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月には猫が住んでいる

彼女を誤解していたのかもしれない。


放課後、駅前に寄った帰りである。部活動を休ませてもらい帰途についた僕は、同居人の評価を上方修正していた。


結局、少女が学校に姿を現すことはなかった。


まあ、考えてみれば、そもそも家出少女が人前に出ること自体、おかしいのだ。なんのメリットがあるというのか。


だが、理屈ではない。いま、僕は感謝の気持ちで一杯だった。この気持ちを明文化するなら、


(誠意を見せてもらった)


という一言に尽きる。つまり裏を返せば、彼女を欠片も信用していなかったということだ。情けない。これからしばらく共同生活を営むのだ、いくら窓から不法侵入してきたとはいえ、いや無理だ、その前提から入ると論理が破綻する。


とにかく、彼女は約束を守ってくれた。むしろ破る方がどうかしているのだ、疑って掛かってしまったことを申し訳なく思う。包みの中のたい焼き三つは、その非礼を詫びたものだ。食べ物で釣るようで悪いが、精一杯の気持ちである。


家についたら、まず彼女に謝ろう。そう心に決めると、自然と歩調が早まった。


「…………」


べつに、野良猫たちに囲まれて路上で倒れ伏している少女を見なかったことにしようとした訳ではない。


なにしろ、僕の中でバージョンアップを遂げたマルマルさんと、自宅と学校を結ぶ線上で力尽きている少女の間には、悲しいまでの隔たりがあるように感じられる。


少女の生存を確認するように、トラ縞の猫が彼女の頭を前足で小突いている。


足早に通り過ぎようとする僕を、猫の国の住人が目ざとく追いすがる。素早く立ち上がるやいなや、僕の腕をがっしりと掴んだ。肉球がついていなかったことだけは確かだ。


認めよう。僕は真実を知るのが怖かったのだ。彼女は、紛れもなく残念な同居人である。


「みっちゃぁん」


涙目ですり寄ってくるマルマル。性懲りもなく小学生時代のあだ名で呼ばれて、まず謝る気が失せた。


無言で猫たちと見詰め合っている僕に、彼女はこの愛玩動物らがいかに凶悪な生命体であり、また狡猾な存在であるかを涙ながらに訴えた。


要約すると、猫と喧嘩して負けたらしい。


行儀良く座る襲撃者たち(にゃあと鳴く)は、しれっとしている。懐かれたという様子はないから、きっと暇つぶしの一環なのだろう。


毛繕いをはじめた猫たちを指差して、不倶戴天の間柄を強調する少女というのは、第三者から見たらどうなんだろう。たぶん僕と同じ気持ちなのではないか。


住宅地だったのがせめてもの救いだ。道幅が狭く十字路が連続する造りになっているため、人通りが少ない。おかげで他人の振りをして立ち去らずに済んだ。


「こいつらには擬態が通用しない。わたしとともに戦ってくれ、みっちゃん」


「そうか」


 都合五度目となる相づちを打って、僕はたい焼きをかじる。僕の精一杯の気持ちは、クリーム味がした。


 猫たちが物欲しそうな顔をしていたので、ひとつ分けてあげる。とくべつ猫好きという訳ではないが、不思議といまは優しい気持ちになれた。


 猫と同じ顔をしている少女に、僕は言う。


「さて、申し開きがあるなら聞こうか」





 例えばだ。翌朝の新聞の見開きに、一面で「月には猫が住んでいる」と報じられたとする。


 信じる、信じないは個人の自由だろう。そうだったのかと感心する人がいれば、一笑に付す人もいるだろう。中には、だったら自分で行って確かめてやる、という人もいるかもしれない。


 そうして、ふと月を見上げれば、そこでは兎がぺったんぺったんと餅をついているわけで。


 それを踏まえた上で聞いて欲しい。


 僕の家には、自称宇宙人のお姫さまが住んでいる。


 人間の姿をしていて、流暢な日本語を操る少女だ。実家に勘当されて、行くあてがないらしい。


 いまは、僕のとなりで駅前のたい焼きを幸せそうに頬張っている。


 ところで僕、受験生なんですよね。


 今日も課題を忘れて、というより課題の存在そのものを忘れて散々でした。


 のんきにお月見してる場合じゃありません。


「マルマルさん、宇宙の超科学とやらで何とかなりませんか」


「もぐもぐ、それは人間を辞めろとしか」

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