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優しさと悲しみ

「このダンジョンもなかなか立派になってきたな。」


 ダンジョンコアを通してダンジョンの地下を見ながら俺は呟く。

 先日ベルの刺客が襲来してから約一ヵ月が経っており、その間にダンジョンは地下5階まで拡張されていた。

 コアルームは常にダンジョンの最奥に存在するというルールがあるらしく、現在では地下5階に移動している。

 また、それに合わせてベルの部屋も地下5階に移動させていた。

 レモリーを除けばこのダンジョンの最大戦力であるベルは、できる限りコアルームの近くに置いておいた方がいいだろうと判断したからだ。

 魔王としてまだ強くならなければいけない俺にとって、ダンジョンコアを破壊されて成長を阻害されるのはできるだけ避けたかった。


 ダンジョンの拡張に伴って、魔物の召喚と配置も同時に行っていた。

 各階層にはそれぞれ2~3程部屋があるのだが、その多くに戦闘用のオークが数体配置されている。

 もちろん天井のスライムたちも健在だ。

 ただ、ダンジョンの戦闘要員全てをオークにしようと思ったらダンジョンコアの魔素が足りなかったので、一部ゴブリン達を戦闘用員に回している。

 罠を設置するゴブリン工兵部隊の数が減ってしまったが、今のところ大きな問題は起きていない。

 だが戦闘能力の低いゴブリンが最も力を発揮するのは工兵部隊なので、早く戦闘用ゴブリンをオークに置き換えたいところだ。


 この一か月間何度も魔物や冒険者がダンジョンに侵入してきたが、全て罠や魔物たちの力で撃退している。

 以前ここにやってきたガキどもやベルの時のように、魔物がやられて突破されるなんてことはなかった。

 侵入してきた魔物はほぼ全滅で、冒険者たちは3分の1くらいをダンジョン内で仕留めることができたので、ダンジョンコアの方もかなり成長している。

 そして倒した魔物や冒険者たちから装備を剥ぎ取り、コボルト達に打ち直させてダンジョン内の魔物に配ったので、オークたちの装備も魔物にしてはかなり豪華だ。

 剣・槍・弓・盾・鎧…そこら辺の冒険者の装備と比べても見劣りしないだろう。


「初めてここへ来たときのことを考えると、別のダンジョンかと思える程の変わりようですね。」


 声がした方に振り返ると、レモリーが紅茶とケーキのような茶菓子をお盆に乗せて立っていた。


「ああ、つっても正直戦力的にはまだ不安だけどな。お前らみてえなバケモン級に強え奴が来たら、オークじゃ対応できねえし。」


 俺は近くの椅子に腰を下ろし、レモリーから受け取った紅茶を一口すする。

 紅茶の心地よい渋みと柑橘類のような爽やかな香りが口いっぱいに広がり、俺の喉を潤した。


「そうですね。さらに強い敵がやって来た時のために、戦力の拡充は必要ですね。特に気の緩みもないようで安心いたしました。」


 レモリーは微笑みながら俺の前にあるテーブルに、そっと茶菓子の乗った皿を置いた。

 俺は茶菓子を手でつかんで口へ運ぶ。

 何の抵抗も感じないふわふわとした食感、とろけるように甘くコクのあるクリーム、程よい酸味と甘さが特徴のジューシーな果実…


 この世界に来る前、俺は食うのがやっとな毎日で、食事といえばただ栄養を摂取するだけのものだった。

 何かを食べてうまいと思ったことなんてない。

 そんな俺は今、レモリーが作った茶菓子を夢中になって食べている。


 そんな俺の様子を近くで見ていたレモリーは、心なしか優しさと悲哀の混ざった眼差しをしている気がした。


「そりゃああいつ(ベル)にあそこまでやられたら、油断なんてできねえよ。でもまあそんなイレギュラーは早々に起こらねえだろうし、しばらくはこのままで大丈夫そうだけどな。」


