4話 いざ、大教会へ!!
「ここが大都市の聖なんちゃら教会……。田舎の一軒家みたいなうちの村の教会とは天と地の差だな。」
俺たちは急遽この都市最大の教会に来ていた。ガイドブックで一回読んだだけの名前だから覚えてないのは許して。
「聖エメラルディア教会よ。」
「そうそうそれー、って誰!?」
いつものように俺の発言に訂正が入る。しかしそれは抱っこしているもふもふから聞こえるゆったりした低音ではなく、鈴をしゃかしゃかしたようなツンとした声だった。
「そこは鈴を転がしたような耳に心地よい愛らしい声とか言いなさいよ。」
「すみません……。」
しまったびっくりしすぎて声に出ちゃってたや。つか自分で心地よいとか愛らしいとかいうか普通。
声の主をきちんと認識する為、右側の少女の方を向く。
年齢は俺と同じくらいかな、前方から見るときっちりと三つ編みをしているものの後ろはふわっふわの髪の毛が風に揺れている。
上等そうなワンピースを着ているのでおそらくどこかの貴族のお嬢様が礼拝しに来たのだろう。
「聖エメラルディア様もご存じでないような田舎者のあんたの評価なんて別に痛くも痒くもないし全然構わなくってよ。」
深い緑の目がにんまりと細められ、馬鹿にするような口調で少女はくすくすとわらう。
「その人がここの神様なの?」
「神様ではないけれどこの都市の皆が毎日祈りを捧げるくらいにはここにとって偉大な方なの。」
あの神みたいにエメラルディアも実はちゃらんぽらんな奴なのかと一瞬考えたがその人は実際に功績を残した素晴らしい人格者なのだそうだ。
「詳しい話は教会のシスターに聞けばうんざりするほど説明してくれるはずよ。私は今日重大な用事があってこれ以上あなたに構っている暇はないの。じゃあね。」
彼女は一方的に捲し立てておきながら俺の返事も聞かずさっさと教会の中に入っていってしまった。
「成程、これは運がいい。」
今の今までずっと沈黙を保っていたテオがうにゃりと鳴く。
「早々に変な女の子に絡まれて運は良くない方だとおもうけど?」
「それについてだが……いや、今はその娘のことは良い。辺りを観察していたが、恐らく今日はこの都市での魔力検査の日なのではないか?」
確かに辺りを見回してみると俺と同じくらいの子供達が比較的多い気がする。
「じゃあもしかして今日ならややこしい手続きをしなくても良いってこと?」
魔力検査は資格を持つ祭司と補助のシスター、そして特殊な計測器が必要となるためまとめて行う全国魔力検査の時以外では行っていない。
検査してもらうためにはめんどくさい手続きを踏む必要があるのだそうで大教会でも半日以上かかるらしい。
今思ったけど、もし半日以上かかってたら今日の俺たちは野宿だったのかも。
森の中だとキャンプ感あっていいけど街中で野宿は、なぁ。
「すごくラッキーじゃん!よし、じゃあ早速計測してもらいに行こうか。」
「折角だ、帰りにエメラルディアの話を聞いていくと良いだろう。」
「だね。」
そして僕たちはついに教会に足を踏み入れた。
当然のことながら道がわからなかったので、多分同じ目的なんだろうと思われる親子連れの集団について行って無事整理券を確保する事に成功した。
「君、もしかしてお母さんとはぐれた?実は私もなんだ。」
整理券を持ちながら待機場へと向かう人混みでうろうろしていると、隣の少女が話しかけてきた。
「お母さんはいないよ。俺捨て子だから。」
この辺りでは見かけない日本の着物そっくりな服を着た少女はあちゃーといった表情で謝る。
この世界にも日本のような都市があるのだろうか?
