西暦2024年5月12日
まだ幼少期の時の夢を見た。
小島家は決して裕福ではなく、
父は単身赴任。母は看護婦。
アパートは4階建てでエレベーターなど無く、
でもその頃の俺はその階段を辛いと思った記憶はなかった。
覚えているのは、母の「よいしょー、よいしょっ!」と
階段を1段1段のぼりながら俺の手を引く母の声。
何故かわからないが歌も歌う。
それは夜のこと。「つーきのー、さばーくをー、はあるー、ばーるとー」
月の沙漠って曲だ。久々に見る、鮮明な夢だ。
俺が入ることに決まった保育園の近くに住もうと、板橋区から新宿区に
まだ乳児の頃に引っ越してきたらしい。物心つく頃にはそこに居た。
ほとんど母と二人暮らしで、父はNTTで働く男だった。
単身赴任で当時は小笠原諸島に交換機を設置しに行っていたそうだ。
これは大人になってから聞いた話。
母と二人で過ごすなか、夢で俺がカンチョー!っていたずらした時に、目線があって透かさず母から逃げようとするも、あっという間に台所の前で捕まって、力強いハグをされながら、ほっぺに「ぶーーっ!」っと音を立てたキスの刑を受ける。鮮明な、二人で大笑いした記憶が、その夢で蘇ってきた。
1か月に1度、3か月に1度の時もあった。
たまに帰ってくる父。大きな背中に大きなクジラと「WHALE」という弧を描いた文字がプリントされた黄色いTシャツを着る父。
いつもまともに飯を食わないくせに、父がいる時だけは食い意地を張った。
その態度で、毎日楽しいよ、お母さんと二人だけど元気にやってるよ、
そう、父に、伝えたかったのだと思う。
二三日で小笠原へ戻ってしまう別れ際の父の顔を見ているとき、俺はどんな顔をしていただろう。
決して笑顔ではなかったと思う。その顔で、「行かないで」と、言葉に出さず我慢した顔が出ていただろう。
父が小笠原へ戻る別れの、扉の「バタン」と閉まるその直後。
母が透かさずしゃがんで俺をまっすぐ見る。
「鉄平、寂しい?でもね、今からいいこと教えてあげる。そうしたら、きっとさみしくなくなるよ!寝る前に聞かせてあげる。」
「うん。」
「よし。とりあえず牛乳飲んで歯を磨いといで!もう自分で磨けるでしょ?」
「うん!」
「ちゃんと横で、磨けているか見といたげるから。」
そして昨日と違って一つの布団を敷いて、いつものように母と一緒にくっついて横になっている。
「さっきの話ね。寂しかったよね。パパ、忙しいからすぐお仕事に戻ってしまうけど、でもてっちゃんを嫌いになったわけじゃないの。てっちゃんに元気に生活してもらうため、私にも元気を与えるため、楽しく暮らしてもらうために必死に考えて、毎日一生懸命、パパは小笠原諸島っていう遠い南の島で働いてるんだよ。だから許してね。」
母の目を見ながら、うるんでいたであろう俺の目を合わせて、黙って頷いた。
「今回もあんなにせがんでヒーローの高いおもちゃ買ってもらったのに、まーだ拗ねてるの?」
「・・・だって、パパはいつもいないから、つまらない。」
「じゃあ、さっきの『寂しくなくなるいいこと』教えてあげるね。実はね・・・」
"さみしい"ではなくて、"つまらない"とちょっと強がった表現した俺の顔をみて、優しい顔をする母。
寂しくて父が去ったあと、ずっと胸がキュッとしていた俺の顔を何とか元気づけようとしていたのだろうか。コソコソ話をするような仕草で話を続ける。
「この世界は、丸いでしょ?ほら、あそこにある買ってもらった地球儀。何か月前だっけ、パパに買ってもらったよね。この世界は、お空で光る星たちと同じように、光り輝く星の一つで、地球っていう星なんだけど、丸いじゃん。うん。なぜか、丸い。」
「うん。丸い。」
母の体温のぬくもりを一層感じる。
「実はね・・・そんな星に住んでいるから、人間はみーーーんな、悪いことをしたら地球を一周して自分に返ってくるようになってるの。逆にね、良いことをしても、また地球を一周して自分に返ってくる。そういう自然界の掟になってるの。」
「えー。嘘だー!」
少し暑くて母から距離を取る。
「パパは、さっきてっちゃんに、とっても寂しい思いをさせたでしょ?今ね、パパも同じくらい寂しい思いをしてるはず。てっちゃんも寂しい顔をしたのを見て、パパに寂しい思いをさせた。てっちゃんの寂しい顔を見たからだよ。だから、パパに寂しい思いをさせたてっちゃんも、今寂しいの。これは、一瞬で地球を回って帰ってくることもあれば、何年も先になって帰ってきたり、、、実は死んで生まれ変わった後に返ってきたりするんだけどね。」
「死んだらおわりって、保育園でゆうじが言ってたよ。」
「そう思ってる人もいっぱいいるよ!この地球の仕組みを知ってる人は少ないから、内緒にしててね。あんまりこれを言うと、怒っちゃう人もいるから。」
