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迫る影、叶

「みっちー、かくまって!」


と秋津さんが我が家に転がり込んできたのは三が日を終えた次の日の朝である。


正月くらいはゆっくりしてもらおうと、母に代わって調理中の僕。いまは手が放せない。こんなこともあろうかとマルマルを叩き起こしておいてよかった。


洗面所で歯を磨いていた金髪が、歯ブラシをくわえたまま寝ぼけまなこで廊下を横切るのが見えた。


「んむ」


「ふつうにいる!?」


秋津さんは元気だなあ。ははは。


フライパンを揺すりつつ、僕は二人の微笑ましい遣り取りに心がなごむのを感じる。


「んむ」


「うわわ、金髪。ちょちょちょぉ、目ぇ見して。ぱちって、ぱちってして」


「んむぅ~」


胡椒を適量、塩ぱっぱ。ほい、完成。出来上がった炒飯を皿によそい、居間のテーブルに運ぶ。

普段は台所のテーブルで食べるのだが、お客さんが来たから今日は特別だ。


秋津さんは、我が家の同居人にいたく興味をひかれたようである。いまだ半分寝ているマルマルを引き連れて居間に雪崩れ込んできた彼女は、興奮した様子でばんばんとテーブルを叩いた。


「みっちー! これ、なんていうの、この、これ!」


「落ち着いて、秋津さん」


代名詞のみで会話を推し進めようとするクラスメイトをなだめる傍ら、僕は歯ブラシをもぐもぐしている同居人に衝撃的な真相を告げねばならなかった。


「マルマルさん、それ炒飯と違う。わかるよ、匂いしてるもんな。でも違う、それ歯ブラシ。洗面所で続きしてきて」


「んむぅ」


ふらふらと居間を出ていくマルマルを、秋津さんがうっとりとした目で見送る。


「前に見たときはしゃんとしてたけど、家だとあんな感じなんなぁ……!」


「寝起きが駄目なんよ。怪我しそうで怖いけど、叩くわけにもいかんし」


人数分の湯飲みにお茶を注ぎながら、僕は「困っとります」と結んだ。


秋津さんは厚手のコートを脱いで、身を乗り出してくる。コートの下に着ていたのは、紺色の上下に赤いスカーフという、セーラー服を意識したファッションだ。


彼女はケータイを取り出し、


「写メ、写メっていい?

かなうにも見せてやりたい」


「女の子ですので」


寝起きの姿は撮られたくあるまい。僕はマルマルに代わって断りを入れた。


「そっかぁ、残念。てかさ、なんでエプロンつけてるん?」


「人生、何があるかわからないからね」


「なんでエプロンつけてるん?」


ひらりと身をかわす僕を、秋津さんが返す刃でとらえる。


だが、僕の方が一瞬早い。地の理というやつだ。


「かくまうって、瀬波さんから?」


「……うん」


果たして、秋津さんは力なく頷いた。

彼女はテーブルに上半身を投げ出して、


「かなうがスパルタなんです。ついていけません」


秋津さんは、友達の瀬波さんに勉強を見てもらっている。


瀬波さんがスパルタ方式を採用したのは、ひとえに秋津さんの学力が悲哀を帯びていたからだろう。


つまり自業自得なのだが、物事には限度というものがあって、


『あ、みっちー? メグちゃんいるよね?』


やっぱり自業自得じゃないかな。

携帯電話越しに響く瀬波さんの声に決定事項を告げるような冷酷さがあって、僕はうめいた。


「いやあ、どうだろうね。いやいや、ところで、あけましておめでとうございます」


『あら、ご丁寧にどうも。あけましておめでとうございます』


通話を引き伸ばしつつ、秋津さんを一瞥すると、×のジェスチャーを連発している。


いつの間にか背後に回り込んでいたマルマルが、自分自身をちょいちょいと指差す仕草。代われと言いたいらしい。


(いけるのか?)


目で確認すると、彼女は不敵に笑った。よし、任せる。


携帯電話を受け取ったマルマルは、自信たっぷりにこう告げた。


「味噌ラーメンを一丁」


秋津さん、がんばれ。

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