マルマル、出陣
少年の様子がおかしい。
給食を食べ終え、昼休み。食後の教室でまどろむ委員長は、机に片ひじをついて携帯電話をぼんやりと眺めるミスタージェントルを発見する。
いつもならこの時間、図書室で尋常ならざるタイトルを貸し出しカードに刻んでいる筈の彼の身に、いったい何があったのか。
不気味に思ったクラス代表者は、その使命感ゆえに、あるいは副委員長に強制されて、少年に声を掛けるのだった。
「そんなにたそがれてどうしたのみっちー」
いささか棒読みくさくなってしまったが、ありもしない熱意は伝わった筈だ。
すると少年は、待ってましたとばかりに高速レスポンスを返した。
「例えばだな委員長」
「ああ、ごめん、言いたくないならいいんだ」
人には誰しも触れられたくないことの一つや二つはある。
力及ばず引き返そうとするクラスご意見箱を、少年は無理に引き留めようとは思わなかった。彼もきっと忙しいのだろう。
「みっちー、その目はやめて。それ、人間に向けていいたぐいの視線じゃないからね?」
しかし彼は結局、困っているクラスメイトを見捨てることができなかったようだ。不承ぶしょう、席につく。
それを見届けてから少年はひとつ頷き、繰り返し言う。
「例えばだ」
「うん、なに?見知らぬ美少女を命懸けで救ったんなら結婚すればいいよ」
現実にはありえないことを口にする委員長を、少年は無視して続ける。
「おれは、おまえらと話すぶんには二十分でも三十分でも喋り続ける自信がある」
「みっちーの全開トークに、おれは耐えきれる自信がないなぁ……」
「マキくんを見習え。彼なら、どんなにへこたれても次の瞬間には立ち上がるぞ」
マキというのは、少年の友人である。この際、親友に格上げしてもいい。
友人と言う割には、顔を合わせれば口喧嘩ばかりしている二人の関係が、委員長にはよくわからない。
「マッキーは、どうなんだろ、みっちーのことライバル視してるっていうか、なんなの?」
「それは、おれが訊きたい」
そういえば、と少年は周囲を見渡す。いつもなら何のかんのと難癖をつけてくるやつの姿が見当たらない。
「あれ、マキは?」
親友が悩んでいるというのに、やつは何をやっているのか。彼との友情を疑う少年に、委員長が淡々と言う。
「卒アル部隊に引きずられて行った」
卒業アルバム制作委員会のことだ。来春に卒業を控え、今頃はアルバムに載せる写真の添削に入っている筈だ。
「なに、あいつそんなことやってるの?」
たしか文化祭の実行委員もやってなかったか?
つくづくイベント事が好きな男である。
「いや、推薦したのみっちーでしょ」
「え?」
そうだったろうか。どうでも良すぎて記憶にない。
「そうだよ。タイムセールに間に合わないとかで、もういいからおまえやれよ的な」
見くびらないで欲しい。そんな理由で友人を売るものか。
きっと卵が安かったのだろう。それなら納得も行く。
少年は頷き、もっともらしい理由をでっちあげることにした。
「ああ、うん。せっかくみんなで何かするなら、思い出に残ることがいいと思ってさ。あいつ頭いいし、企画力っていうの? そういうのおれにないから。うらやましいんだよね」
「それ、推薦したときも言ってた。マッキーも、そこまで言うなら仕方ないなって」
まったく記憶にないが、二秒でひねり出した推薦動機が過去と一致したというなら、それはきっと真実なのだろう、と少年は思った。
しかし委員長の考えは異なるようだった。
「その次の日、おまえがついてこなかったせいで卵が1パックしか買えなかったって怒ってた」
ああ、その記憶はある。
先着順で、おひとり限定の大特価だった。
やつは、いつも肝心なときにいないから困る。
しかし、その話を総合すると……
「委員長は記憶力がいいな」
日々を生きるので精一杯な自分にはない武器だ。
少年の家には、昨日から同居をはじめた少女がいる。
放っておくと色々とまずいことになりそうな少女である。
(焦っても仕方ない。わかってはいるんだけど)
いったん意識してしまうと、彼女と何を話していいのかわからなくなってしまった。
事の重要性は理解しているつもりなのだが……。
少年は、ため息をついた。
なるようになれだ。
※諸事情により、現在マルマルは留守にしております。