マルマル、人類の可能性を追求する
昨日のメールはなんだ、何を企んでいる、と詰め寄ってくる友人を軽く言葉責めしながら、HRの時間を迎える少年。遅刻すれすれに登校してくる委員長への視線も冷ややかに、朝から下らないことで興奮している友人を追い払う。
チャイムが鳴ると同時に教室に入ってきた担任教師は、若く美しい。二十代半ばにして学年主任を任される才女だ。もしくは他の教員に能力的な不安があるのか。少年は、愛校心ゆえに前者だと信じたかった。
委員長の号令で一斉に起立し、挨拶する。
「おはよう」
平川静乃は、眼鏡のつるを押し上げながら、本日の連絡事項を口にする。
「最近、アンケートを装い生徒に声を掛ける不審人物が近隣に出没しています」
世の中は、暇人であふれている。しょうもない輩がいたものだ。呆れながらも少年は、担任教師の凛とした声に耳を傾ける。
「特徴は金髪の……」
ところで話は変わるが、今日の給食は何だろうか。少年は、昼食のメニューに思いを馳せる。
「くれぐれも注意するように」
そう言って静乃は結んだ。そうして、前から三列目の席に座る男子生徒を注視する。
「とくに……」
「先生。相手が女の子だからって油断しちゃ駄目ですよね」
少年は、彼自身の名誉を守るために挙手して代言した。
静乃は頷き、同意を示した。
「そう、わかっているならいいんです」
もちろん、わかっている。少年は実直に肯く。女子に甘いなど、そんなものは根も葉もない噂に過ぎない。自分は男女平等を是とする人間だ。
教師との遣り取りがおかしかったのか、となりの席の女子に肩をつつかれて、少年は照れ笑いをする。
自覚はないのかもしれないが、男子に対しては絶対に見せない表情だった。
慈しむような目で女子生徒の笑顔を見ている少年に、静乃は冷然と告げる。
「いえ、わかってないわね。教えてあげるから、あとで職員室にいらっしゃい」
心配してくれるのはありがたいが……。少年は、担任教師の申し出を固辞した。知らない人について行くことは正しいかどうか、幼稚園の頃に正解を暗記していたからだ。
普段は厳しく、怜悧な美貌が、不審げに少年を見下ろす。彼女の短所をひとつ挙げるとしたら、それは自分の教え子を信じ切れないことだった。そして、それは正しい。
だが、残念ながら手遅れだった。
擬態は無敵の能力だ。
例えば、大抵の精神優位種がそうであるように、ペンタモールは肉体が「本質でないからこそ」完全にコントロールできる。
それは、人間が「心」の存在を説き、執念すら感じさせる執拗さで「法」を整備し「国」を発展させてきたことと似ている。
そして、肉体を完ぺきに制御できるということは、その潜在能力を余すことなく引き出せるということだ。
わたしは、一張羅のワンピースをばさっと広げて、その場で優雅にくるりと回った。
「すごいわ、マルマルちゃん!」
奥方が、興奮を隠しきれない様子で称賛してくる。
ふふふ。パジャマ姿から一転してワンピースを身にまとったわたしは、腰まで伸びる自慢の髪を指先で払う。
これぞ、人間に秘められた潜在能力、「早着替え」である!
「おお……」
わたしは、感動に打ち震えた。
テレキネシスやサイコメトラーを筆頭に、タイムトラベラー、ラプラス、ワールドポーターなど様々な能力を見てきたが、これほどまでに実生活に即した能力は珍しい。
(人間もそう捨てたものではないな)
彼らの可能性に賭けてみるのもいいかもしれない。
新たな時代の到来を予感して、わたしは強く思うのだった。