第25章
『久しぶりだな。今のミサイルは私からのほんのちょっとした挨拶状みたいなものだ。そろそろパーティを始めようじゃないか、コナー君』
「貴様……っ!!一体どういうつもりだ!?大統領のことは、必ず今日か明日中に例の手筈によって始末すると約束しておいたはずだっ」
『気が変わったのさ』と、<ジェネラル>は事もなげに言った。『どうせ、君は裏切ると最初からわかっていた。あの<大統領暗殺計画>の試案を見た時からな。そしたら案の定、オズモンドのスイートキャビンを後ろのほうに尾けてきただろ?おまえ、知ってるか?スイートキャビンってのはな、いつもはもっと前のほうに車輌をつけてんだよ。このクソがっ!旅が終わりに近づいた頃にでも後ろの車輌二輌くらいを切り離し、爆破して大統領を始末したと連絡してくるつもりでいたんだろう?そんなこったろうとこっちには最初からわかってたよ。まあ、目障りな貴様ら全員を始末するのにこれがちょうどいい機会となるだろう。それじゃあな』
「あ、おいっ……!!」
電話のほうは一方的に切れた。ギルバートもまた「クソっ!!」と叫ぶのと同時、思わず携帯を通路の壁の彫刻に投げつけてやりたくなる。だが、奇妙なことにギルバートはこの時、魂の底からメラメラと燃え上がってくる何かを感じていた。
向こうが一体いつ仕掛けてくるかもわからず、イライラと鬱憤の溜まっているような状態が長く続いているよりも、はっきりと答えの出た今のほうが、精神の健康にはよほどいい。
この時、ギルバートはにやりと不敵に笑うと、今後について最善と思われる計画を素早く立てた。トミーもディランもルークも、他のシークレットサービスの全員も――先ほどの<花火>を見て、何事が起きたのかはよくよく理解していたことだろう。そこでギルバートは、この異変によって車輌を一時停止させたであろう、運転士のいる先頭の車輌へと向かおうとした。
そこが今、十二輌の車輌中、もっとも危険な場所になっているとも知らずに……。
* * * * * * *
同日、15:22分。実は、豪華客車エルヴァシア号で最初に異変が起きたのは、5輌目のレストラン・カー前部にある調理室で、だった。
四人の調理師を束ねているシェフのダン・アレキサンダーは、その時客の注文の品であるイチジクのデザートや、ヒラメのムニエル、鯵のエスカベッシュ、ローストビーフなどの皿を出すと、コック帽を脱いでいた。
「あとのことは、よろしく頼む」
「シェフ、どうかしたのですか?」
「いや、ちょっとな。申し訳ないが、バリー、暫くの間はおまえが代わりにシェフを務めてくれ」
「は、はあ。それは構いませんが……」
豪華客車エルヴァシア号に務めて一年になるバリー・シュルツは、尊敬するシェフが席を外す姿を見て驚いたが、いつも彼のすることに間違いはない。そこで、「暫くの間なら」と思い、そのように答えていた。
元は、ユトレイシア市内にある有名なフランス料理店に長く勤め、その後は自ら店を出し、そこもとても繁盛していたのに、ダン・アレキサンダーは突然店を閉めると、二年ほど前からここ、豪華客車エルヴァシア号で働いていた。コック募集の広告に応募した時、ダンは鉄道会社の面接で、「ずっと列車で働くことが夢だったんです」と答えていたものだ。
高校卒業後は、ユトレイシア製菓調理専門学校へと進み、本場パリへも留学して学び、帰国後は一流フレンチの店でさらに修行、自らの店も持ち、そこも成功させている……鉄道会社の人事部としては、願ってもない人材だった。勤めはじめてからの勤務態度も非常に真面目で、人柄も温厚かつ、チームワークを大切にする人物で、周囲の人々の評価も高かったという。
だから、誰にもわからなかった。ギルバートたちでさえも、シェフやコックたちの経歴等を一応一通り調べはしたものの、彼らは全員極めて白に近い灰色――いや、オフホワイトといったように位置付けていたといっていい。
だが、彼は真っ白な調理服の懐に肉切り包丁を携えると、そのまま乗務員室を抜け、一輌目の操縦室へと向かった。運転士は二名おり、彼らが交代で列車の操縦室へは詰めている。この時、この二名の運手士のうちのひとり、ネッド・コーデルは乗務員室で休憩していたが、その脇をシェフのダンが通りすぎていっても、特にどうとも思わなかった。トイレか一時休憩、そのどちらかだろうというくらいにしか思わなかったのである。
