートには、綺麗なアクセサリーや生活雑貨を売っている露店、美味しそうな香りを漂わせている屋台、立派な野菜や果物を売っている市など、たくさんの店が出ていた。


「ああ、ねえさんこの時期にエスノムへ来るのは初めてかい?今日は収穫祭でね。この街の人はみんな楽しみにしてたんだ。」


 エキナセア王国の今の季節は秋。

 実りの秋には美味しい野菜や果物がよく採れる。

 一仕事終えた労働者が、自分達の畑で取れた野菜や果物を持ち寄り、飲めや歌えやの大騒ぎをしたことがこの収穫祭の起源らしい。

 娯楽の少ない労働者達にとって、美味いものを食べて羽目を外して大騒ぎできる祭というのは、数少ない楽しみの一つだ。

 エスノムの街に活気があるのは、年に1度の収穫祭の日だからという理由もあった。


「なるほど、やけに賑やかだと思ったら今日は祭の日だったか。」


「収穫祭は1週間くらいあるからね。しばらくここで店を出すからまた買いに来てくんな!」


「ああ、また来よう。」


 そう言って市から離れ、道路脇にあったベンチに腰掛けるサラ。

 手に持っていたパニャの実を一口齧ると、華やかで上品な甘みが口いっぱいに広がり、サラの心は幸福感に包まれた。


 パニャの実を食べ終わって遠くの方を見ると、屋台の串焼きをもの欲しそうな目で見ている男の子の姿がサラの目にふと映る。

 男の子が串焼きをねだっている相手は父親だろうか。

 父親は「仕方ないな」と唇を動かし屋台で串焼きを2本買うと、1本を男の子に渡す。

 男の子は父親から受け取った串焼きを美味しそうに頬張り、見ているだけで幸せになりそうなとびきりの笑顔を見せた。

 その様子を見てサラの頬が思わず緩む。


「今日は素晴らしい日だな。」


 男の子の姿が見えなくなると、サラはベンチから立ち上がって歩き出した。




 メインストリートから離れ、街の外れへとやってきたサラ。

 これから冒険者ギルドへと向かうところだ。


 冒険者という生き物は主に街の外で活動している。

 魔物の討伐や素材の採取という仕事の特性上、身に着けているものを汚した状態で帰って来る者も多い。

 それに、魔物の素材を街中まで運ぶのも一苦労だ。

 あらゆる面を考慮し、余計なトラブルを避けるために、冒険者ギルドは街外れに建てられることが多かった。


 そして冒険者というものはよく食いよく飲む。

 さらに、命の危険が常に付きまとう冒険者には稼ぎの良い者が結構いて、基本的に金遣いも荒い。

 魔物退治でたまったストレスを飲食や夜の店で発散するので、冒険者ギルドの周りはそのような店で活気が溢れているのも珍しくない。


 だというのに、エスノムの冒険者ギルドの辺りにはどこか薄暗い雰囲気があった。

 やはり例のダンジョンが原因だろうか。


 サラは扉に手をかけ、冒険者のギルドに入る。

 騎士の制服を着ているということで注目を浴びたが、すんなりと受付までたどり着いた。

 自分たちのホームに騎士が入ってきたとなれば、ちょっかいを出す冒険者の一人や二人いそうなものだが、ここにそんな輩はいない。

 むしろ騎士であるサラの姿を見て、安堵の表情を浮かべる者がいたくらいだ。


 サラは受付に用件を伝えると、ギルドの奥にある部屋へと通される。

 その部屋でサラは、ギルドの支部長からダンジョンの細かな情報について聞き出すのだった。


 ~~~


「グルルルルルルル!」


 1匹の狼が威嚇の声を上げる。

 視線の先にいるのは3人の冒険者だ。

 剣士が二人と魔法使いが一人という、よくありそうなパーティーだった。


「【石弾(ストーンバレット)】」


 魔法使いが狼に向けて石の銃弾を放つ。

 狼は軽やかな動きでそれを避け、冒険者達との距離を詰めた。


「な…あいつ、速いわ!」


「来るぞ、ジョン!」


 剣士の一人が狼に向かって切りかかった。

 だが狼はこの攻撃もひらりと躱す。

