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静乃、少年に未来を問う

もちろん、と僕は思う。


親友との間に隠し事は無用だ。


結果的には、アポなしで自宅に踏み込んできた常識知らずに(元)不審人物(……元?)との同居がバレるという不本意な結末に終わってしまったが、どのみちいずれは相談するつもりだった。いまになって思えば、そんな気がする。覆水は盆に帰らないのだから。


親友のマキが風邪で学校を欠席したのは、その次の日の出来事だ。僕の風邪が感染ったのかもしれない。悪いことをした。


ちなみに、我が家のマルマルさんはぴんぴんしている。深夜に病み上がりの同居人を無裡から起こして壮大なファンタジーの構想を披露してくれる程度には健康だ。


親友の快復を心待ちにしている僕に、秋津さんが次のように尋ねてきたのは、給食の時間である。


「お見舞いには行かないの?」


「え、誰の?」


彼女は順調に快方へと向かっているようで、今日はマスクをしていない。牛乳のパックを両手でちょこんと持つ仕草が可愛らしい。


「いや、誰って」


秋津さんはそう言うが、クラスメイトで病欠の子はいただろうか。いや、いない。

教室を見渡すまでもなかった。僕に見落としはない。ただでさえうちのクラスは、他のクラスとくらべて年間を通した欠席者が少ないことで知られている。


「女子に限れば、そうね」


焼き魚の切り身を箸でほぐしながら、瀬波さんが同意してくれた。一年生だった頃とくらべて随分と箸の扱いが上達していることに、僕は嬉しいような寂しいような気持ちになる。


と、そのとき唐突に委員長が奇声を上げた。


「たまにはマッキーのことを思い出してあげてっ……」


今日も元気だ。


「食事中に席を立つな」


給食のおばさんたちに失礼だろう。僕は、一瞥もくれずに告げた。


それから、ああと胸中で手を打つ。マキね。

いや、べつに忘れていた訳ではない。厄介事は後回しにしたい、それだけだ。


「男の友情は、ないがしろにされてなんぼだよ」


「微妙に説得力があるから困る」


切なげに言う瀬波さんは、牛乳があまり好きではない。トレイの上で寂しげに佇む健康万能飲料に、秋津さんが熱烈な視線を向けているのは恒例だ。



「秋津クン、もう一杯どうかね?」


「それがかなうの頼みとあらば」


いつもの遣り取りだ。おどけて牛乳パックを差し出す瀬波さんに、秋津さんがうやうやしく頭を垂れる。


譲渡された紙パックにストローを差し込みながら、秋津さんはお得意先の慎ましい膨らみに流し目を送った。


「つか、かなうもたまには飲みなさいね。わたしを見習うといい。ふふふ」


「ご忠告、痛み入ります。けれど、人の心配をしてる場合かしら?」


今頃、マキはどうしているだろうか。きっと家で寂しい思いをしているに違いない。


親友の安寧を祈る僕に、色々と共通点の多い女子二人がそろって期待の眼差しを寄越してくる。なんでしょう。


二人は、異口同音に言った。


「みっちーなら、そのへんのデータを網羅してそうだよね」


いったい僕はどこの変態ですか。

思わずため息をつきそうになって、食事中であることを思い出す。

代わりに箸を置き、僕は言った。


「きみたち、そういうのは家で話しなさい」


そもそも、なんだ、大きいだの小さいだの、人間の価値はそんなことに左右されないし、生まれ持った形質を比較することにどれだけの意義があるというのか。


ちらりと、教室の片隅で生徒と同じメニューを箸でつついている平川先生の様子をうかがう。


うかつに「成長過程をつぶさに見守ってきました」などと言おうものなら、大惨事だ。


「……?」


その平川先生の様子が、少しおかしい。何事もてきぱきとこなす先生なのに、食の進みが普段より遅い。顔色は悪くないようだが、何か悩み事でもあるのだろうか。


たとえそうだとしても、生徒に胸のうちを明かす人ではないことを僕は重々承知していた。


そこで、あえて婉曲に攻めてみることにする。


食事中に失礼、ぱちんと指を鳴らし、


「保健委員、先生はお疲れだ。保健室までご一緒してさしあげろ」


ちなみに、僕は飼育委員だ。しかしこのクラスに愛くるしい小動物が配属される気配はない。どうしろというのか。


最高にクールな保健委員(男子)が、コロッケに伸ばした箸をぴたりと止めて言う。


「おまえが言うなら、そうなんだろうな」


どういう意味だ。


彼は、後ろ髪を引かれる様子で席を立ち、教室を縦断する。


対する平川先生の反応は鈍い。


「ありがとう。でも、とくに体調は崩してないわ」


「残念ながら先生、やつの目は誤魔化せません」


どういう意味だ。


「いいから。着席なさい」


毅然とした態度で保健委員を追い返すも、一瞬ためらったのを僕は見逃さなかった。こちらの裏をかこうとして、けれど教育者として嘘はつくまいと思い直したと、そんなところか。

いつもの平川先生なら、ありえない凡ミスだ。


「悩み事でも?」


だから僕に絶妙のタイミングで積み手を許す。


玉子スープのお椀に手を伸ばしながら、するりと核心を突いた僕の問い掛けに、平川先生がぎくりとした。


脆すぎる。本当にどうしたんだろう。


「……先生?」


本気で心配になってきた僕は、小細工をやめにして担任教師と正面から向き合う。


戦慄の眼差しで見られました。


「わたしは、あなたの将来が心配でなりません」


お手数をお掛けします。

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