ところが、ダンは操縦室へ入るなり、肉切り包丁で突然おもむろに運転士のトマス・ジョンソンの頚動脈を狙って突き刺し、彼を絶命させたのである。その後、列車を急停止させると、まずは外部との連絡を絶つために、あらかじめ用意しておいた絶縁ニッパーで電話線のケーブルを切った。
その後すぐ……周囲からユトランド共和国の陸軍の制服を着た男たちが七十名ほども現れ、エルヴァシア号を制圧しはじめたのである。
「ダン・アレキサンダー、御苦労だった」
「いえ……当然のことをしたまでです。すべては<ジェネラル>の御心のままに」
七十名の屈強の猛者たちが待ちかねていたように、操縦室のドアからドカドカと軍靴の音を響かせて入りこんでくる。その手にはアサルトライフルが握られ、腰には拳銃が、胸の懐にはサバイバルナイフをひそませて、彼らは次から次にエルヴァシア号内へと乗り込んで来た。
ここへやって来るまでに、山岳地帯に潜んでいた陸軍の一部を彼らは殺戮したが、そのくらいではまったく疲れてはおらず、これらイギリスのSAS、あるいはアメリカのネイビーシールズ並の訓練を受けている男たちは、まずは乗務員室で休んでいた運転士のネッド・コーデル、それに三名のスチュワードに容赦のない暴力を振るって殺した。二人いたスチュワーデスに対しては、まったく興味を示さず、幾度か鋭く打擲したのち、手足を特殊な拘束具によって縛り、口も塞いだ上、ベッドの上へ転がしておいた。
さらにその後、彼らはバー・カーで酒を飲んでいた乗客四人、それにバーテンダーの二十八歳の色男をなんの躊躇いもなく銃で撃ち殺し、異変を感じはじめたサロン・カーにいた乗客十二名のことも、ほとんど一撃でなんの迷いもなく仕留めていった。
バシュッ。
ドスッ。
ザクッ。
そのプロの手業は殺人に特化しているという意味では、まことに見事であったと言わねばなるまい。また、彼らは<殺人>ということについて、まったくなんの感情も抱いてはおらず、まるで紙を切るように皮膚を裂き、卓球の球かテニスボール、あるいは野球のボールでも打つ時のように銃弾を放っていた。まるで、これが<殺人>という名のスポーツか何かでもあるかのように。
こうして彼らはレストラン・カー前部の調理室までやって来ると、そこにいたコック四名のことは殺さず、レストラン・カーのほうへとライフルで追いやっていった。レストラン・カーで食事を楽しんでいた乗客たちは驚き、女性は悲鳴をあげ、紳士たちは「一体なんのつもりだねっ!?」、「君たちは何者だ?」といったように口々に叫んでいた。あるいは、「金ならあるぞっ。どうだ、それで取引しないか!?」と口走る実業家まであった。
ところが、むしろその言葉が仇になったのであろう。先頭にいたサングラスをかけ、黒い口ヒゲを生やした、どこかチェ・ゲバラ風に見える男が、金があり余っていると思しき中年男の胸ぐらを掴むと――AK47ライフルの銃床で彼の顔を殴った。そして容赦なく実業家の男の顔を血まみれにすると、彼を通路にドサリと投げ捨てたのである。
「こいつみたいになりたくないと思ったら、言うことを聞け!!」
ゲバラが渋みのある低い声でそう命じると、その場にいた乗客たちは即座に逃げだした。蜘蛛の子を散らすように、あるいは猫に追われるネズミのように、奥のシングル・カーのほうへと逃げていく。そしてこの時、客車内の異変に気づいたルークが、この列車乗っ取り班と交渉するため、パニックになった人々の間をかき分けて通路を前のほうへとやって来たのだった。
「あなたたちは、一体何が目的なのですか!?」
テロ犯とも命がけの交渉を幾度となく行ったことのあるルークは、この時も極めて冷静だった。もし彼らの目的が<大統領暗殺>であるならば、ここにいる人々を皆殺しにする必要はない。大統領の代理人がまずは交渉に立つ必要があるという、そうした話の筈である。
「どうやら、話のわかる人間が出てきたようだな」
ゲバラが、後ろの軍服姿の仲間に合図を送ると、彼らは一旦乗客たちを追うのをやめた。
「我々が求めるものは――テイラー・オズモンド大統領の命だ。彼の身柄をこちらへ引き渡していただけるのであれば、他の乗客には一切手出ししないと約束しよう」
「わかった。今、この列車には、大統領の他に彼の側近が三名乗車している。私はただの交渉人に過ぎない。一度、彼らと相談してもいいだろうか?」