 しまったとばかりに大きな隙ができた剣士の顔が歪む。


「ウォオオオン!」


 狼が一鳴きすると、剣士に向かって1本の矢が飛んできた。

 矢はまっすぐ剣士の頭に突き刺さると、剣士はその場に倒れこんだ。


「ニック!」


 魔法使いが剣士の名前を呼ぶが反応はない。

 ニックと呼ばれた剣士は完全に息を引き取っていた。


「バウ!」


 狼が再び吠える。

 ジョンという名の剣士の喉笛めがけて、狼が鋭い爪で飛び掛かる。

 ジョンはそれをなんとか剣でいなした。


「【石弾(ストーンバレット)】」


 魔法使いが狼に向かって石の銃弾を放つも、地面に着地した狼は軽々とそれを避け、その勢いのまま後ろに下がった。

 すると入れ替わるようにオークが前に出て、ジョンに向かって剣を振り下ろす。

 ジョンはそれを受けることも躱すこともできず、真っ二つに切り裂かれる。


「いやああああああぁぁぁぁぁぁ!」


 部屋中に魔法使いの悲鳴が響き渡った。

 すると部屋の奥からコツコツと人間の足音のようなものが聞こえてくる。

 魔法使いが音のする方を見ると、山賊のような見た目の男がそこに立っていた。


「あ…た…助け…!」


 なぜ魔物たちの奥にある部屋の入口から男が出てきたのかはよくわからない。

 だが、これを逃してしまえば魔物に殺されてしまう。

 魔法使いは精いっぱいの声を振り絞り、男に助けを求めた。

 男は地面に転がった二つの死体を見て口を開く。


「ちと出遅れちまったか…お、なんじゃ!まだ一人おるじゃないか!しかも女!」


 魔法使いの女は男の言葉の意味が理解できなかった。

 人が死んでいるというのに、なぜこんなにも上機嫌なんだろうか。


「おい、お前さんたち!こいつはワシが持って帰る。手を出すなよ。」


 そう言って魔法使いの女に近づいていく男。

 魔物は道を譲るように男を避けた。


「え…?」


 真っ白な頭をなんとか動かし、男の目の前の状況を理解しようとする魔法使いの女。

 男の邪な笑顔を見てその言葉の真意を察し、彼女の表情は絶望に染まっていく。


「あ…あ…!」


 叫び声も出なかった。

 冒険者としてそれなりに修羅場をくぐってきたはずの彼女にも、この状況はそれほどの恐ろしいものだったのだろう。


 こうしてまた一人、ベルの被害者が増えるのだった。


 ~~~


「ラピッドヴォルフ、なかなか使えるな。」


 ダンジョンコアの成長によって新しく召喚できるようになったラピッドヴォルフの初戦闘を見て、俺はそんな感想を抱いた。


 ラピッドヴォルフは素早くて賢い狼の魔物だ。

 戦闘力はそれなりに高く、機敏な動きで相手を翻弄し、手数で相手を圧倒するという戦闘スタイルを取っていた。

 また、社会性が高くて統率力にも優れており、先程のように仲間の魔物に指示を出す指揮官としても優秀だ。

 ラピッドヴォルフ自体のパワーは低いが、オークみたいな魔物と組むことで、とてつもない力を発揮してくれることだろう。


「そうですね。そして何より見た目も申し分ないです。」


 やはりレモリーは犬が好きらしい。

 ラピッドヴォルフは狼らしく凛々しい顔つきをしているのだが、犬っぽければなんでもいいのだろう。


「これだけの指揮能力があるなら、各部屋に1体ずつ置くのもありだな。」


 ダンジョンに侵入者が現れたら、基本的に俺が【念話】で魔物に指示を出している。

 だが、最近は侵入者の数が増えてきて、その負担がかなり大きい。

 ラピッドヴォルフを現場の指揮官に据えれば、俺の負担も幾分か和らぐだろう。


「…!!それでしたらこのコアルームにもぜひ…」


 俺はレモリーの戯言を無視して、ラピッドヴォルフを追加で召喚していくのだった。


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