マルマル、少年の生殺与奪を握る
状況は厳しい。そう認めざるを得なかった。
窓から入ってきた時点である程度は覚悟していたが……なるほど強敵だ。
湯船に注がれるぬるま湯を眺めながら、少年は苦悶していた。最近の世の中は便利なもので、スイッチひとつで風呂がわかせる。
タイムリミットは夕飯までの二時間弱といったところか。それまでにあの電波少女に正しい人の道を説き、更正させるのは、エベレスト登頂とどちらが難しいだろうかと考える。
一人では無理だ。少年は結論を下す。しかし二人なら、肩を支えて歩くこともできる。
ふと思いついた彼は、頼れる友人にメールを打つ。
『実は僕、宇宙人なんです』
彼なら、きっと現状を打破する妙案を授けてくれるに違いない。少年が友人に寄せる信頼は厚い。
返事はきっかり五秒後だった。
『そうなんだ』
これはひどい。少年はうめいた。こちらの話を端から信じていないばかりか、議論する価値もないという態度が見え透いている。およそ現代を生きる文明人の返答とは思えなかった。
少年は落胆したが、事の詳細をつまびらかにする訳にも行かず、貴重な時間を割いてくれた友人に感謝の意を述べた。
『貴様のリアクション能力には失望した』
送信を終えた少年は、携帯の電源を切り、次善策を模索する。つまるところ、人間とは孤独な生き物なのだろう。自らの力量で何とかするしかない。
再び部屋に戻ってきたみっちゃんは、遅まきながらも自らの幸運に気付いたようで、あれこれと詮索してくる。
「母星には帰れないの?」
彼の興味は、もっぱら未知の航行法に注がれているようだった。男のロマンというやつなのだろう。
しかし残念ながら、科学の力で真空の海を泳ぎきることは力学上現実的ではないとされている。
それを可能とするのは、星間連合加盟国でも一握りの精神優位種族のみ。つまりは、わたしだ。
わたしは、いかに自分たちが崇高たる存在であり、また星々の発展に尽力してきたかを、猿にも分かるようダイジェスト方式で語った。
「つまり、帰ろうと思えば帰れるんだね?」
みっちゃんの要約は力点が著しく外れていたが、しょせん肉体に重きを置く下等生物であるから、致し方ない。わたしは寛容なのだ。
まあ、政治的な事情を省けば不可能ではない。わたしが控えめに肯定すると、みっちゃんは我が意を得たりと頷き、
「今頃、きみのお父さんとお母さんは心配してるんじゃないかな?」
「やつらとは親子の縁を切った」
正確には切られた。
「もう好きにして下さい」
わたしの境遇に同情したのか、過酷な現実に打ちのめされて項垂れるみっちゃんは、やはりお人好しだ。言質はとった。