「いいだろう、と言いたいところだが……」
ここで、一度停車していたエルヴァシア号が再び動き出した。
「こちらにも色々と手順があるものでね。大統領にはこう伝えてもらおうか。ティム・アレキサンダーのことで聞きたいことがあると。とにかく、そう伝えてもらえさえすれば、彼は必ず自ら進んでこちらへやって来るはずだ。そちらに与える時間は二十分。それを一分でも過ぎれば、ここにいる乗客をひとりずつ殺していく。わかったなっ!?」
「……了解しました」
ルークは腕時計で時間を確認すると(16:03)、後部車輌のほうへ引き上げていこうとした。だがその時、顔中を血まみれにして呻いている男の姿に気づき、最後にこうゲバラに頼むことにしたのである。
「こちらに一人、医師がいます。彼にこちらへ来てもらい、そちらの男性の手当てをしてもらいたいと思うのですが、構いませんか?」
「いいだろう」
ゲバラはにやりと笑ってそう言った。そしてルークは思った。(彼らはまるで血に飢えた獣そのものといった様子をしている)と……こんな場所へ大統領のことを連れてくることは絶対に出来ないとルークは考えていたにも関わらず、当の大統領はといえば、<ティム・アレキサンダー>の名前をだすなり、「わたしは必ずその話に応じなければならない」と、顔を蒼白にして言っていた。
「大統領、冷静にお考えになってください。彼らはテロリストです。どんな理由があるにせよ、そんな恐ろしい連中と直接話しあうだなんてとんでもありません。それこそ相手の思うつぼですよ」
秘書のジェニファーはそう言って強硬に反対した。彼女はオズモンドが政治家に転身した最初の頃から――つまり、政界においてオズモンドが海のものとも山のものになるともわからぬ頃から――秘書として彼のことを支えてきた。ゆえに、<ティム・アレキサンダー>という名前がテイラーにとってどういう意味を持っているかもよく知っていたのである。
「これは罠です。彼らはその名前を出しさえすれば、あなたが自分たちとの話しあいに応じるだろうと思い、そのように装っているだけです」
「そうですよ」と、ジェイムズ・ガーナ―も急いでジェニファーに加勢した。「みすみす彼らに殺されにいくようなものだ」
「いや、それでもだ」
オズモンドは苦しげな溜息を着いて言った。
「彼らは、私が自分の身柄を差し出しさえすれば、他の乗客には手出ししないと言っているのだろう?それならば、私はなおのこと彼らとの話しあいに応じなければならない」
「絶対に駄目ですよ」
ショーン・ラムズもまた、強い口調で止めに入る。そしてそれは、大統領の側近として当然の義務でもあった。だが、友のひとりとしても、何がどうでもテイラーのことを止めなければと思っていた。
「第一、あなたがここで死ねば、せっかく改革中の政策はどうなりますか?よくお考えください、大統領。いえ、私はシークレットサービスの全員にあなたのことを力ずくででも止めてもらいますよ。ジェイムズの言うとおり、みすみす殺されにいくようなものですからね」
「私が死んだら、今ちょうどしているように、副大統領のロバート・ローゼンが私の遺志を継いで大統領になればいいだけのことだよ。それより、もたもた考えているような時間はもうない。二十分したら私のかわりに誰かひとり殺すと言っているのだろう?それなら、やはり私はもう行かなくてはならない。レストラン・カーのあたりまで行くのに五分とかかるまいが、やはりそれでもな」
オズモンドは壁に嵌めこまれた銅製の時計にちらと目をやり、すでに時計の針が16:14分を指しているのを見て、ソファから慌しく立ち上がっていた。スイートキャビンにいたシークレットサービスたちも、この時は流石に大統領を止めようとした。だが、オズモンド当人に怪我をさせるわけにもいかず、最終的には彼の意志を尊重して、大統領が<死>そのものへと近づいていくのを許可せざるをえなかったのである。
「ジェイムズとジョシュア以外、誰もついてくるな。ジェイムズには怪我人の手当てをしてもらうが、私ではなく、ジェイムズを守ってもらうために、ジョシュアには一緒に来てもらう」
