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第六話 お詫びの林檎のパイは気に入ってくれたらしい

 買い物を終えて森の家へと戻る頃にはもう日が暮れていた。ラルフは狩りの時間だと言って弓矢などを持って家を出て行ってしまう。


 帰ってきたばかりだというのにもういってしまうのかと驚いたものの、買ったものを食料棚へと仕舞っていく。ふと、林檎が袋に入っていることに気がついた。


(あ、買ったんだ)


 悩んでいたけれど結局、林檎を買っていたようだ。ごろりと袋の中で転がっているそれは真っ赤に熟れて仄かに甘い香りがした。


 勝手な行動をして迷惑をかけてしまったなとシェリルは今日のことを思い出す。親切心も考えものだと身に染みた。いくら渡したのだろうか、考えただけで申し訳なくなる。


 あの後、謝罪はしたのだが彼に「反省したのならもう気にするな」と言われてしまった。気にするなと言われてもしてしまうものだ。


 ただ、いつまでも気にしてラルフを困らせたくはないので、次からは気をつけようと身を引き締める。


(そういえば、お夕飯食べてないけど、大丈夫なのだろうか)


 ラルフは夕飯を食べずに狩りへと出かけてしまった。帰ってきたらそのまま寝てしまうようだったのでお腹をすかしていないかと少し心配だった。


 作っておくにしても冷めた料理は味気ないだろうし、疲れているだろうからあまり量の多いものは避けたい。


 シェリルはうーん考えながら暫く林檎を見つめて――そうだと指を鳴らす。林檎といくつかの材料を食料棚から取り出した。


          *


 朝焼けが眩しい。そんな早朝にラルフは帰ってきた。庭先で狩ったばかりの兎を血を抜いて始末をすると玄関を開ける。さっさと寝てしまおうと食卓を抜けようとして立ち止まった。テーブルに布が一枚被さっている。何だと見遣ればメモ書きが一つ置いてあった。


『いつも夜遅くまでお疲れ様です。もしよければ召し上がってください。冷めても美味しいと思います。それと、今日はすみませんでした』


 誰が書いたものなのかなどラルフはわかっている、この家にいるのは彼女だけなのだがら。昼間のことなら別に気にしていないのだがと思いながら布を捲ると甘い匂いがした。


 林檎のパイがそこにあった。冷めてはいるけれど美味しそうな匂いがしている。何処か懐かしいそれを暫く見つめてからラルフは置いてあったフォークを手に取った。


 林檎のパイを切り分けて、一つ、口に入れて咀嚼する。口に広がる林檎の香りと仄かな甘味はしつこくなくて食べやすかった。


 ふと、脳裏に記憶が過ぎる——―幼き日の母と食べたケーキの思い出。


『さぁ、お母さんの作ったパイよ』


 溢れる笑みを浮かべて切り分けてくれたケーキは林檎のパイだった。どうして思い出したのか。それはなんだか似ていたのだ、この味が。


「……うまい」


 ラルフは小さくそう呟くとまた一口頬張った。


          ***


 シェリルはなるべく早く起きるがラルフの帰ってきた姿をまだみたことはない。早朝にきっと帰ってきてくるのだろうと思っている。


 食卓の方へと向かえばテーブルに置いてあった林檎のパイが無くなっていた。それを見て料理場の方を見遣る。洗いの桶に皿がつけられていたので、どうやら彼はちゃんと食べてくれたようだ。


 お菓子作りを趣味にしていただけあり、腕には自信があったけれどちゃんと食べてくれるかは不安だった。余計なお世話だっただろうかと。


 それでも食べてくれたということは少なからず余計なことではなかったのだろう。ほっと胸を撫で下ろしてからシェリルは皿を洗った。


 それから彼女は軽い朝食を食べて外に出て馬の餌やりを始め、終われば掃除をする。毎日、馬が汚れぬように小屋を掃除して適度に藁を敷いてやる。その後、ブラッシングするというのが日課だ。


 馬の世話が終わる頃には昼近くになっているので先に洗濯をする。天気の良い日は昼前に干す方が乾くのも早い。桶に水を溜めて石鹸を泡立てる。ゴシゴシと汚れを落とすように洗いきつく絞る。洗濯物を干している頃にはラルフも起きてくるだろう。


 ぱんっと布を鳴らして絞り切ったそれを干していく。がさりと音がしたので振り向けば、予想通りにラルフがまだ眠そうにしながらやってきた。



「おはようございます」

「あぁ……」



 挨拶をすれば彼はそっけなく返してくれる。また洗濯物を干す作業に戻ると「おい」とラルフに呼ばれた。いつもなら黙って眺めているだけだというのに珍しいと、シェリルは気になったので振り返ってみた。



「何か?」

「お前が作ったのか、あれ」



 あれ。一瞬何のことかわからなかったが、すぐに林檎のパイのことだとわかった。



「えぇ、お菓子作りは趣味だったので……。お口に合いませんでしたか?」



 それとも勝手に材料を使ったことを咎められるだろうかと少し不安になりながら答えると、ラルフは頭を掻く。



「嫌いではない。好きな味だった」



 ラルフの言葉に咎められるわけではないようで安堵した。それにしてもまだ何か言いたげなのでどうしたのだろうかと首を傾げる。


 なんというかと言葉を探すように口を迷わせてからラルフは言った。



「お前がよければでいい。……また作ってくれ」



 何だそんなことかとシェリルは「構いませんよ」と微笑んだ。


 そんな笑みにラルフは目を少しだけ開かせて暫く固まるもすぐに「たまにでいい」とだけ言って家へと戻っていく。毎日、林檎のパイは流石に飽きるものなと彼の様子に気づくことなくシェリルは一人勝手に納得した。



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