11話 偉大なる書物
「ウッソ、まじか。そのお方が人間を、しかも子供を選ぶ日が来るとは思わなかったよ。」
「選ぶ?」
「そう、他ではどうか知らないけどウチでは魔道書が人を選ぶんだよ。」
魔道書が人を?もしかしてこれって普通の本じゃないのかな。俺のイメージだと魔道書って魔法の詳しい使い方が載っている教科書みたいなのだと思ってたんだけど。
「でも俺魔法は本当わからなくて、今日も初心者向けの本を買うはずだったんです。こんな分厚くて難しそうな本わかるかどうか。」
「わかるよ……わかる、はず。」
最後ちょっと声小さくなってるんですけど??
「いやね、その魔道書は気難しくて980年も書い手がつかなかった本でね。その頃書かれた本って今からすると古文的でとても子供にはとてもじゃないけど理解できると思えないくらい難しいんだ。」
魔法初心者に古文て難易度高くない??
「だけどその分現代では失われた貴重な魔法の使い方が載っている可能性もあるから、読み解くことさえできれば他の人よりはるかに強くなれるチャンスがある。」
「いやあ別に強さは求めてないというか。」
むしろ強すぎて問題が起きてるんだよな。
「でもその魔道書は君を見つけてしまったから多分世界の果てまでも追いかけてくると思うよ。普通の魔道書からまだしもその方は私にも止められないのさ。」
世界の果てまで??怖いって。何回捨てても返ってくる人形の怖い話を思い出す。
「そういえば店主さんはここの本って読んでいるんですか?」
「もちろん。ここにある本は全て私を認めたからこそ大人しく本棚におさまっているんだ。君の持っているその本はかなり手こずったけどね。」
さっきから聞いているとこの本すごいめんどくさそうなんだけど本当に大丈夫なのかな。
「はは、そんな顔しないで。案外すらすら読めるかもだしとりあえず開いてみなよ。」
確かに読んでみないと始まらないよな。
言われた通りに1ページ目を開く。
『今の君に言えることは特にないかも。新しい指輪もらってから出直してきてや。』
ふんっっっ
おもわず本を投げてしまった俺は悪くない。
視界の端でふよふよ浮かんだ店主が苦笑しながら魔道書をキャッチして俺に手渡す。
「気持ちはわかるけど店主的にはもうちょっと大事にして欲しいなぁ。」
それにしても驚いたのは、この本が指輪のことを知っていたこと。彼女が魔道書をあの方と呼んでいた理由もわかる。
この本には明確に自我があるようだ。
「古文的ってなんでしたっけ?」
「あはは、まあ本も時代に合わせて進化していくってことで。」
流石魔法の世界、そういうのもありなのか。
そうやって俺の後ろから本を覗き込む店主さんがぼそっと、そんなの見たことないけど。と付け足していたのは聞かなかったことにする。
「ほとんどの魔道書は人に読んで欲しいから普通の本と同じようにしているんだけど、たまに自我が強すぎて気分で知識を渡すタイプが居るのよねぇ。でもその方はあなたを気に入ったのだから然るべき時にはちゃんと力になってくれるはずだよ。」
本当かなあ。
でも俺の事情を知っているならきっといつかは魔法の制御についても教えてくれるかもしれないよな。
未来への期待を胸にした俺はもう一度本を確認したくなって開いてみる。
『^_^<気が向いたらな〜』
ページを破らなかった俺を誰か褒めて欲しい。
魔道書はくまさんバッグに入れずにもらった栞を挟んで腕にかかえることにした。ちょっと重い本だけど、この都市に来てからずっとテオを抱っこしていた俺にはむしろしっくり来る。
「本当に無料でいいんですか?一応お金はあるんですけど。」
「うーんその本大体一般男性の生涯年収くらいの金額するんだけど払える?」
「タダで本をくれるなんてー店主さんはなんてお優しく心の広い方なんだーダイスキー!」
「あっははすっごい棒読み。じゃっ、またねースザンナに会ったらペリエが会いたくてしくしく泣いてたって伝えてて。」
すっごい笑顔で手を振る店主に見送られて魔道書店から出ていく俺の後ろ姿をじっと見つめていた店主はぼんやりとした顔でつぶやく。
「やっぱ店に置くなら普遍的な本に限るわー。世界トップクラスで貴重な本に限って買い手がつかないんだから。」
そしておもむろに立ち上がりどこからか大量の書類を取り出す。
「あの子は普通の子だけど例の魔道書の持ち主になったからには会で共有しとくべきなんだろうなぁ、あーめんどくさ。なんか腹立つし報告書長くなるし魔力のことはだんまりでいいよねぇ。これは後で絶対面白いことになるぞぉ。」
にやりと含み笑う魔女の姿を唯一見ていた叡智の結晶達は、ただ黙するだけ。




