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完成の契約者

精神優位種が他星で活動しようとした場合、これは言うまでもないかもしれないが、現地の有機生物にとり憑くのが一番早い。


現在、地球上で曲がりなりにも意思疏通が可能なのは人類だけだから、契約者同士の争いは必然的に人間対人間の構図になる。


今更ではあるが、


(世も末だな)


男はそう独りごちて、夜空を眺めた。


わずかに欠けた月の下、コンビニエンスストアの屋根の上に立っている自分が哀れでならなかった。


身にまとったブランドもののスーツがより一層物悲しさを引き立てている。


見苦しくない程度にセットした髪が、夜風を孕んで一房なびいた。


もう三十路だというのに、地球の平和のために戦っている。それが何より悲しい。


戦うビジネスマン。

ここでは彼を、仮に「バッタ」と呼ぼう。


仲間内では皮肉を込めてそう呼ばれているからだ。


男が見上げた先には、星空を遊泳する人影がひとつ。


バッタにとっては見慣れた光景なのだが、そのたびに彼は思うのだ。


(何故、わざわざ飛ぶ)


優位種の能力は様々だが、大空を自由自在に飛び回れる能力と言えばテレキネシス、つまり念動力と相場が決まっている。


精神感応(サイコメトラー)と並びポピュラーな能力で、そして不名誉にも馬鹿の代名詞とされている。


これは余談だが、能力者に「このテレキネシス野郎!」と言われたら、それは「あなたは学が浅いように思われます」という意味らしい。


同じテレキネシスとして地位向上に努めてきたバッタだが、とりあえず空を飛んでみましたという輩を見るにつけて、自らの努力が無駄であることを思い知らされるようだった。


しかし、幸いにして先方はまだ未成年らしく、更正の余地が残されているように思う。


両者を隔てる距離は肉眼で視認できる範囲を越えていたが、能力の応用に長けるバッタは、微弱な念動力を働かせてレーダーの真似事も出来る。


彼は、少し不安になった。

無意味に上空を旋回している新米契約者が、ひょっとして勝てる気でいないかと心配でならなかったのだ。


とり憑いている猛禽類は見た目にも賢そうだが、その生態上、彼らに輝ける知性を期待することは難しい。


中学生の高学年くらいだろうか、星空を駆ける少年の姿が、不運にも特異型に見初められた(しかもおそらく自覚していない、あるいはできない)少年とだぶって見え、余計に憐れみを誘う。


いらぬ忠告をしてしまったのは、そのせいだ。


『おまえも特異型に引き寄せられた口か? 悪いことは言わん、やめておけ』


返事はすぐに返ってきた。


『おまえは、何なんだ?』


言葉を運ぶこと程度はできるらしい。他人事ながら、バッタは安堵した。


『おまえと同じ契約者だ。もしくは宿主と説明を受けているかもしれないが……』


本来なら「宿主」というのは侮蔑的な意味合いを含むのだが、当の優位種がその場の気分で言うから侮れない。


少年は警戒しているようだった。


『……本体が見えない。どこにいる?』


「本体」というのは、優位種のビジョンという理解でいいのだろうか。


あまたの能力者を打ち破ってきた歴戦の三十歳は、しばしばこういったジュネレーションギャップに戸惑う。


(寄生種を本体と呼ぶ、では宿主のおまえは何だと言うんだ……?)


ささやかな疑問が浮かぶものの、いったん保留し簡潔に答える。


『力を完全に制御できるなら、そんなものは必要ない』


『そんなもの……? 駄目だ、おまえは信用できない』


何か誤解しているようだが、優位種のビジョンは振り子作用のようなもので、それそのものに意思や人格が備わっている訳ではない。


とはいえ、そうした虚像と友達感覚で接している契約者が多いことは事実だ。


これは完全にバッタの失策だった。

彼は胸中で舌打ちすると、一転して強気に出た。


『寄生種に何を吹き込まれた? 特異型に楯突いていっぱしのヒーロー気取りか。しびれるぜ、なあおい』


少年の反応は劇的だった。思春期の少年らしい潔癖さで、激情をそのまま叩き付けてくる。


星間連合が定める「能力」の定義とは、「意思に伴い運動する非因果性」だ。


噛み砕いて言うなら、イメージを実現する謎の現象である。


だから、ペンタモールの「擬態」は厳密には「能力」の定義から外れる。


公式文書では伏せられる、彼らの能力の正式名称は、特異一種と同じ確率支配「オールバースデイ」だ。


無音で迫る衝撃波を、バッタは微動だにせず掻き散らす。


たいていのルーキーは、力を飛ばすという認識でしか能力を扱えない。

頭ではわかっていても、固定観念が邪魔をするからだ。


だが、バッタは違う。


それが純然たる経験の差だった。


「特異型の契約者には手出しさせん。この俺たちがな」


むしろ厄介なのは、その契約者がコンビニから出てきて(目が合った)、おもむろに携帯電話を取り出したことだった。


星が綺麗だなあ程度のことは言ったかもしれない。


彼の日常を屋根の上から守り続けるバッタは、控えめに見ても通報されておかしくない。


万人に降り注ぐ月明かりが、成人男性のシルエットを優しく照らし出していた。

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