「・・・うん。わかった。」
丁寧に、ゆっくりと、眠たくなるような優しいトーンで話を続ける。
「よし。だから、パパだけでなく、保育園のお友達、先生たちに優しく、楽しく、うれしくなってもらうように心がけていれば、きっと寂しいのも忘れて楽しいことばっかりの日々を送れる。これはママが保証する。どうやったら優しくなれるかというと、今てっちゃんは寂しい気持ちでしょ?そういう気持ちはお友達もなるし、私もなる。みんなこういう気持ちになるの。」
「たけのりくんが引っ越すことになっていなくなった時、先生の顔が寂しくなった」
「そうでしょ?それが分かっていたら、きっとてっちゃんはもっと優しくなれる。そうするとね、だんだん人の心が読めるようになってくるの。不思議だよね。他人の辛いことや悲しいことを知ると、他の人が考えていることが分かるようになってくる。世界は、そうできてる。」
「世界が・・・?」
「うん。ママも何故なのかわからないんだけど、本当に不思議。・・・あ、ついでに私もてっちゃんに幸せになってもらうように毎日仕事も料理もがんばってるんだぞ。お前は私の息子なんだから!」
暖かい胸の中で、安らかに眠りについて、あっという間に「トントントントン・・・」と音のする、明るい朝が来た。
1DKという小さなアパートだ。
母が眠りから覚めた姿は見たことがないかもしれない。
いつも目覚めると、朝ごはんの用意をしているか、ダイニングの、当時は大きく見えたテーブルには既にごはんがあるようだ。台所にある小さな窓から差す光の中でふり返る母。俺の顔を見るや否や、いつもの元気な笑顔の母が朝日と共に鮮明に、そしてまぶしい。
目をこすりつつ、母の元へよたよたと近づく。
「こっちは洗面所じゃないぞ~。口をくちゅくちゅしといで!それっ!ほらっ。あっ!そして今日こそは食べ残すなよ~~」
そうしてウインクしながら、おでこに拳で軽く、コツンとしてくる。
母の味噌汁は旨い時と不味い時の浮き沈みが激しい。
今日はジャガイモの味噌汁。好きな方の味噌汁。
焼き魚は大体シャケ。
まるで塩の塊のような、まあショッパイ、シャケ。東北の人が好むシャケだ。いつも母は、池袋の西武百貨店のデパ地下で買ってくるらしい。青森出身はどうかしていると思っていた。
「しょっぱい。」
「しょっぱく無いと食べた気しないじゃない。しょっぱいと、ごはんもたくさん食べたくなるでしょ?」
でも、しょっぱすぎて、慣れない。
俺は緑のお気に入りのロンTに袖を通して、冬の寒い時期なのに短パンをあっという間に履き、バッグを斜め掛けして玄関の外に飛び出す。母の仕事の準備を、玄関前で待つ。快晴だ。
「ばたん!ごめんね!おまたせ!」
元気な母の、ばっちり化粧顔。鍵を閉める母の後ろ姿。
外に出たときに何故か必ず見上げて見るお隣さんの木でできた『土井』の表札。
少しだけ暖かい太陽の光。晴天の空。しかしひりつく冷たい風。
あったかい、母の手。
母は朝、わけのわからない歌を、俺の手を引きながら口ずさむ。
「どーいさん、土-井さん、ドーイさんで~は~♪」
お隣さんの土井さんでは何が起きているのか。わけのわからない歌に、俺はなぜか爆笑する。
母も「ふふふ!」と笑う。
家の近くのゾウさん公園と呼ばれている象さんの滑り台のある小さな公園をぬけると、保育園があって、母は先生に俺を預ける。
「いつもありがとうございます。これ、連絡帳です。今日もよろしくお願いします。」
「はい。お仕事がんばってください。」
深々とお辞儀をする60くらいだろうか?やさしい園長先生。
「鉄平君、おはよう!今日もいっぱい遊ぼうね!」
怒こると怖い年長組担任の沢田先生。
俺はこの先生をオニババとしか思っていなかった。
でも今思い起こすと、いろんなことを教えてくれた優秀な先生だったとつくづく思う。
母だけでなく、彼女のお説教は、今の俺の人格の一部だ。
「今日も夕方の6時くらいには迎えに来るからね!まーた喧嘩するんじゃないよ!女の子いじめたら承知しないからな!わかった!?返事は!? ・・・よし。じゃあね!」
母は走って、職場の病院に向かう。
結構距離があるのに、俺が大変ではないように、職場は遠くても保育園の傍に引っ越してきた母と父。
母の後ろ姿を見ながら、手を振っていると、
「お前なにしてんの?」と声がした。
目を開けると、ロス平がいた。
脳の情報を共有するとロス平は笑った。
「いい夢、見たな。なつかしい。お母さんは割とこの世の真理を知ってたんだな。。。
人の気持ちが分かるようになる、それって六神通の『他心通』だよな。後に科学的に証明されるけど、仏典てすげーな。インドから中国に、中国から日本に伝来したわけだけど、この真実を紀元前から知っていたブッダは、やっぱり未来人だったんだろうなー」




