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第四話 青年、ラルフの世話になることになった


 青年の名はラルフというらしい。道中、黙ったままでは気まずかったので話のきっかけにと聞いてみた。ただ、彼に「先にお前が名乗るのが普通ではないか」と、言われてしまったのだが。


 名前を明かすのは躊躇われた。けれど、偽名など思い浮かばず、かといってフルネームを明かすわけにもいかないのでシェリルとだけ名乗った。逃げ出しておいて偽名も考えないとは抜けていると自分でも思う。だが、名乗ってしまったのでもう後には戻れない。


 それを聞いて彼はラルフと教えてくれた。彼はこの森で猟師をしているのだという。森の奥で一人で暮らしているが、ただ親元から離れているだけらしい。そんな話を聞きながら歩いていれば拓けた場所へと出る。



「うわっ」



 シェリルの目に飛び込んできたのは立派な家だった。丸太をふんだんに使って作られたその家は外見的に一人では広すぎないだろうかと思わなくもない。家の脇には馬屋のような小屋が建っている。


 ラルフに誘われるがままに家へと入る。玄関を抜けて食卓に使っているだろう部屋のテーブルに案内されたのでシェリルは腰を下ろした。



「お前は人間だろう」

「そ、そうですけど」



 そう問われてシェリルはローブのフードを外した。ミルクティ色のカールされた長い髪が露わになる。その頭に獣の耳がないのを見てラルフは隣に座ると肩肘を立てた。



「この国で人間はいるにはいるが珍しい部類に入る」



 ラルフはこの国のことを話してくれた。人間は住んでいるがそれほど多くはない。圧倒的にウルフス族が多く、彼らが総ているこの国では人間は住みにくい土地らしい。


 人間が嫌われているわけではないのだが、だからといって平等かと言われると少なからずウルフス族の方が優遇されてしまうのだという。一部のウルフス族は人間を下に見ていることもあると。


 観光客として人間が訪れることもあるので、王都周辺ならば人間がいたとしても変ではないが一人でうろつくのはお勧めしないと言われた。観光地区を逸れると面倒なウルフス族に絡まれるのだという。


 なんでもウルフス族からしたら人間は幼く見えるらしい。そのせいか、人間というのは人気があるのだとか。その手の店でならすぐにでも雇わせてもらえるだろうということだった。



「その手、とは……」

「娼婦だが?」

「はぁっ!」



 シェリルは思わず声を上げる。そんな彼女にラルフは「手っ取り早いのがそれなだけで他にも働き口がないわけではない」とも言った。接客業ならば雇ってくれるだろうと。けれど、人間が客相手にするとベタベタと触られたりするのは覚悟するしかないとも言われた。


 何だそれはとシェリルは思った。人間はそんな扱いなのかと思っていれば、ラルフが身分提示ができない他国の人間がそんな感じなのだと教えてくれた。



「協定国なら両国で通用する身分証がある。提示できれば何も問題ない。王城で働くこともできるし、召使いとして雇われることもあるだろう。けれど、身分証を提示できない他国の人間を、訳も聞かずに雇ってくれるところというのが少ないと言っているだけだ」



 ラルフに「他の国だってそうだろう」と言われてシェリルは確かにと思う。身分提示もできない、国を出てきた訳も話せない。そんな何をしたかも分からない他国の人間を素直に雇ってくれるところなど、どんな国であろうとも少ないだろう。


 それに関しては人間など種族は関係ないのだ、扱いがそうなってしまっても文句は言えない。



「身分の提示ができない他国の人間は余程の根性がないとやっていけない。城下の町の酒場はある意味、無法地帯だからな」



 犯罪さえ犯さなければ騒ぐもよし、喧嘩をするのもよしな場所がほとんどである酒場で働くには余程の根性がないと二日は持たない。ラルフは「獣の血が混じっているのだから血の気は多い」と言う。



「お前が今すぐ住み込みで働ける場所など、娼婦か酒場の店員ぐらいだ」



 身も知らずの人間を訳も聞かずに雇ってくれる場所などその二択しかない。現実を突きつけるラルフの言葉にシェリルは自身の甘さを痛感した。選ぶならばフルムルではなかったのだ。


 あぁ、困った。何せ、シェリルは世間知らずにも程がある。自身は公爵家の娘としてのびのびと甘やかされて箱入り娘の如く育てられた身だ。何をどうして生きていくかなど知るはずもない。それでも国に戻ることはできなかった。


 少し考えて酒場の店員ならば自分にもできるのではないだろうかと考えた。根性があるかと問われると自信はない。けれど、身を売るよりかは耐えられると思った。


 触られるぐらいなんだ、罵倒されるぐらいなんだ。それぐらい覚悟しないで一人で生きていけるわけがない。そんなことを考えているシェリルにラルフは首を傾げる。



「帰ろうとは思わないのか?」

「帰りたくはありません」

「何故だ」

「それは、その、色々あるのですよ」



 そう濁らせればラルフは目を細めて少し考える素振りを見せてから、「まぁ、大丈夫か」と小さく呟いて一つ提案した。



「俺がお前を雇ってやろうか」

「え?」



 ラルフは「丁度、家政婦が一人欲しかったんだ」と言った。彼は狩りに出かけると日を跨ぐまで戻らないことが多い。その間の家のことを任せられる家政婦が欲しかったのだと。



「俺は近くの集落から魔物退治なんかも請け負っている。その依頼を俺がいない間に受けてくれる者というのはいると助かる。あと、この家は一人暮らしでは広くて手入れが行き届いていない。片付けなんかをやってくれる家政婦が丁度欲しかった」



 それなりの稼ぎもあるので問題はないという。給金も支払うし、身の補償はするという提案はシェリルには魅力的な話だった。ただ、家政婦の仕事をこなせば良いのだ。


 不安がないわけではない。相手は男なのだから、何かあった時は自身では敵わない。でも、それは酒場で働くのと変わらないのではないだろうか。どちらにもリスクがあるのならば、彼の誘いに乗るのも悪くはないはずだ。



「訳も聞かずにですか?」

「お前の国を出た訳など興味が無いからな。聞くことはしない」

「人間でもその……」


「問題はない。俺はお前に何もしないし、人間だろうと態度を変えたりはしない」



 人間だろうとウルフス族だろうと何も変わりはしない。ラルフは種族などさして気にしていないようだった。家政婦を断られても別に構わないようで、「嫌なら別にいい」と言っている。


 悪い人には見えず、かといって善い人かと言われると断言できない。人間を見捨てずに色々と教えてくれたけれど、嘘をついているかもしれない。不安がないわけではない、少し怖さだってある、あるけれど——



「……それならば、お願いします」



 シェリルは覚悟を決めた。仮に彼が約束を破ったとしてもそれは自身の無知さが招いただけのことだ。彼が嘘を言っているかもしれないけれど、今の自分に職を選んでいる時間もお金も無い。悩んでいる暇などなかった。




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