五大厄災-記憶の巫女-
勇者
『魔王討伐から数ヶ月、世界には平和が戻ったと思っていた。異変に苦しんだ人々は解放され、平穏を取り戻したと。
だが実情はそうでもなかった。魔王がいなくなった後も現状はそのまま…。いまだに人々は病に苦しんでいる。なぜだ?原因を倒したのなら世界は元に戻るはずだ!』
勇者
『…まだ終わっていないのか?
使命を果たしたと思っていたのに
結局僕はまだ何も成し遂げていないのかもしれない…』
羽ペンを持つ手が止まる
勇者
「ふぅ…」
日記を書き終え、椅子にもたれる勇者
勇者はふと壁に飾られた英雄のマントを眺める
『そなたは我々の誇りだ』
勇者
「……」
勇者は女王の言葉を振り返り、複雑な表情をする
勇者
「…こいつもただの布になってしまったかもな
まだまだ、僕はこの国の誇りになるような器じゃない」
マントに手をかけながらそう呟く勇者。
その時、ドタドタと部屋に使用人の女性が駆け込んでくる。
使用人
「勇者様!!」
ー
-プリメーラ城-
城の階段を駆け上がる勇者
勇者
「姫!!」
女王
「勇者…」
扉を開けるとそこに居たのは
女王と、城の関係者
そして木の姿に変わり果てた姫だったーー
勇者
「…容態は?」
女王
「もう長くは持たない…今日が山場だと…」
言葉すら発さなくなってしまったソレに勇者は静かに近づく。
勇者
「姫…すまない、僕が不甲斐ないばかりに」
女王
「魔王を倒したのに…なぜ病気が治らないのかね…」
女王は優しく、姫の手だったソレに触れる
勇者はなんとも言えない表情で静かに姫を見守る
女王
「この子はね、最後までそなたの事を気にかけていたよ、よっぽど好きだったんだね…」
しばらく時間が経ち、木が静かに枯れていく
女王
「勇者…姫の最後だ、よぉく見といてあげてくれ…」
勇者
「……ッ」
木が完全に枯れるまで勇者は姫のそばを離れなかったーーー
ーーー
姫の死は全世界に届いた
人々は深い悲しみと驚きで
世界は少し混沌とした空気に包まれた
姫亡き後、しばらく城には静寂が続いた
ー
-数日後-
勇者
「姫も救えなかった…、英雄も名ばかりだな」
勇者は1人、森の中へ入っていく
勇者
「ここで僕は倒れていたんだ
記憶を失った後の話だが
今の僕にとってはここが始まりだった」
勇者は最初に目覚めた地面を静かに見つめる
勇者
「ここだ、ここに何かある
記憶を失った原因が…。それさえ掴めれば
他の異変だってきっと解決の糸口が…」
勇者が考えていると、森の奥から丸い光がヒラヒラと飛んでくる
勇者
「!!…お前は」
それは最初に出会った森の妖精だった
勇者
「…また一緒に来てくれるのか」
勇者は少し気持ちが和らぎ、妖精に微笑んだ
勇者
「迷ってる暇はないな、行動開始だ」
異変の原因を掴むため、勇者は森の中を調査する
ー
森の魔物を蹴散らしていき
ひたすら散策する勇者
勇者
「はぁっ!」
マモノ
「ピュアッッ…!」
消滅するマモノ、しばらくして勇者は
ある広間に到着する
勇者
「(大分奥まで来たな……)」
勇者は周囲を眺める
勇者
「(…ここまで手がかりなしだ)」
勇者は腕を組み、悩む。すると、森の茂みから
何やら巨大な影が近づいてくる。
「グルァァァァッッ!!!」
それは緑の怪物
勇者
「またお前か、懐かしいな
あの時以来だ」
マモノはかつて勇者が記憶をなくして間もない頃に遭遇した魔物と同種だった
勇者
「すまんが、こっちも色々都合があるんだ
さっさと片付けるぞ」
勇者は剣を抜き、マモノに斬りかかる
ーーー
横たわるマモノ
勇者
「ふぅ……。世界は救えないのに
力だけは上達しているな。」
勇者は剣をしまい、マモノを見つめる
勇者
「結局ここにも手がかりはなしか…」
落ち込む勇者の
すぐ奥の林を移動する謎の光
勇者はそれに気づき、驚く
勇者
「な、なんだ…!?」
光は森の奥を泳ぐように移動する
勇者
「どこに行くんだ…?」
光を追いかける勇者はやがて
古びた遺跡の門までたどり着く
勇者
「…なんだこれは?」
門の奥がかすかに光る
勇者
「進めってことか…」
勇者は慎重に遺跡へ潜入した
-遺跡内部-
青く光る動く床、古代の文字が刻まれた壁など
様々な仕掛けが施された謎の遺跡
勇者
「森の中にまさかこんな設備があったなんてな…」
勇者は内部に驚きながらも光を追って前へと進んでいく
道中マモノを蹴散らし、しばらく進むと
やがて水の流れる大きな広間にたどり着く
勇者
「ここは……?」
勇者が辺りを見渡していると
謎の光が勇者の真上を通り過ぎ、
奥まで行ったところでパァッと輝きを放つと
みるみると光は生き物の姿へと形を変えていく
???
