少年の秘策
話し合いの結果、休日に僕の家で勉強会を催すことになった。
その日は用事があると逃げを打つマキ(親友)に便乗して急用を思い出そうと試みたのだが、あいにくと週末は温泉旅行へ出掛ける両親に留守を任されている。
両親はマルマルも一緒にどうかと誘ったのだが、彼女はきっぱりと断った。
地球に不時着した際にペンタなんとかの気配が観測されている可能性があるとか言っていた。
ようは家でごろごろしていたいのだろう。
かくして今日、首尾良く僕の部屋に潜入を果たした秋津さんと瀬波さんは、マルマルのお世話を買って出てくれている。
女三人集まればかしましいと言うが、この三人も例外ではないようだ。
なぜかメイド服姿で参上した秋津さんが、マルマルの髪を編み編みしている。
「ここまで長いと、手入れ大変じゃない?」
秋津さんも瀬波さんも、クラスの女子では髪が長い方だが、それでもマルマルほどではない。
マルマルは事もなげに答える。ちなみに本日の彼女は、いつぞやの民族衣装みたいな白いワンピースをお召しになっている。
「まあな。だが、みっちゃんが似合ってると言うから仕方ない」
言った覚えはないが、あそこまで伸ばした髪を切るというのも勿体ない話だ。
「みっちゃんとな」
くそ……だから嫌だったんだ。
屈辱的なニックネームを耳にして、わざとらしく口元に手を添えた秋津さんがにやにやと僕を見る。
仕方なく僕は言った。
「母がおれをそう呼ぶんだ。面白がって真似するんだよ」
「小学生のときはそう呼ばれてたって聞いたことある」
湯飲みを両手で丁寧に扱いながら、瀬波さんが暴露して下さった。
上はセーター、下はデニムのスカートというカジュアルな装いで、僕の急所を的確に突いてくる。恐ろしい人だ。
三人は、テーブルを囲ってクッションに座っている。
僕が部屋で唯一の椅子を使っているので、瀬波さんが僕に視線を向けると自然と上目遣いになる。
リップをつけているらしく、瑞々しい唇がかすかに上下する。
「ろくに友達もいなかったと」
「ちょっと秋津さん、この人止めて?」
「緊張してるんよ。な、かなう」
「え、緊張した結果がこの毒舌トークなの」
秋津さんがテーブルに身を乗り出して、励ますように相棒の肩を叩いた。
「メグちゃん……」
元気付けられた瀬波さんが、「うん」とはにかんで頷く。
ちらりとマルマルを一瞥する仕草がいじらしい。
自己紹介したきり途絶えていた国交を再開する気になったようだ。
でも、その決意を固めるためのワンクッションにされた尊い犠牲があったことは忘れないで欲しい。
「かなうとめぐみは、みっちゃんと小学校が別なのか?」
ほら、食い付いてきた。せっかく瀬波さんが勇気を出したのに、どうするの、これ。どうするの。
固唾を飲んで見守る僕。
すると瀬波さんは、切なげに僕を見上げて、
「みっちーは、いつもそう」
「どうなの」
具体的に聞きたい。
僕はため息をついて、なんだか最近ため息ばっかりだ、ゆっくりと席を立つ。
「三人とも、お昼は焼きそばでいい?」
母がいない以上、僕が作るしかあるまい。
マルマルをコーディネイト中の秋津さんが目を丸くして言う。
「みっちー、料理できるの?」
同居人が余計なことを言い出す前に、僕は片手をひらひら振って注意をひく。
「焼きそばくらいなら。味は期待しないでね」
「みっちゃんの料理はうまいぞ」
そう来ると思ったぜ。
僕は爆弾娘をにこやかに手招きして、
「タイム。マルマルさん、ちょい来て」
何ぞ何ぞと素直に近寄ってくる彼女の肩に腕を回して、ひそひそと耳打ちする。
(昨日言うたでしょ。おれ、主婦キャラとか嫌なの。あと宇宙ネタ禁止な、これは守れてる、偉い)
(見くびるな。わざと正体をバラすような真似はしない。もっと誉めろ)
(よしよし、偉い偉い)
三つ編みマルマルの頭を撫でてやり、彼女をヘッドロックから解放する。
「よし、行け。くれぐれも……わかるな?」
「ふっ、任せろ」
力強い返事にむしろ不安を煽られたが、まあいい。
主婦キャラうんぬんは僕の本音ではあるが、しょせんはカモフラージュに過ぎない。
あくまでも本命は大宇宙から受信している電波ネタだ。
瀬波さんは鋭いから、マルマルが隠し事をしていることに感付く恐れがある。
そこで僕が考案したのが秘密の二重底である。