挟撃
目の前の男に意識を向ける。
ちょうど地面に落ちていた斧を、男が拾い上げるところだった。
この男は強い。
さすがにレモリー程ではないが、今まで戦ってきた敵の中でも段違いの強さだ。
コイツに勝つためには少し…いや、かなり無理をしないといけない。
「………ッ!」
俺は丹田に力を込め、体内を循環する魔力の量を増やし、身体強化の出力を上げた。
身体強化というものは、体内を循環する魔力が多ければ多いほど出力が高くなるが、その分魔力のコントロールが難しい。
コントロールしきれない量の魔力が体中を駆け巡り、船酔いでもしたかように気分が悪くなる。
「ハァ…ハァ…」
「ずいぶん息が上がっておるの、小僧。そんな状態でまだ戦うなんて、ちと無謀すぎやせんか?」
男に言葉を返す余裕もなかった。
今の俺はそれくらいギリギリの状態だ。
あまり長い時間持ちそうにないし、すぐに決着を着けないとマズい。
そう思った俺は、全力の身体強化で男へ向かって踏み込むと、右の拳で殴りかかる。
「…む、コイツはマズい!」
異様な雰囲気を俺の拳から感じ取った男は、咄嗟に斧の腹を盾代わりにして前に突き出す。
俺の拳が男に当たることはなく、鈍い音と共に斧の腹で防がれた。
「チッ!」
反撃を警戒して男から距離をとる俺。
しかし、男が反撃を仕掛けてくることはなかった。
「…お前さんに無謀だと言ったが、その言葉は撤回させてもらおうかの。」
さっきまでの余裕そうな表情はどこへやら、険しい顔でこちらを睨みつける男。
よく見ると、男の頬には一筋の汗が流れていた。
「…コイツはできれば使いたくなんだが仕方ない。渇いた地獄にて咲く一輪の花よ、人の血を吸いその渇きを潤せ!【食人植物】」
男が呪文を唱えると、地面がボコッと盛り上がり、バカでかいハエトリグサのような植物が生えてきた。
中々に禍々しい見た目をしている。
「行け!その小僧を飲み込め!」
男がそう言うと、【食人植物】は大きな口のような2枚の葉をパックリと開き、俺に向かってきた。
「ハッ!こんなもん燃やしちまえばおしまいだ!ファイヤーボ…!」
「ぬぅん!」
【火球】を使おうとした俺を目がけて、男が投げた大斧が飛んでくる。
しゃがんで大斧を回避するが、【火球】は不発に終わってしまう。
その隙に目の前まで迫ってきた【食人植物】が、大口を開けて俺を捕食しようとしていた。
慌てて横に転がって【食人植物】の口から逃れる俺に、今度はいつの間にか距離を詰めていた男の拳が襲いかかる。
俺はその拳を腕で防いだ。
「ってえ…」
腕の骨が軋んだような音を上げる。
この男は本当になんという馬鹿力をしているのだろうか。
さっきみたいにふっ飛ばされることはなかったが、少し後ろに押し出されてしまった。
そして、俺の足が止まったところで、【食人植物】がまたもや俺を飲み込もうと襲いかかってくる。
「クッ…」
魔法の構築が間に合わず回避を選択するが、回避直後の隙を男は見逃してはくれない。
「おおおおおお!」
今度こそ男の拳は俺の腹を捉える。
殴られた衝撃で俺は後ろにふっ飛ばされた…訳ではなく、殴られる直前になんとか後ろに跳んでダメージを軽減した。
「カハッ…!ハァ…ハァ…」
だが完全に威力を殺せたわけではなく、俺は口から血を吐いてしまった。
「クソッ…!」
男と【食人植物】のコンビネーションを前に、俺は悪態をついた。
限界を超えて身体強化をしているというのに、これでもまだ足りないのか。
何をすればあの男に勝てるというのだ。
せめてこちらにももう一人味方がいれば…
今までのダメージと身体強化の魔力酔いで混濁し始めた意識の中、俺はあることに気づいた。
男にバレないよう、部屋の奥をチラリと見る。
「…………!」
これはいける…のか?