『まだ戦うか、記憶をなくした者よ』
勇者
「……!?」
それは、三頭身のキツネのような姿をしており
巫女服を着用した奇妙な生物だった。
勇者はその光景に驚き、呆気に取られる
???
『我が名はムース、記憶を操るもの』
勇者
「記憶を…操る…?」
ムースと名乗るそれは、驚く勇者を無視して
話を進める
『我々はこの大地に災いを振り撒くために生まれた
記憶の厄災、伝染の厄災、飢饉の厄災、
繁栄の厄災、そしてお前が倒した破壊の厄災』
勇者
「破壊の厄災…!?」
ムース
『お前たちが魔王と呼んだ者…この地を破壊するために生まれた者、破壊の厄災バルテア』
勇者
「バルテア…!」
しばらく混乱する勇者
勇者
「お…お前は一体…!」
ムース
『記憶…場所…思い出…繋がり
全てをかき消す事、それが我が役目』
勇者
「お前が…?僕の記憶を…!」
勇者は剣を取り出し戦闘体制に入る
ムース
『勇者、か弱き人間よ、逆らってはならない
これが定めだ』
ムースは宙に浮き、光り輝く
勇者は飛び上がり、ムースに攻撃を仕掛けにいく
ー
勇者
「言え!お前たちはなぜ僕らを…!!
人間を傷つけるんだ…ッッ!!」
攻撃の最中、勇者はムースに激しく問いかける
ムース
『人間は愚かだ』
勇者
「なんだと…ッッ!?」
ムースの返答に
勇者は剣を強く握りしめる
ムース
『愚かなものは葬り去られる定め
この地が創られる以前からそれは決められた事
そのために我々がいる』
勇者
「神もそんな事を言っていた…!!くそっ!!
お前たちになんの権限があるんだ!?」
ムース
『権利などではない、そんなものに縛られるのは
お前たち人間だけだ。我々は役目のために
それを果たさなければならぬ、そのために邪魔なものは潰す他ない』
勇者
「やれるものならやってみろ!!」
勇者は怒りをあらわにムースに攻め入る
勇者
「ハァァァァッッッ!!!」
勇者は剣を思いっきり振り上げ、ムースに叩きつける
しかし、周りを覆う結界に妨害され、ムースに攻撃を当てることができなかった
勇者
「くっ……!!」
ムース
『……』
勇者
「……ッッ!?」
直後、ムースの体から光が放出され、弾ける。
勇者はソレに巻き込まれて吹き飛んだ
勇者
「ぐががっ…!!」
勇者はなんとか踏ん張り、空中で体制を立て直し着地、そのまま後ろまで引きずられるように下がったが、なんとか静止させた。
勇者
「はぁはぁ…!」
ムース
『……』
ムースが勇者を無言で見下ろす
ムース
『神の力を無くしたか、バルテアを倒したその力があれば、我を倒すのは容易いことであったが』
ムースはそう言うと鈴を構え、シャンシャンと鳴らしはじめた
勇者
「んぐっ……!?」
直後、勇者の頭から記憶が抜けて行く
勇者
「ぐあああっっ!!」
勇者は必死に頭を押さえて抵抗するも
記憶はどんどん消えて行く
勇者
「(あの鈴…!!あの鈴が、記憶を吸い取っているのか…!?ぐっ…!)」
勇者は立ち上がり、パフを取り出す
勇者
「道具を持ってるのはお前だけじゃないぞ!!」
勇者はパフを思いっきり握りしめた
勇者
「時止めのパフ!!」
ムース
『ッッ!?』
ムースの動きが止まる
勇者
「ハァッッ!!」
勇者はすぐさま飛びかかり、ムースの元へ向かい、彼女を切り裂く
ムース
『……ッッ』
勇者
「時止めのパフ…!少しの間だけ
対象の動きを止める!!
