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龍虎、まみえる

プリンが食べたい。


甘露への飽くなき執念で跳ね起きた自分に軽く絶望し、うつむき加減にひたいを押さえる。


「…………」


ときどき僕は、自分がひどく能天気な人間なのではないかと疑念を抱くことがある。例えば、いまがまさしくそうだ。


(プリンて)


好きなものは仕方ないとこれまでは考えていたが、事態は思ったより深刻なのかもしれない。


心の整理をつけて顔を上げると、閉めきったカーテンの隙間から差し込む夕日がまぶしい。

けっこう長い時間、寝てしまったようだ。

枕元に安置されている玉ねぎを見なかったことにして、僕はベッドの上で軽く伸びをする。


倦怠感は残っているが、熱は下がったようだ。


つきっきりで看病してくれたのか、ベッドの傍らで寝入っている少女に心の中で感謝の意を告げる。


白磁のような頬をそうっと撫でると、肌のきめ細やかさにどきりとする。


いまにも折れてしまいそうな細腕は頼りなく、やっぱり女の子なんだなと感じる。


これで、雪だるまじゃなければな、と僕は悔やんだ。


腕に見立てて突き刺された枯れ枝が、ぽとりと床に落ちた。


さしずめ代理マルマルといったところか。足(?)元に敷かれたたらいが確信犯的で腹立たしい。


底に溶けて溜まった雪水に指先を浸して、僕は独りごちた。


(まだそう遠くへは行ってないな……)


看病に飽きたのか何なのか知らないが、寝て起きたら部屋で雪だるまと二人きりだった病人の気持ちを、少しでもわかってくれたら嬉しい。


行ってくる、と代理マルマルの手を握り、その儚い命に敬意を表してから部屋を出る。


ふらつく身体に鞭打って階段を降りると、玄関で仁王立ちしている金髪のか細い背中が目に入った。


声を掛けようとして、思いとどまる。


(客か?)


ちょうど少女の陰になっていてよく見えないが、土間に誰か立っている。


全貌はようとして知れないが、マルマルと向かい合っている人物は細身の少年で、年の頃は十四、五といったところか、自分とそう変わりない。いかにも文化系という風体なのに、目付きがいやに鋭い少年だった。

よくよく見ると、僕と同じ中学の制服を着ている。顔に見覚えはないので、ひょっとしたら下級生かもしれない。


何やら張り詰めた雰囲気の中、最初に口を開いたのはマルマルだった。


「おまえがマキか」


ですよね。


腕を組んで僕の友人を見下ろしているマルマルの態度は硬く、その声には暖かみの欠片もなかった。


いつもお気楽な少女という印象だったが、意外と人見知りするのか。


「…………」


だがマキも負けていない。一拍を置いてから、低い声で問いを投げる。


「あんたは誰だ。ここで何をしている」


それは、まさに急所を突いた必殺の問い掛けだった。


居間のテーブルで非業の死を遂げたプリンの空容器を弔う暇さえ、僕には与えられないのか。


僕はごく自然な態度を装って、両者に歩み寄る。


「マキ、来てたのか」


ジャージ姿で軽く片手を上げる僕に、友人の片眉が怪訝そうに跳ねる。こちらの態度から、何かを察したらしい。


(ちっ、面倒なやつ。だが……)


布石は打ってある。あとは先手を取るだけだ。僕は決断し、マキを睨み付けているマルマルのとなりに並ぶ。


どうでもいいが、こいつらは初対面の人間と仲良くしようという気はないのか。


「ああ、言ってなかったな。彼女はマルマル。親戚の子だよ」


「親戚だって?」


マキには、僕の言うことを端から疑って掛かるようなところがある。鼻で笑い、続きを促してくる。


「具体的には?」


そこまでは考えていなかったが、ここで言い淀んではやつの思うつぼだ。僕は即答した。


「いとこだ」


「ふうん。おまえにいとこがいるとは知らなかった」


僕だって初耳だ。


とっさにマルマルに目配せすると、彼女はかすかに頷いた。


「血のつながりなど些細なことだ」


一瞬で窮地に立たされた僕は、開き直ることにした。顔面に貼り付けた迎合の笑顔をうっちゃり、吐き捨てるように言う。


「困ってる様子だったんでな。うちで匿ってる。ほら、正直に言ったぞ。これで満足か?」


傍らの少女の頭に手を乗せて、どうだと凄んでやると、マキはちらりとマルマルを一瞥し、


「どう見ても日本人じゃないな、いや顔かたちはそうでもないが……」


「それは、わたしの鼻が低いと言っているのか」


そこまでは言っていないだろうに。気にしていたのか。

間髪入れず噛み付いたマルマルを、マキがわずらわしそうに見る。


「事実を言ったまでだ。いちいち反応するな、うっとおしい」


「マキ」


「気に障ったなら謝る。すまなかったな」


彼は、音速で手のひらを返した。素直じゃないんだ、とフォローしてあげる僕は、なんて友人思いなんだろう。


「性根が腐ってるんだ。許してやってくれ」


「おい」


ええい、腕を掴むな。うっとおしい。


マルマルは、僕とマキの間で視線を何度か往復させてから、桜色の唇を引き結んでふいと目線を逸らした。

へそを曲げてしまった少女の機嫌を直してやるべく奮闘する僕に、マキはこめかみに手をやって処置なしとかぶりを振る。


「おまえというやつは……。いつか、こうなるんじゃないかと思ってたんだよ」


あとで覚えていろ。

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