マルマル、巨悪に立ち向かう
一月に願書を提出したら、二月には受験本番だ。
模擬試験の結果は悪くないものの、この時期は気持ちばかりが焦る。
冬休みだからといって家にこもっているとどうしてもだらけるため、晴れ間を見計らい食材の買い出しがてら散歩に出掛ける。
家を出る前にマルマルにも声を掛けてみようとしたのだが、
「MPが……保たない……!」
居間のテレビで熾烈な争いを繰り広げている彼女に悪いと思い、諦める。
「一か八かだっ……この一撃に全てを賭ける!」
行ってきます。
通学路を少し外れて歩くと、五分ほどで住宅地を抜けて商店街の大きな通りに出る。
年末に向けて、どこも賑わっている。
スーパーで買い出しを済ませて駅前の広場で一休みしていると、遠目に担任教師の姿を見つけた。
化粧を控えめにし、普段は後ろで束ねている髪をおろしている。下手な変装だ。
買い物袋を提げて、横に小学生くらいの女の子を連れている。
あちらも僕に気付いたようで、はっとして視線を逸らした。
しかし帰り道、駅を利用するのならば、僕が待ち受けている広場は避けて通れない。チェックメイトだ。
何食わぬ顔で僕の目の前を横切ろうとする先生に、僕は声を掛けた。
「いい天気だ。そうは思いませんか、平川先生」
「くっ……!」
彼女は歯噛みして立ち止まった。
「……こんにちは、奇遇ですね」
「はい、こんにちは。その髪型も、よくお似合いですね」
「勉強ははかどってますか?」
どうやら、連れの女児には触れてほしくないらしい様子だ。
先生と話し込む僕を、女の子は大きな瞳で泰然と眺めている。見た目より年長さんなのかもしれない。
というか、
(似てる)
平川先生そっくりだ。姉妹にしても、ここまで似るものなのか?
まあ、ありえないことではないだろうけど。
彼女は、ふっと視線を僕から外して、傍らの姉(?)を見上げた。
「シズノ、だから言っただろう」
その口調が、また子供離れしている。
「このような不測の事態を招かないよう、わたしの、」
「あ、あなたは黙ってなさい」
女の子の言葉をさえぎって、平川先生があたふたと言った。
「お子さんですか?」と僕。
「そんな筈ないでしょう!」
柳眉を逆立てる担任教師を、僕は「まあまあ」となだめて、
「先生とうりふたつですね。小さい頃はこんな感じだったのかな」
「だろうな」
当然とばかりに頷く女の子の頭を撫でて、「お名前は?」と尋ねる。僕は割と子供好きなのだ。
「好きに呼ぶといい」
(変わった子だな)
まさかそう来るとは思わなかった。最近の小学生は実に進んでいる。
「……先生?」
硬直している先生に目で問うと、彼女は慌てて言った。
「ええと、そのぅ……平川マドカ、十歳です!」
それだと、まるであなたが十歳のようなのですが……。
懸命な姉に、まどかちゃんが向ける視線は冷静そのものだ。
「マドカか。まあ悪くない」
自分の名前をそう評すと、まどかちゃんは僕に視線を戻してにやっと笑う。
「だそうだ」
「素敵なお名前だね」
名は体を表すという。どういう字を書くのかは知らないが、きっと健やかに育ってほしいという願いが込められているのだろう。
誰とは言わないが、我が家のごくつぶしとは同じ道を歩まないよう願う。
「ああ、もう」
道端で頭を抱えている平川先生に辞去を告げて、僕は帰途に着くのだった。
「そいつは、おそらくラプラスだな」
わたしを放っておいて、よその女といちゃついていたみっちゃんの話を総合した結果だ。
ラプラスというのは、簡単に言えば予知能力者のことである。予知能力そのものを指す場合もある。
精神優位種にとっての「現在」を「交通の要所」とするなら、「未来」とは「僻地」に近しい。
未確定の部分が多く、何かにつけてノイズが走る不便な世界だが、それゆえ捕食者は少ない。
そんな未来の世界でしか生きられない儚い種族が獲得する能力、それがラプラスである。
ひと口にラプラスと言っても様々だが、「現在」に干渉する際は契約者を軸とし過去の姿を投影するケースが多い。
わたしの宇宙まめ知識に、みっちゃんはひとつ頷き、
「そう。ところで今晩、何を食べたい? メニューは決まってるんだけどね」
「みっちゃんが作るのか?」
「たまにはね。気分転換になるから」
「わたしも手伝うぞ!」
「ははっありがとう。それじゃあ部屋でゲームでもしててくれる?」
ときどき思うのだが、みっちゃんはわたしをナチュラルに邪魔者扱いしている気がする。気のせいならばよいのだが。




