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妖精とマキ

少年がいわれなき罪に問われようとしているとき、


(妖精だと……?)


友人のマキは、母校にひそむ謎へと挑んでいた。


事の起こりはこうだ。


マキは、卒業アルバム制作委員会に名を連ねている。

発端は毎度のように友人の口車に乗せられてだが、やるからには手抜き妥協は一切しない。


体育祭に引き続き文化祭で要職を務めた彼が、委員会で長の座についたのは、ごく自然な流れだった。

まず、友人でも何でもない他人の指示に従って動くのが嫌なのだ。

自分で指揮した方がよほど効率いいし、全体を把握できるぶんトラブルに対処しやすい。


そんな彼も、病気には勝てなかった。

二学期の末にひいた風邪は、鉄人とも噂される友人を病状へと追い込むほどであり、立って歩くことすらままならなかった。

病原菌と思しき友人は半日寝たら治ったというから、つくづく呆れる。


病の床で友人を呪うマキ。


結果として卒業アルバムの制作が滞ってしまうかと思われたのだが、そうはならなかった。


何者かが自分に代わり指揮を取ってくれたのだという。


さすがに進捗は少し遅れたが、自分にはあまり向いていない根回しの面をカバーしてくれたので、正直かなり助かった。


では、その指揮を代行してくれたのは誰かというと、委員会の生徒は声をそろえて、


「妖精さんが」


と言うのだ。


この学校はもう駄目だと思った。


卒委(卒業アルバム制作委員会の略称)のメンバーは、当然三年生が中心になっている。

同級生に見切りをつけたマキは、新学期の始まりを待ち、写真提供の新聞部に足を運んだ。


幸い、そこの部長はクラスメイトである。


突然の訪問を歓迎してくれた彼は、次のように述べた。


「悪いが、情報源(ソース)は明かせない。この業界は信用が命だからね」


わかったのは、同級生の偏差値が予想を下回っていた程度だ。


期待したおれが馬鹿だったときびすを返すマキに、部長が再び声を掛けたのは単なる気まぐれだったのかもしれない。


「言えない。だが、きみたちには借りがあるからな」


肩越しに振り返るマキに、彼は勿体ぶって告げたのである。


「妖精だ。そいつは文化祭にも出没した」


彼が言い終わる前に、マキは退出した。


そして現在、教室に置いてきた上着と鞄を取りに廊下を歩いているところだ。


しかし冷静になってみれば、実際この学校には何かがあるのかもしれない。


卒委の連中と新聞部の意見が一致したということは、考えてみれば不思議なことだ。両方にあらかじめ根回しでもしておかないと、こうは行かない。

だが、そんな無意味なことに労力を注ぐ馬鹿がいるだろうか。いないと信じたい。


(妖精か。覚えておこう)


そう結論を下して、教室のドアを開く。


室内を一瞥するなり、マキは瞑目して天を仰いだ。


「正座っ……」


自分が不在の間、唯一無二の友人が教壇で正座していたという、その事実がマキを打ちのめしたのだ。


背中に哀愁さえ漂っている友人を、女子二人がそろって腕を組み見下ろしている。


マキは、たまらず声を掛けた。


「瀬波、秋津。何してる」


答えたのは叶だった。

彼女は腕組みをとき、腰に片手を当てて言う。


「マッキーは知ってるの?」


マキはあえて直答を避けた。歯噛みし、その場で床に突っ伏す。


「だから言っただろう、いつか痛い目を見ると……!」


「そうね、言ったね、言ってたね……」


力なく項垂れる友人の姿が痛ましい。


その反応で確信した。十中八九、あの女の件だろう。


少年とマキの視線が交錯したのは、ほんの一瞬の出来事だ。


足がしびれたふりをして、少年が後ろ手に指を屈伸させる。


(話を合わせろ)


というサインだ。

逆転の秘策があるらしい。


それを確認したマキは、おもむろに立ち上がると、ひざのホコリを払うふりをして指先で軽く壁を叩いた。了承という意味だ。


少年の弁明がはじまる。


「あのね、あの日はたまたまなの。たまたま親戚が、そう親戚が遊びに来て泊まってたっていう、ごくありふれた日常をおれは大事にしたい」


切々と訴える少年に、叶は「そう」と言葉少なに頷く。ひとかけらの信頼も窺えない、無機質な声だった。


(なんて女だ)


クラスメイトの言うことに耳を傾けないとは、とんでもない女狐である。

マキは、すかさず友人をフォローする。


「まったく似てないから、おれも最初は疑ったんだがな」


「……本当に?」


叶の視線には色濃く猜疑心が混ざっていたものの、彼女の確信にひびを入れることはできた筈だ。


少年は慎重である。

彼は、あえてマルマル親戚説を強調しなかった。


「うん、実家の親御さんと喧嘩したらしくてね」


「そうなんだ……」


呟く叶の声には、険悪なものを感じない。


(ちょろいぜ)


胸中で喝采を上げる男二人。


(ナイスおまえ!)

(ナイスおれ!)


叶が萠を振り返る。

萠が重々しく頷く。


互いを称え合う男たちに、叶は申し訳なさそうに言う。


「じゃあ、さっきの『通し』には何の意味が?」


本当にどういう訳なのさ……。


のちに萠は述懐する。

無言で少年のとなりに正座するマキが、ひどく印象的だったと。

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