マルマル、少年の願いを受諾する
どうやら自分は、自ら思うほど女子に免疫がある人間ではないらしい。
詰襟の制服に袖を通しながら、己を見詰め直す少年であった。
昨夜、少女の急接近を不覚にも許してしまった以後の記憶が、少し曖昧になっている。
覚えていない訳ではなかったが、どこか熱に浮かされたような高揚感があった。
だからだろうか。朝方、ベッドを占領する金髪という現実を再確認した際も、まったく動悸が乱れなかったと言えば嘘になる。
いくら同情する余地があったとはいえ、同年代の異性と同じ部屋で寝起きするなど、普段の自分ならありえない。
つまり、それだけ心が乱されていたということだ。
その直後に少女が目を覚ましたので、つい狸寝入りしてしまったのは、迂闊としか言いようがない。初動の遅れが、プリンの犠牲を招いてしまった。無念だ。
いや、べつに中学三年にもなってプリンひとつで騒ぎ立てるのもどうかと思うのだが。好きなものはどうしようもない。
登校の支度を終え、居間に降りる。
カルガモのひなみたいにあとをついてきた少女が、素早く回り込んで「じゃん!」と新聞紙に挟まっていた広告を広げて見せてくる。
高級ブランドバッグに強く興味があるらしい。
少年は、腕時計を一瞥してから、鞄を担ぎ直して玄関へ向かう。
まだ時間的には余裕があるものの、十分ほど出発を遅らせたところで何を得るでもない。
はたと思いつき、振り返る。
「苦しゅうない」
「その件については、あとでじっくりと話し合おうな。そうじゃなくて」
説教は後回しだ。
少年は人差し指を立てて、彼女に要求する。
「絶対についてくるなよ」
ひとつ屋根の下で暮らす少女が、ひょんなことから学校についてきて、級友たちに「あれは誰」だの「どういう関係」だの問い詰められる、そんな展開など御免被る。
漫画などでは「お約束」なのだろうが、自分は違う。華麗にしのぎきってみせますとも。
すると少女は、小馬鹿にしたように鼻を鳴らし、
「学校だろう? 誰が好きこのんで行くものか」
何か嫌な思い出でもあるのだろうか。ちらりと思ったが、変に追求してやぶ蛇を突付くほど愚かではない。
「それならいいんだ」
少年は安堵し、両親に出立の旨を告げる。
自分たちの遣り取りを見ていた父の、妙に生暖かい視線が気になったものの、母の声に後押しされて家を出る。
ぺたぺたと裸足で玄関まで見送ってくれた少女に、「絶対だぞ」と念押しして、自宅をあとにするのだった。
わたしは、かぶりを振って深々とため息をついた。
「ああまで前フリされてはな……」
芸人魂がうずくというものである。みっちゃんも罪作りなことをする。
仕方ない。
追われる身としてはリスクを避けたかったが、仮にも契約者の言うことである。
期待には応えねばなるまい。
わたしは、庭に面したガラス戸の前に立ち、険しい表情で青空を仰いだ。
「何事もなければいいが……」