少年、マキと雪道
大晦日、一人紅白歌合戦を敢行し力尽きたマルマル。
後半はぐだくだだったけど、アマチュアにしてはうまかった。正直、銀河の歌姫と名乗るほどではないと感じたが、父と母が大層喜んでいたので個人的には満点をあげたい。歌は心だな、と独りごちる。
「年越しそば、年越しそばを……」
と、うめき声を上げる彼女を二階の寝室まで運び終えたときには、すでに日付けが変わろうかという時刻だった。
ベッドの上で丸まるマルマル(丸×4)の額にかかっている前髪を指先で払ってやりながら、後半ぐだぐだだった今年を締める。
除夜の鐘には煩悩を祓う力があるというから、これで少しは真人間に近付ければいいと切に願った。
初詣は、友人のマキと一緒に行く約束をしている。変なところで信心深いやつだ。思わず苦笑が漏れた。
はじめて会ったのが中学一年の頃だったから、付き合って三年になる。
今年の三月には卒業だ。まあ悪くない中学生活だった。少しくらいは感謝してやってもいい……。
そうあれこれと思考を転がしつつ、僕は布団の中でまどろむのだった。
あいにくと、元旦は快晴とは行かなかった。
しんしんと降り積もる雪の中、少年は校門の前で友人を待つ。
これから初詣を予定している神社は、ちょうど学校から駅前に向かう反対側の方向にある。
携帯電話のディスプレイで時刻を確認すると、待ち合わせ時間の五分前だ。
(あいつが遅れるなんて珍しいな)
とくに示し合わせた訳ではないが、待つのも待たせるのも嫌だからと集合時間の五分前には到着しているのがいつものパターンだ。先日、風邪をひいたのが堪えたのかもしれない。
一応、確認した方がいいだろうか?
手元のケータイに視線を落として、少年は考える。
(いや、まだ時間じゃないしな)
あと五分待ってみよう。
そう決めた少年の判断は正しく、二分ほどで通学路を歩いてくる友人の姿を認めた。
この寒い中をマフラーも巻かずに、上着は薄手のコート一枚という暴挙に出ている。
あの男は、あれでなかなか暑さに強く寒さにも強いという鋼のような体質をしている。うらやましいことだ。
彼は、少年が待つ校門前に到着するなり、繊細そうな容貌を歪めてこう言った。
「待たせたな」
なぜか偉そうだ。何かにつけて、この男は偉そうである。三年間を共にした慣れもあり、少年は気にしなかった。
「さっさと行くぞ」
軽く手を振り先に立って歩く少年に、その友人は妙な難癖をつけてくる。
「おまえ、少し早く着いたからって調子に乗るな」
これが彼なりのコミュニケーションなのかと思うと、涙が出てくる。
「おれはときどき、どうしておまえと友人になろうと思ったのかわからなくなる」
「おれにはわかる」
本人にもわからないものが、彼にはわかるという。興味をひかれた。
「ためしに聞かせてみろ」
しかし返ってきたのは、侮蔑の視線だった。
「おまえ、自分で言ったことも覚えてないのか?」
少年は後悔した。そうだった。こういうやつだ。
以前、彼には語ったことがある。
自分は、はっきり言って周囲の人間を見下している。自らを律しきれない人間、群れるしか能のない人間、他人の気持ちを考えようともしない人間、それら全てだ。
どいつもこいつも馬鹿ばかりで嫌になる。
程度の低い輩とは付き合いたくない、というのが少年の持論だ。
そんな彼が、中学一年生のある日、とあるクラスメイトに興味を抱いた。
自分と同じレベルにいる人間だと思ったのである。それは結果的に正しかったと証明されたが、同時にこうも思うのだ。
(友達は選べ、てことだな)
少年の弱味を握った友人が、これ見よがしにため息をつく。
「おれは、おまえの将来が心配だぜ」
「そうか、奇遇だな。おれもおまえの将来が心配だ」
せめてもの抵抗として言い返した少年は、すぐさま己の失策を悟った。
なぜなら、友人が何の前触れもなく笑ったからだ。
(しまった)
よこしまな笑みというのか。その微笑は悪魔めいている。
彼は、よく笑う。
穏和で礼儀正しくお人好しというのは、しかし彼の一面に過ぎない。
「へえ? なるほど、心配ね。ふうん」
「……おまえ、その、なんだ、癖? 直せ。委員長がたまに本気で相談してくるんだよ」
「直す? 言ってる意味がわからない。おれは極めて温厚な人間だ」
駄目だ。少年は諦めた。スイッチが入ってしまった彼と、建設的な意見を交わすことは不可能と言っていい。
早くも諦観の念に包まれる少年を、友人は嬉々として責め立ててくる。
「なら言わせてもらおう。僕は常々思うんだが、おまえに足りないのは協調性なんだよ。他人にいちいち理想を押し付けるから、おまえは駄目なんだ」
自分の欠点を指摘してくれる友人は貴重だ。
少年はじっと耐える。
「おまえはいまだに自分のことを天才か何かと勘違いしてるようだが、僕から言わせてみれば逆で、それは賢い生き方じゃないな」
「……へえ、それじゃあおまえの生き方が賢いとでも?」
しかし物事には限度というものがある。少年は反撃を試みた。
「だったらおれも言わせてもらう。あのマルマルとかいうふざけた名前の女はなんだ。やつは例の不審者だろう。それが、なぜおまえの家にいる」
「いい名前じゃないか」
「名前はどうでもいい」
「おまえ、あの子ともうちょっと仲良くなれないの? あれで、けっこう愛嬌があるんだ」
「波長が合わない。無理だ」
「それだよ。そういうところあるよな、おまえ」
再びため息をついた友人に、しかし少年は思うのだ。
見知らぬ女に自室を占領されるくらいなら、ありのままの自分でいたいと。