こいつは鈴を鳴らす時、結界を解除した!鈴を鳴らしてる間は隙だらけなんだ!!」
勇者は着地したあと、ムースの方を振り返る
時止めが解け、ムースはゆっくり地上へと落下した
ー
地上へ着く直前でムースの体は青白く光り分散、
地上へ静かに降りて行った後、再びムースの姿に戻る光
ムースはその場に佇み、静かに勇者を眺める
勇者
「だと思ったさ…!こんなくらいでお前ほどの者がやられるはずはない!!」
勇者は臆せず、再び剣を構える
ムースは両腕を広げ、また光となり
今度は勇者の背後へ素早く回り、ムースの姿に戻って反撃に出た。
勇者
「うぉっっ」
勇者は慌ててそこから離れる
ムースは再び光を放出
「ドォン」と光の玉が発射され、勇者を追撃する
勇者
「守りのパフ!!」
勇者は光の玉が当たる直前にパフを握った
玉をまともに喰らい、回転しながら吹き飛ぶ勇者
何度かバウンドして地面に叩きつけられる
勇者
「ぐふっ……」
血まみれですっかりと虫の息になる勇者
勇者
「(体が…動かん…)」
ムースがゆっくりと勇者に近づく
ー
勇者
「回復の…パフ…!!」
パフを握りしめると、勇者の体が緑色に光って、みるみると服の傷や体の傷が回復して行く
ムースは勇者の回復を待たず再び光の玉を放出する
勇者
「ぐっ…はぁはぁ…」
勇者はなんとか動けるようになり、その場から急いで離れようと立ち上がる
その時「ドォン」と言う音と共に光の玉が勇者に迫る
勇者
「ぐっ…!?」
勇者はとっさに玉とは別方向に飛び込んで
ギリギリ光の玉の直撃を回避する
勇者
「ぐはっ…!」
爆風に当てられる勇者
なんとか地面にしがみつき、ダメージを減らす
ムースは勇者の方向を確認して、再び光の玉を放出
勇者
「(くっそぉ…!何かないのか!!)」
勇者は荷物を探り、必死に使えるパフを探す
勇者
「(時止めはもう使ってしまった…!あれは一回使うと1週間は使用不可だ…!!)」
勇者の耳元で「ドォン」と言う音が聞こえる
勇者
「(……!!)」
勇者は何かを見つける
勇者
「(暗闇のパフ…!漆黒の闇が光をかき消す!!)」
パフを思いっきり握りしめると
勇者の周辺から暗闇がドバッと広がり
闇に当てられた光の玉は分解されて消滅した
勇者は次に灯火のパフを使い、周囲を照らす
勇者
「(ちょっと前に拾ったパフだ
どこで使うか迷ったが、まさかここで使うことになるとはな…!
灯火も光だが、パフ同士なら影響はない…!)」
勇者
「どうだ!!ムース!!光はもう使えないだろ!?」
ムースは何も言い返さず、無言で佇む
勇者
「奪われた記憶…返してもらうぞ…!!」
勇者は剣を構えて、ムースに接近
ある地点で飛んで、ムース目掛けて剣を振り下ろす
勇者
「うぐっ…!?」
ムース
『……』
勇者の剣は結界で防がれる
勇者
「くそっ…!!(この結界が厄介だな…!何かないか他に…!!)」
勇者は一旦距離を取って荷物の中からパフを探す
勇者
「すり抜けのパフ…これでどうにかならないか…?!」
勇者はパフを握りしめムース目掛けて剣を振るう
勇者
「(ダメだ…!!確かにすり抜けたが、本体もすり抜けてしまう…!!)」
勇者はふとあるものを見つける
勇者
「うっ…!(もうこれしかないのか…?)」
勇者は最後のパフを取り出し、ムースに向けて強く握りしめる
パフから霧のようなものが噴射される
ムース
『ヴッ……!?』
ムースは瞬間、顔をしかめて後退
結界が解ける
勇者
「(結界が切れた…!!今だッッ!!)」
勇者は剣を振るい、ムースを斬る
勇者
「まだ浅い…!!あと一回…!!」
勇者はのけぞるムースに追撃を喰らわす
勇者
「これで終わってくれェ……ッッ!!」
勇者は両手で剣を握り、ムース目掛けて勢いよく振り下ろす
ムース
『…ッッ!!』
勇者の剣はムースを切り裂いた
ムースはしばらく固まったあと、一歩ずつ後退していき、ついに膝をつく
ムース
『見事なり…勇者…』
勇者
「くっ…!」
勇者は鋭い目でムースを睨みつけた。
ーーー
ムースと最後の会話をする勇者
勇者
「お前の負けだ!さぁ!記憶を元に戻せ!!」
ムース
『神の力を持たず、このムースを倒すとは……
さすがは選ばれし者……
だが勇者よ…お前は思い違いをしている……』
勇者
「……?」
ムース
『我を倒したとて、お前から抜け出た記憶は
元には戻らん……一度進行した者は最後まで
そのままだ……』
勇者
「…ッッ!!なに……?!」
ムースの話を聞いて、勇者は困惑する
ムース
『それが厄災だ、お前が勇者だった頃の記憶を取り戻す事は二度とない……受け入れるのだ……』
勇者
「くっ……!!」
ムース
『他の厄災は全土に広がっている……
無事な者はまだ助かる猶予があるが
既に厄災に見舞われた者はもう遅い……
一度厄災に見舞われた者は二度と
救う事はできない……』
勇者は絶望と悔しさで顔を歪ませる
ムース
『厄災で世界が滅びるのは時間の問題…
我々の役目は全うされる…』
勇者
「くそぉっ…!!」
事切れるムースを前に悔しがる勇者
ーーー
遺跡から外へ出る勇者、とぼとぼと寂しく歩く
勇者
「(ニオイのパフ……最後の最後でまさかこいつが役に立つとは……)」
勇者はパフを静かに眺め、次に厄災のことを考える
勇者
「(五つの厄災……まさかこれが今までの原因とはな……女王に伝えねば……!)」
女王に事情を伝えるため、勇者は城へと向かった
五大厄災-記憶の巫女-(完)