正直あまり自信はない。
だが身体強化の限界が近く、手詰まりとなった今、少しでも可能性があるのなら勝負に出るしかないだろう。
「【風の刃】」
俺がそう唱えると、目の前に3本の鋭い風でできた刃が現れた。
その内1本は【食人植物】へ、2本は男へと向かって飛んでゆく。
【食人植物】に飛んでいった刃は、その葉を浅く切り裂くも、完全に切り落とすまでには至らなかった。
そして男へと向かっていった刃の内、1本は男の真横を通って明後日の方向に飛んでゆき、1本は男がいつの間にか持っていた斧で防がれてしまった。
「なんじゃその魔法は!さっきまでの勢いはどこへ行った、小僧!」
俺に向かって叫ぶ男。
だがそれに構っている余裕はない。
「む、もう答える気力もないか…まあええわい。そんならコイツで終いじゃ!」
そう言って男と【食人植物】が、俺目がけて突っ込んでくる。
俺は【食人植物】に対処すべく、右手を前に出して魔法を唱えた。
「燃やし尽くせ【荒れ狂う炎】」
荒々しい炎が【食人植物】を包み込む。
激しく燃え盛るその炎は【食人植物】に移り、凄まじい火力でその葉を、茎を、根を、その全てを燃やし尽くす。
【食人植物】は一瞬で消し炭と化した。
「ガハハ!ワシの【食人植物】を破ったのは褒めてやるが、ワシのことを忘れたわけじゃないじゃろう?諦めたか、小僧!」
魔法を撃った直後の隙を狙って、灰になった【食人植物】の後ろから男が詰めてくる。
さすがにこれには対処できない。
このままだと直撃を食らってしまう。
普通ならそう思うはずだ。
だが俺はあまりにも思い通りに進んだ展開に、思わず口元が緩んでしまう。
直後、男が野生的な勘で何かを感じ取ったのか、攻撃を躱すかのように体を捩る。
だがもう遅い。
「グフッ…!」
男の脇腹には、背中側から矢が刺さっていた。
「な…誰が…!」
男が後ろを振り返る。
矢を放ったのは1体のオークだった。
【木霊の悪戯】で男に縛られていたオークだ。
さっき俺が放った【風の刃】は、男でもなく【食人植物】でもなく、オークに巻き付いていた蔓を狙ったものだった。
「ブオオオオォォォォ!」
「オークだと…?なぜオークが人間の味方を…小僧、まさかお前さん!」
何か思うところでもあったのだろうか。
男は驚愕の表情をこちらに向けてきた。
「ハァ…ハァ…ハッ!バーカ、おもしろいくらいに俺の策にハマりやがって!」
俺は男に向かって嘲るような笑みを見せた。
そしてその直後、最後の力を振り絞って男の方へと踏み込む。
「オラァァァ!」
自分を奮い立てるような咆哮と共に放たれた俺の拳は、矢を食らって動きが鈍っている男の顎へと振り抜かれた。
あまりの威力に男の体は宙を舞い、数m後ろに吹っ飛んで地面にどさりと落ちた。
「ハァ…ハァ…ウッ…!」
過剰な身体強化を使った反動がやってきて、思わず膝をついてしまう俺。
だが、男にはかなりのダメージを与えた。
もはや動くことすらかなわないだろう。
後はゆっくりととどめを刺せばいい。
そう思っていた矢先、地面に転がっていた男の上半身がムクリと起き上がった。
「な…クソッ!バケモンが…!」
これだけやってもまだ倒れない男に、俺は戦慄した。
脇腹からはドクドクと血が流れ、俺の拳は顎にクリーンヒットしたというのに、なんだこの男のタフさは?
本当に人間なのだろうか?
「ガハハ…そう警戒するな小僧、ワシの負けじゃ…ほれ、もうこれ以上体が動かんわい。」
両手を上げて降参の意を示す男。
念のため警戒を解く気はないが、どうやら本当に動けないようだ。
その様子を見て、俺は少しだけ緊張の糸が緩み吐息が洩れた。
そして男は一息ついた後、少し真剣な表情を作り、
「小僧、お前さんもしや魔王とかいうやつじゃあねえか?」
俺に向かってそう尋ねるのだった。




