少年の父、妻に物申す
美しい妻と、礼節を知る息子。これ以上の幸福など願いようもない。
たとえ息子がその友人(むろん同性)から半ば本気で求婚されようとも、耐えてきた。古い人間であることは自覚しているが、誇り高く生きてきたつもりだ。
そう遠くない将来、定年退職を迎えたあとは土いじりでもしながら余生を過ごそう。長年、傍らで支えてくれた妻には楽をさせてやりたいと……。
その輝ける未来に、冷蔵庫を漁る金髪のお嬢さんが登場する余地はなかった筈なのだが。
どこで間違えたのだろうと自問するうちにも、少女の身を呈した潜入調査は続いている。
息子がこよなく愛しているプリンを見付けた少女は、ひとしきり奇妙な踊りを披露してから、フローリングの床にだらしなく座り、慎重にパッケージをはがす。それから、いよいよスプーンを用いての実地検分に移る。ようは食った。
随分と美味しそうに食べるので、止める気にはならなかった。彼女の幸せを奪う権利が自分にあるとは、たとえそれが真実あったとしてもだ、確信しきれなかったからである。
座敷わらし、というやつだろうかと不意に思う。
そうでも考えなければ、目の前で展開される光景は説明ができそうにない。
だが、台所から顔を出した妻はあっさりと言ってのけたのである。
「マルマルちゃんです」
奥方の説明を受けて、みっちゃん父は「そうか」とだけ呟いた。
寡黙な男性である。
彼はしばし黙考したのち、
「だが、彼女のご両親には一言告げておくべきだろう」
息子と同じ結論に至る夫を、奥方が穏やかに諭す。
「あなた、マルマルちゃんが可哀想だとは思わないんですか?」
親元を離れて、たったひとりで暮らすわたしに、彼女は強く共感しているようだった。
「それなのにあなたたちときたら、体面ばかり気にして。少しは彼女の身になってご覧なさい」
「しかし、それとこれとは……」
「とにかく。マルマルちゃんのことは、わたしに一任してもらいます。構いませんね?」
ぴしゃりと言う奥方に、みっちゃん父が猛然と反発する。
「駄目に決まっているだろう。これはおまえだけの問題じゃない、家族の問題だ」
「そして、おれのプリンがない」
失踪したプリンの行方を追う少年探偵が、父の側につく。
わたしは無実を主張した。
「プリンという存在そのものを今はじめて知った」
「語るに落ちたな。カラメルが口の端についてるぜ」
「なにっ?」
慌てて口の周りをぬぐうわたしに、みっちゃんがにやりと笑った。
「嘘だ。だが、状況証拠は十分のようだな」
「くっ……!」
小賢しい真似を。
白熱する心理戦をよそに、夫婦の話し合いは佳境にもつれ込む。
「あなた?」
伝家の宝刀を抜く妻に、その夫は一歩も退こうとしない。
決然とし揺るがない父の背に、息子が期待の眼差しを寄せる。
「マルマルさん、昨日はよく眠れたかな?」
「父さん、あなたにはがっかりだよ」




