マルマル、地球を守るために立つ
たなびく炎が尾を引き、常夜の海にぱっと散る。
(発火能力というよりは、念動力に近いな)
「ロストナンバーか」
知的生命体の天敵とは、すなわち「未知」である。敵を知り己を知れば百戦(略)
だが宇宙は広い。
有機生物と比べていささか(いささか)考えることが苦手な精神優位種が基盤になっている恒星間ネットワークは、なんていうか、穴だらけだ。
それはもう、宇宙の最先端テクノロジーに関してあれこれと夢を膨らませている諸兄には申し訳ないほど拙く、ずさんで、ぐだぐだなのである。
自覚はあるし、問題点もきちんと把握しているのだが、昔からずっと続けてきたことを変えるのは面倒くさいし、確実にどこかで軋轢を生じる。何より面倒くさい。
だから、星間連合のデータベースに載っていない敵など、そう珍しくはない。うっかり忘れていたのだろう。そして何人かが気付いていながらも、なあなあで済まされてきたのだろう。許されざる怠慢だが、悲しいことにわたしもなあなあで済ませる気でいる。
ロストナンバーというのは、そうした記載漏れの種族を指して言う。
星の瞬きを縫うように、一陣の炎が視界を横切る。
(速い)
目で追えるスピードではない。
(イメージをきっかけに力を引き出すタイプか)
わたしは考える。基本的に、精神優位種と有機生物は二人で一組だ。
一部の例外を除き、精神優位種はこの世に干渉できないからである。
つまり、わたしは凄いんだということが言いたい。
なにしろ「窓口」次第で精神優位種の能力は限界が決まる。
(まあ、どちらにせよ……)
死角から襲いかかってきた炎を、わたしは燃え盛る片翼で引き倒した。擬態で獲得したコピー能力だが、わたしの方がうまく扱える。
のたうち回る炎は、形状的に鳥と似ている。火の鳥だ。
たいてい能力というのは肉体維持の延長上にある
ケースが多い。
逃げを打たれてもつまらない。敵の頭をいまや業火と化した足で踏みつけながら、片手間に四方の空間を紅蓮の檻で囲う。
ワシントン条約的にやばそうな図鑑に載っていない生物は、わたしの足元でなおも抗おうとする。
「ペンタモモル星人か!」
三千世界にあまた存在する生命に例外なく共通して宿る感情、それは憎悪だ。
その憎々しげな視線がたまらない。
わたしは愉悦に口元を吊り上げた。
「ペンタモールに出会ったら逃げろと教わらなかったのか? 何かの気まぐれで見逃してもらえるかもしれないと」
「だまれっペンタの亡霊め!」
よく吠える。その威勢がどこまで続くか見物だ。
わたしの縄張りに無断で立ち入ろうとした罪は重いぞ……。
「という夢を見た」
「……そう」
真夜中に叩き起こされて、夢の内容を逐一報告されるという苦行に耐えきった少年は、両手で顔を覆った。
まず感想としては、心底どうでもいい話だった。
しかし貴重な睡眠時間(受験生)が極めて無駄なマルマルのターンに変換されたと信じたくはない。
何か、何かある筈だ……。
少年は、何かしら新しい発見をしたかった。
「きみは、なんていうか、けっこうひどいと思う」
「それは違うぞ、みっちゃん」
少年の睡眠時間をリアルタイムで削りつつ、マルマルは反論した。
「例えば、野球選手がサッカーで足を使っても反則にはならないだろう」
言っている意味がわからない。少年はそう思ったが、とにかく眠かったので「そうだね」と同意した。
我が意を得たりと頷く少女が、どこまで自分の意を汲んでくれているかは甚だ疑問だ。少年は、はじめてそのことに思い至って愕然とした。人と人はいつかきっとわかり合えると思っていたのに。またひとつ、大切なものを失った気がした。
もはや手ぶらでは寝れない。せめて彼女の人生哲学を聞いて今後の教訓にしたかった。その程度のわがままは許される筈だ。
「そう……。そうだね、たしかに反則じゃない」
「であろ」
「…………」
「…………」
「え?」
含蓄ある言葉を待っていた少年は、一向に続きを話さない少女にぎょっとして顔を上げる。
すると、彼女は首を傾げてこう言った。
「ん?」