マルマル、宇宙を駆ける
おれ「見付けたぜ、子猫ちゃん」
マル「わたくしにひれ伏しなさい!」
譲れないものがある。
護るべきものがある。
背負ったものは重すぎて、過去を振り切れるほど薄情にはなれないから、未来に手を伸ばしても届かない。
未練だ。人は臆病だから、手を取り合って笑うことも出来ない。
そんなことは、とうに分かりきっているのに。
早い話が、マルマルと対戦格闘ゲームをして遊んでいる。
幼少のみぎり、たまには子供らしい遊びをしなさいと父が買ってきた一世代前(二世代前?)のゲーム機を、マルマルが押し入れの中から(どういう経緯で?)引っ張り出してきたのである。
僕の部屋にはそもそもテレビがないため、居間のソファーに肩を並べて腰掛けて、このくそ忙しいときに来るべき恒星間戦争へと備えている。
学生の息子が仮想世界にうつつを抜かしているというのに、その両親は微笑ましく見守るばかりだ。
「あら、また負けたわ」
「今のは惜しかったな。詰めが甘い」
連敗記録を更新しているいまほど、教科書を恋しく思ったことはない。
破竹の勢いで連勝を重ねるマルマルが、となりできゃっきゃと嬉しそうにはしゃいでいる。
実は受験生でしてとは、とても言い出せない雰囲気だ。
しかしこの女、強いな。僕は感心した。二次元の世界にさして関心を持たない僕だが、この手のゲームは初見である程度の操作をこなせる。
ところが、彼女はあっさりとそれに追随してくる。
まず反応速度が尋常ではない。弱パンチを目で追いカウンターを取るなど、ほとんど人類の限界値に達している気がする。こんなところでくすぶっているには惜しい人材だ。
フレアスカートから覗く膝小僧がまぶしい。コンボを応酬するたびにソファーの上でゆさゆさと身体をゆするものだから、そのつどチュニックの下に着込んだキャミソールの肩ひもがずり落ちそうになる。
それを直してやっている間に超必殺技を叩き込まれたのは、誤算だったと言う他ない。
二度目の完全勝利を収めた少女が、ふふんと鼻で笑う。
「みっちゃんの動きは完全に見切った」
「言ってくれるぜ。だが、これで勝敗は五分と五分……」
僕は、静かに瞑目して意識を切り替えた。心のギアをひとつ落として、集中力を浅く広く保つ。
「きみは誇ってもいい。おれをここまで追い詰めたのは、マキ以来だ」
もっとも、やつ以外とゲームで遊んだ記憶はないのだが。
称賛の言葉を贈る僕に、マルマルがちょこんと小首を傾げる。
「マキというのは、みっちゃんの友達か?」
「ん? どうかな」
当人がいないところで改めて訊かれると、答えに窮するものがある。
ひょっとしたら、いまこうしている間にも友情は終わっているかもしれない。
あの男の人生は常にクライマックスなので、今頃は政府の陰謀に巻き込まれて銃弾の雨を掻い潜っていてもおかしくはない。そして彼は、黒服のエージェントにこう言われるのだ。
『そろそろ観念したらどうだ。おまえの友人は、先に逝って待ってるぞ』
なんと僕が死んだことになっている。
そこで「嘘だ!」とでも反駁してくれればいいのだが、リボルバーの残弾を冷静に数えながら「それがどうした?」と切り返しやがった場合、死地から生還した彼と今までと同じように接する自信はない。
友情に永遠はなく、しかし脆く儚いから尊いのではないか。
僕が自説を披露している間、マルマルは「ふむふむ」としきりに相づちを打った。
「学校は楽しいか?」
「ええ、まあ」
なんだこれ、父と子の会話?
本家父は、マキくんの話題になぜか敏感だ。かすかに握りしめられた拳が向かう先は、いったいどこなのか。
(やつは、可愛げがないからな)
性格の問題だろう。同情はする。が、己の身から出たさびだ、加勢はしない。
不思議そうな顔をしている少女に、父さんはマキが苦手みたいだ、と耳打ちする。
くすぐったそうに身をよじったマルマルが、さも知ったような口を利く。
「うちにはいらない子というわけか」
うちというのは、いわゆるみっちゃんが生まれ育った我が家のことなのでしょうか。
何気なく家族の一員へと昇格を果たしている少女に、僕は戦慄を禁じえない。