「ごっごめんね。私と同じような人を見つけたと勘違いしてつい余計なこと聞いちゃって。」
しょんぼりという文字が見える気がするくらい気落ちする純粋な彼女に俺は慌てててフォローを入れる。
「全然気にしてないよ。それよりも君のお母さんはどこだろうね。」
「私も母ちゃんもこの都市には一時的に滞在してるだけだから土地勘が全くないんだ。こんなに大きい都市なんだもう2度と会えないかも。」
「ごめん俺もこの都市の人じゃないからわからないんだ。けど探すのは手伝うよ、一緒にお母さんを見つけよう!」
少女から母親の特徴をいくつか聞いて、それからこっそりテオに尋ねる。
「テオは人探しとかできない?」
「出来ないこともない。」
お願い!というようにテオを見つめる。
「……わかった、やろう。我をあの娘と接触させろ。」
テオは俺の胸元からスルリと降りて、女の子の目の前に座る。
「なぁにこの子可愛い〜。」
「テオっていうんだ、よければ抱っこしてあげてほしい。」
うんうんと目を輝かせながら頷く少女がテオを抱き上げる。
テオの青い目が少し緑色に光り、にゃうにゃうと何かを呟く。
「わ!鳴き声も可愛いね。お腹空いてるのかなぁ。」
「かもね、ってうわ。」
突然女の子を中心に突風が吹く。
「すごい風。あっ、猫ちゃん待って。」
女の子の腕の中から猫が飛び出し、スタスタと歩いて行く。
もしかして見つけられたのだろうか。
「追いかけよう!」
そう言って俺は女の子の手を引く。女の子は少し戸惑っていたが、すぐに俺の手を握り返して走り出した。
しばらく走っていると、着物を着た一際目立つ艶やかな黒髪の女性の前でテオが止まる。どうやら母親を見つけたようだ。しかしテオは何故か少しだけ後退りをしている。
「テオ?」
俺がどうしたのか聞こうとした時、女の子が俺の手を離して勢いよく駆け出していった。
「お母ちゃん!」
「美織!お母ちゃん迷子になっちゃって、ごめんね。」
ぎゅっとだきしめあう母娘。
女の子、美織ちゃんというらしいその子はお母さんを引き連れ俺の方に向き直る。
どうやら彼女の母親は教会を出て大通りのあたりをうろうろしていたようだ。
何度もお礼を言いながら教会と真逆の方向へ向かおうとする母娘に質問する。
「あれ、美織は検査に来たんじゃなかったの?」
首を振る美織、すると美織のお母さんが教えてくれた。
「私たちは観光に来ただけよ。この子は家のしきたりでまだ魔法を使ってはいけないのだけれど得意な属性はもうわかっているの。」
「とにかく誰かを頼ろうとして人の多いところに行ったんだ。」
なるほど、テオを抱っこした時のことを思い出すと確かに美織の手に整理券はなかった。
「改めて本当にありがとう。機会があれば永華郷へもいらしてくださいね。」
「セレスもいいけどうちもすごく綺麗だから絶対来てね。」
ブンブンと手を上げて振りながら美織が笑う。
俺も、彼女が見えなくなるまで同じように手を振り続けた。
「これにて一件落着!それにしてもテオすごいね。あっという間じゃん。」
「探知魔法を身につければこの程度容易いものだ。」
何事もないかのようにいつもの場所に戻るテオに、俺にも教えてよ、と言って色々と原理を解説されたもののちんぷんかんぷんだった。
魔法って難しい。
「あと美織は永華郷の人だって言ってたよね。どんなところなの?」
「神々の住まう都と呼ばれるほど美しい都市だがその実態は狡猾な狐共が闊歩し、人間を食い物にしている恐ろしい街だ。お前にはまだ早い。」
「早いってどういうことだよ。でもそんな都市に住んでいて美織達は大丈夫なのかな?」
「何を言っている、あやつらこそが狐だ。美織はまだ子供だから問題ないとしてもあの女のぞ割とする気配……はぁ早く水浴びをしたい。」
え、あの人たちが狐?
「でもどう見ても人間だったしコンコン言ってないし。」
「狐は化けることが得意なのだ。故に見分けのつけられぬお前に永華郷はまだ早い。」
し、知らなかった狐って化けられるんだ。
でもあの人たちの是非来てほしいっていう言葉は心からの善意な気がした。いつか、ちゃんと力がついたら行ってみたい。
「それよりも、早く行かないと呼ばれてしまうぞ」
「ああ!そうだった。」
俺は全速力でさっきの道を引き返していった。頼むから間に合ってくれ!