魔王と変態の会合
俺は男がいる部屋の前までやってきた。
ここからでもわかるくらい、ものすごい音のいびきが中から聞こえてくる。
「ハァ…起きるなよ…」
さっきまでの光景を思い出し、思わずため息が出た。
男の寝込みを襲うために持ってきた短剣を手に取る。
男の目を覚まさぬよう、俺は息を殺して忍び足で部屋の中を歩いていくのだった。
「ガーッ…ゴーッ…zzZ」
「…………………」
男の真横までやってきたが、一向に起きる気配がない。
こいつには警戒心というものがないのだろうか?
まあ俺にとっちゃあその方が都合がいいのだが。
短剣の先を下に向け、柄を両手で持つと、男の心臓を狙って突き下ろした。
男の心臓へと一直線に向かっていく刃先。
「ううん…」
短剣が男の心臓を貫くことはなかった。
最悪のタイミングで男が寝返りをうち、男を一突きにするはずだった短剣は、何もなくなった地面にぶつかりガキーンと大きな音を立てた。
「むうん…?」
マズイ。
今ので男が目を覚ましてしまった。
意識が覚醒する前に仕留めなければ。
「うおおおぉぉぉラアァァァ!」
俺は急いで短剣を持ち直し、再度男の心臓目がけて突く。
だが短剣は刃を男の手に掴まれ、胸へと突き刺さる前に止まってしまった。
男の手には赤い血が流れている。
「クッ…」
暗殺に失敗したことを悟った俺は、短剣を手放して距離を取った。
男がゆっくりと立ち上がる。
「またお前さんたちか…何度来ようがムダじゃろうに…」
お前さんたち…?
俺のことを誰かと勘違いでもしてるのだろうか。
「うるせえ!俺はオメーのことなんざこれっぽっちも知らねえよ!んなことより俺のダンジョンで好き放題しやがって…ざけんじゃねえ!」
「む…?」
男はまじまじと俺の方を見る。
「お前さん、ヴェルツ家から送られてきた者じゃあないわけか…ガハハハハハ!コイツは悪かったのう!」
ワシワシと頭を掻きながら、男は大声で笑った。
なんというか、一々声がデカくて疲れるやつだ。
これで帰ってくれないだろうか?
ひとしきり笑った後、男は舐め回すような視線を俺に向けてきた。
「しかし…なかなか端正な顔立ちをしておるの。ふうむ…」
ゾクリと背筋が震えた。
何を言ってるんだコイツは?
なんだかヤバそうな雰囲気を感じ取った俺は、身体強化を使っていつでも逃げられる体勢をとる。
「男ではあるが…久しぶりに人間というのも悪くないのう。【木霊の悪戯】」
突如俺の周りから蔓が生えてきて、俺に巻き付こうと伸びてきた。
咄嗟に大きく後ろへ飛び、蔓を避ける。
だが、蔓は男の魔力を吸ってグングン成長し、俺を追いかけてきた。
「チッ…燃えつきろ!【荒れ狂う炎】」
荒々しい炎が現れ、今にも俺を絡め取らんとする蔓を燃やし尽くす。
そして炎は拡大し、目の前に立っている男に襲いかかる。
炎が男に達しようとするまさにその時、男がいつの間にか持っていた大斧を横に振るうと、迫りゆく炎は風圧でかき消されてしまった。
「ほおう、コイツはなかなかのもんだわい!」
男にはかなりの余裕がありそうだった。
ニヤリと口元を歪め、楽しそうな表情を浮かべている。
「クソっ!結局戦って殺らないといけねえのかよ!【火球】」
火の玉を男に向かって飛ばす。
「ヌウンッ!」
だが、やはり男は斧を一振りしてそれをかき消す。
「ガハハハハハ!小僧、お前さんの魔法は効かんぞ!次はどうする?」
「ナメんじゃねえこのヤロー!万物を燃やし尽くす灼熱の業火よ、大波と成りて全てを飲み込め!【火炎大波】」
部屋を覆うような炎の大波が発生する。
炎でできた大波は、何もかもを燃やし飲み込まんとする勢いで男に迫るが、この攻撃も男は斧で防いでしまった。
「ガハハハハハ!だから魔法は効かんと…む!」
消し飛ばした炎の大波の向こうから、ものすごい勢いで岩の槍が飛んでくる。
無詠唱・呪文無しで放たれた魔法、【岩の槍】だ。
男は咄嗟に身を捩るが、予想外の攻撃に反応が遅れてしまう。
避けきれなかった岩の槍が左肩に当たり砕け散った。
「グウッ…!」
痛そうなうめき声を出し、左腕をブラブラとさせる男。
脱臼でもしたのだろうか?
ゴキンと無理やり左肩の関節を嵌め直した男は、俺の方を見て不敵に笑う。
「やるじゃねえか小僧…これならちいとばかし本気を出してもよさそうじゃのう。」
男が呟く。
すると次の瞬間、男の纏っている空気が変わった。
肌がヒリヒリと焼けつくかのような緊張を感じる。
…まずい!
直感的にそう思った俺は右に跳んだ。
さっきまで俺の立っていた場所に斧が振り下ろされ、地面に突き刺さる。
斧が刺さった場所には亀裂が入り、一部が抉れていた
「…っ!」
なんて威力だ。
まともに食らったらひとたまりもない。
だが、その強すぎる威力が仇となり、斧が使えなくなっている今がチャンスだ!
地面に着地した俺は、間合いを詰めて反撃するために足に力を込める。
だが男は、地面を抉り取りながら突き刺さった斧を無理矢理横に振り、岩の塊を飛ばしてきた。
慌てて手で飛んできた岩の塊を払い除ける俺。
しかし全てを払い除けることはできず、小さな岩の礫が目に入り、反射的に目を瞑ってしまう。
「しまっ…!」
ほんの一瞬の隙だった。
この山賊の頭のような男は、その隙を見逃してはくれなかった。
男は斧から手を話すと、一気に踏み込んで間合いを詰め、俺の腹を殴りつける。
「カハッ…!」
直後、鈍器で殴られたかのような鈍い痛みが俺の腹を襲った。
あまりの衝撃に、肺から空気が漏れ出る。
男の拳を受け止めきれなかった俺は、後ろにふっ飛ばされて転がっていった。
「…馬鹿力が!」
なんとかその場で立ち上がる俺だが、思いの外ダメージが大きかったのか、足が震えている。
「ガッハッハッハ!なかなかいい根性をしとるが、お前さんは今ので限界だろう!どうじゃ、諦めて降参するのならば命までは取らんぞ?」
下卑た笑いを俺に向けてくる男。
「うるせえ!誰がてめえなんぞに降参なんてするかよ!」
この男に降参なんてたまったもんじゃない。
参ったと一言言えば、恐らく俺はあのオークと同じ運命をたどるだろう。
それだけは絶対に避けたかった。
俺はポケットにしまっていた小瓶を取り出す。
そしてすぐさま蓋を開け、中に入っている怪しげな液体を飲み干した。
気付け薬だ。
念のため、先日の冒険者たちが持っていた気付け薬を持ってきておいて良かった。
腹の鈍い痛みがなくなったわけではないが、足の震えの方は止まってくれたので、これならばまだ戦える。
「ぜってーぶっ殺してやる…」
俺の呟きと共に第2ラウンドが始まった。