 レモリーは空になった食器をお盆に乗せ片付けた。

 俺は指についたクリームを舐める。

 するとレモリーは、俺の口周りに付いていたクリームを、懐から取り出した布で拭った。


「そうですね。この辺りでベル様レベルの強さを持つ者は稀でしょうし。」


 そう言ってレモリーは、お盆を持って去って行った。


 〜〜〜


「洞窟の調査…ですか?」


 エキナセア王国王都エクセブルグの王城の一角にある王国騎士団本部の団長室にて。

 王国騎士団の制服を着て、美しい金色の長い髪が特徴的な女騎士が目の前の男に向かって言った。


「うむ。エスノムにて新たなダンジョンが生まれたとの知らせがあったのだが、何やら妙なことが起こっているそうだ。」


「妙なことですか?」


 女騎士は小首をかしげた。


 騎士という職業にはいくつか役割がある。

 例えばエキナセア国王の身辺警護、戦争が起こった時の軍事行動、街の治安維持など。

 その中でも、街の治安維持を平時の主な業務としているのが王国騎士団だ。

 街の平和は彼らの努力の上に保たれているといっても過言ではない。

 だが、街の外にあるダンジョンの調査などは管轄外であり、主に冒険者ギルドの領分だ。

 国の所有物である騎士団と、民間の冒険者ギルドとの間で余計な摩擦が生まれると、騎士団による治安維持や冒険者の魔物退治などに支障をきたし、街が危険にさらされる可能性がある。

 お互いにお互いの領分を犯さないようにするというのが暗黙の了解だった。


 だというのに目の前の男~王国騎士団団長スタンリーは、女騎士に向かってダンジョンの調査に向かえと言う。

 そのことを女騎士は訝しく思っていた。


「新たなダンジョンの誕生に、早速冒険者たちが探索に乗り出したのだが…怪我人の数が異常に多く、出て行った冒険者の内約3割が帰ってこないらしい。」


 スタンリーは手元にある資料を見ながら答える。


「なっ…3割も!」


「ああ。エスノムは新人も多い長閑な街だとはいえ、新しくできたダンジョンでこの死亡率はさすがにおかしすぎる。冒険者ギルドだけでは手に負えないということで、ギルド長から直々に応援要請が来た。」


 そのほとんどが平民出身で、気性が荒い者も多い冒険者ギルドと、貴族出身で高貴な生まれの者が多い騎士団は、身分や環境の違いもあってあまり仲が良くはない。

 普段は表立って協力することはないこの二つの組織が協力するというだけでも、今回の事の異常性がよくわかる。


「そんなわけで、冒険者としての活動経験があり、他の団員よりもダンジョンに詳しい君に白羽の矢が立ったというわけだ。頼めるかい、王国騎士団第7大隊3班小隊長サラ君?」


 サラは王国騎士団では珍しい平民出身の騎士だ。

 冒険者として日銭を稼ぎ、狭き門である騎士の試験を突破し、平民上がりの騎士としては異例のスピードで出世して小隊長まで上り詰めた。


「任務については承知しました。…しかしなぜ私のような者へ、スタンリー団長が直々に命じられるのでしょうか?ワルター大隊長を通してからでもよいと思うのですが…」


 怪訝そうな声色でサラはスタンリーに尋ねた。


「うーむ…本来ならばそうしたかったが、今回は急な依頼だったのでな。ワルターに話を通して、余計な時間を使うわけにはいかなかった。」


 スタンリーの答えた理由にイマイチ納得のいかないサラに、困ったような顔をしたスタンリーは、仕方がないと言わんばかりにため息をつく。


「…ここから先はオフレコで頼む。実は先日、ワルターが非合法の闇ギルドと繋がっているとの情報が入ってな。今はあまり奴との接触をしたくないんだ。」


 闇ギルドとは強盗や殺人など、金さえ払えば何でも引き受ける犯罪者たちのギルドだ。

 尊敬する上司がそんな犯罪者達と繋がっていると言われ、ショックを受けるサラ。


「そんな…ワルター大隊長に限って…ありえません!」


 受け入れ難いスタンリーの言葉に、サラは思わず強い口調になってしまう。


「ああ、俺だってワルターがそんな奴だとは思えない。だから諜報部隊に調査させて、情報の正否を確かめているところだ。」


 それを聞いて少しだけホッとするサラ。

 自分よりもワルターと付き合いの長いスタンリーのお墨付きがあるのなら、ワルターは恐らく潔白なのだろうと思い安心したようだ。


「…お見苦しいところをお見せして大変失礼いたしました。それでしたらこの任務、謹んでお受けいたします。」


「ああ、頼んだぞ。」


 それから必要な情報を伝え、スタンリーは部屋から出ていくサラを見送った。

 扉の外から完全に気配がなくなったことを確認して、机の引き出しから書類を取り出す。


「フン…何も知らぬとは幸せなものだな。」


 スタンリーはその書類に何かを書き込み、四つ折りにして封筒に入れた。


「おい、これを…まで。」


 スタンリーが呟くと、いつの間にかスタンリーの前にいた男が封筒を受け取り、どこかへと持って行った。


「まったく…厄介事を私に押し付けて…騎士団の団長というのも面倒なものだ。」


 外は沈みかけた夕日で空が赤く染まっていた。

 もう少ししたら夜がやってくる。

 真っ暗な闇が全てを支配する夜が。

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