少年③
時は少し遡る。
「シルフよシルフ、風と共に舞い踊りすべてを吹き飛ばして!【暴風】」
侵入者の少女が魔法でコボルトとスライムを蹴散らす様を、俺はコアルームから見ていた。
「は?な…なんだアレ…」
竜巻と見紛うような荒々しい風が天井にいたスライムを、そして地上にいたコボルトを吹き飛ばす。
自然災害でも起こったかのような光景だった。
「ヤバイヤバイヤバイ!このままだと俺の魔物たちが全滅しちまう!」
別に魔物なんぞに愛着などはない。
だか、今の俺では魔力量の関係で1日に数体しか魔物を召喚できず、ダンジョンに配置するための魔物の頭数を揃えるだけでも数日かかる。
魔物が倒されるにしても、被害は最小限で抑えておきたいところだった。
「クソっ!ガキだと思って油断しちまった!」
俺は独りごちる。
新しく配置したゴブリンに、スライムを侵入者へ投げつけさせたが、それも対処されてしまった。
「チッ…!こうなったらもう俺が出るしかねえ!」
そう言って体全体へ魔力が循環するように、魔力の流れを作る。
レモリーから教えてもらった身体強化の使い方だ。
まだうまくコントロールできないがやるしかない。
俺は侵入者の下へと全力で走り出した。
というのが今に至るまでの顛末だ。
慣れない身体強化を使ったせいで、疲れて息が切れそうだ。
だが、それを悟られてはいけない。
弱った姿を見せたら付け込まれてしまう。
俺はなんとかやせ我慢をして、余裕のある雰囲気を作った。
「おい!だからお前は何なんだ!なぜダンジョンの奥から出てきた!答えろ!」
目の前の少年が叫ぶ。
名前は確かエルと言っただろうか。
「フン!俺が何者かだって?さあてなぁ?それくらい自分で考えな、エル君!」
エルの質問を鼻で笑う。
するとエルは体をこちらに向けて剣を構えた。
隣にいた少女…ハンナだっただろうか?
彼女もそれに合わせて杖を構える。
「フハハハハ!さすがに敵か味方かくらいの区別はつくか。」
高笑いでそう言った俺の顔には、一筋の汗が流れていた。
「…まあ今は気分がいいから、1つだけ質問に答えてやろう。なぜダンジョンの奥から出てきたかって?ここが俺のダンジョンだからに決まっているだろう!最初にそう言ったじゃないか。」
俺の言ったことを理解できなかったのか、エルとハンナは不思議そうな顔をしている。
「俺のダンジョン?どういうことかしら?」
恐らく彼らは、ダンジョンマスターの存在を知らないのだろう。
「ダンジョンマスターとして、このダンジョンを運営してんだよ。…まあ早い話、魔物をを出したりダンジョンの形を変えたり、好き放題ダンジョンをいじれるってこった!」
今度は2人とも理解したのか、驚いて目を見開く。
「なっ…!」
エルが何か言いたそうにしていたが、それを遮る。
「…少しお喋りがすぎたな。無駄話はこの辺にしておこうぜ。敵同士が向かい合えばやることは1つだろう?」
彼らと言葉を交わしていたら、少し息が整ってきたので会話を打ち切る。
向こうも俺の出方を探っていたのだろうが、こちらも息切れを起こしたまま戦闘にならずに済んで助かった。
いつも通り魔法を使うために、手を前に突き出して魔力を集める。
「【火球】」
40cm台の火の玉が2つ、エルとハンナ目掛けてまっすぐ飛んでゆく。
「…っ!【水壁】」
飛んでくる火の玉を防ぐために、ハンナが水でできた障壁を展開した。
水の壁は飛んできた火の玉を受け止め、ジュージューと蒸発しながらも魔法の威力を殺した。
「ハァハァ…エル!私はもう大した魔法を撃てそうにないからここで決めて!」
それなりに大きな魔法を連発していたからか、ハンナの魔力が切れかけているようで、息が上がっていた。
【火球】は当たらなかったが、実質魔法使いの少女の方は戦闘不能になったので、結果としては上々だろう。
エルはハンナの言葉を聞いて小さく頷くと、剣を構えた。
彼の体内の魔力の高まりを感じる。
「うおおおぉぉぉぉぉぉ!」
そして、雄叫びを上げながら勢いよくこちらに突っ込んできた。
身体強化でも使っているのだろうか?
魔法で迎撃しようとするも、エルの勢いを見て間に合わないことを悟る。
俺は急いで全身に魔力を行き渡らせ、身体強化を使った。
直後、エルが俺の頭へ向かって剣を振り下ろす。
身体強化の恩恵でその剣筋がよく見えるようになった俺は、バックステップで躱す。
さらに1歩踏み込んだエルが、剣を横薙ぎに振るう。
迫りくる剣を左拳でかち上げで軌道をずらすと、エルに大きな隙ができた。
「しまっ…!」
「オラァぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
その隙を逃すわけもなく、強化された力で渾身の右ストレートを鳩尾に叩き込む。
たまらず肺の中の空気を吐き出しながら、殴り飛ばされるエル。
そこに追撃をかけようと左足を踏み出すが、身体強化の魔力コントロールをミスして、つんのめってしまう。
「チッ…!」
好機を逃し、思わず舌打ちをする。
だが、立ち上がろうとするも膝をつくエルを見て、これならば魔法を撃てると確信する。
手のひらを目の前の2人に向け、いつもより多めに魔力を送る。
「消し炭になれ!【荒れ狂う炎】」
手のひらから放出された魔力は炎へと変わり、荒々しくうねる竜の如く舞い踊る。
そして目の前の2人を飲み込まんと襲い掛かる。
終わったな、俺はそう思った。
少女の方は魔力切れ、少年の方はさっきの一撃で出遅れ、【荒れ狂う炎】をまともに受けられそうにない。
実にあっけない最期だ、なんてことを考えているときだった。
不意にゾクリと背筋を這うような寒気を感じる。
何だこの感覚は?
とりあえず直感に従って大きく後ろに跳ぶ。
次の瞬間、荒れ狂う炎を裂いて白い輝きを放つ斬撃が、さっきまで俺が立っていた場所を襲った。
誰もいない場所を通過した斬撃は、地面にぶつかって土埃を立てる。
直撃はしていなかったが、斬撃の余波で俺は後ろに吹き飛ばされた。
「ガハッ…!」
背中を地面に打ち付け、肺から息が漏れる。
なんとか体を起こして立ち上がり、困惑しながらも追撃に備えた。
だが、一向に攻撃が来る気配がない。
炎が止み土埃が晴れると、目の前に少年と少女の姿はなかった。
「クソっ!逃げられたか!」
荒っぽく呟いてはみたが、心のどこかで少しホッとしていた。
さっきの斬撃の後、すぐに追撃されていたらと思うとゾッとする。
向こうも満身創痍に見えたが、結果的にかなりギリギリの戦いだったかもしれない。
「…覚えてろよ。」
痛む背中を気にしながら、俺はコアルームへと帰っていった。
〜〜〜
エキナセア王国南部の街エスノムにて、街の門番が冒険者の少年と少女の帰還を確認した。
その冒険者たちと顔見知りだった門番は、出ていく時とは様変わりした彼らの様子にギョッとする。
身につけていた装備や衣服がところどころ煤け、少年の左頬と少女の首元には火傷の跡があった。
心配した門番が声をかけると、彼らは大丈夫だと告げ街の中に去っていった。
街の外にある森で、新たなダンジョンが見つかったと冒険者ギルドから発表があったのは、それから2週間ほど後のことだった。
魔王様の対人戦績ー0勝1敗1分け
なお、ダンジョンに転がっている魔物たちの亡骸は、この後召喚されたスライムが美味しくいただきました。