ジョシュア・ライリーは、今回のこの大統領の休暇旅行中、警護官のリーダーを務めており、テイラーがもっとも信任を置いている男でもある。彼はシグザウアーP229を脇のホルスターに収めている以外、特に武器らしきものは今、携帯していない。だがこの場合は丸腰でも同じことだろうとわかってもいた。また、常日頃から大統領のために命を落とす覚悟でいたものの……とうとうこの時が来たかと思うと、何故か恐怖よりも妙に感慨深い気持ちのほうが勝っているのが不思議だった。
「じゃあ、わたしも一緒に――」
ジェニファーが瞳に涙を溜めて、オズモンドに追い縋ろうとする。けれど、彼は優しく穏やかに微笑んで、彼女の手をそっと離していた。
「馬鹿なことを言うんじゃない。君ほど、政治家としての私のことも、また個人としての私のことも理解している人はいない。これから副大統領のロバート・ローゼンのことを支えてあげられるのは、君しかいないんだからね。よろしく頼むよ」
何分、時間がなかったため、ショーンとローランドに対しては、オズモンドは「君たちには何も言わなくてもわかっているね?」と、目だけで何かを伝えていた。それに対して、ローランドとショーンはただ、静かに頷いてみせる。
「それじゃ、あとのことは頼んだよ、みんな」
テイラーは最後にウィンクさえして見せていたが、ルークは他のみなと話しあったあと、三人のあとについて行くつもりでいた。レストラン・カーに顔を見せたその瞬間にズドン、ということは流石にないだろう。それならば、ここで一度態勢を立て直し、今後のことを先に、時間の許す限り話しあっておかなければならない。
そしてこの時、ルークは一度ギルバートと連絡を取ろうと思っていたのだが、タイミングよく彼のほうから電話がかかってきたというわけなのである。
あのあとギルバートは、列車内で何か異常なことが起きていると察知し、たまたま主が不在のシングル・カーの一つで外の様子を窺っていた。USISの技術開発部が作った特殊な集音器をレストラン・カー側の壁にあて、向こうの会話にずっと聞き耳を立てていたのである。
『ルーク、大体のところ話のほうは聞いていた。それで、大統領は!?』
「今、彼らのほうへガーナー氏とジョシュアが一緒に向かいました。秘書のジェニーや補佐官のローランドとラムズが止めましたが、二十分後にひとりずつ殺すと言われていましたから、それで……」
『そうか。あのあと彼らの話をさらに聞いていたんだが……』ギルバートは外に音が洩れているかもしれないと思い、小声で話を続けた。『彼らの中に、いじめのリンチで死んだティム・アレキサンダーの兄貴がいるんだ。おそらくは、名前からいってシェフのダン・アレキサンダーの弟ではないかと思う。迂闊だった。流石にそこまでのことは俺にも思いつけなかったから……』
「本部長、これからどうなさいます?」
『決まってるさ。こちらにはSR16自動小銃や閃光手榴弾、さらにはグレネードランチャーに至るまで、武器なら色々あるからな。どうにかうまくやって返り討ちにしてやる』
ギルバートがこう言った時点で、ルークは一筋の希望の光が胸に差してくるのを感じた。彼の意気揚々とした声音から、間違いなく何か<勝算>があるのだとわかっていたからだ。
『そちらにいるシークレットサービス警護官たちを集めて全員に武器を持たせろ。それで、窓から屋根に上がって、大統領を救出しに向かえ。俺もこれから屋根のほうへ上がる。ただ、時速四十キロほどとはいえ、屋根に上る時にはよく気をつけるようにみんなには言ってくれ。頼んだぞ』
「はい。わかりました、本部長……!!」
ツインルーム客車のほうにいたトミーとディランにも同じように連絡し、ギルバートもまた二階の寝室用の窓のほうから外へ出た。すでに十二月ということもあって、外は風が冷たい。しかも、すでに陽も傾いてきている。
だが、なんとも頼もしいことには、ギルバートが列車の屋根に上った時点で、後方の車輌のほうからは黒服の男たちの姿が何人も見えていたことだろうか。
ギルバートもまた少しずつ後ろのほうへ向かい、彼らと合流した。シークレットサービス警護官の数は、全部で三十五人。四人はジェニーとラムズとローランドを警護するためにスイート・キャビンのほうへ残っている。
「あなたは後ろのほうにいてください」
ジョシュアの副官であるアーロン・アダムスがそう言った。身長、二メートル九センチもある筋骨隆々とした男で、短く刈り上げた黒い髪に、茶色の瞳をしたトルコ人とアルメニア人のハーフだった。
「それに、ランドン氏や他のあなたのお仲間も。これは我々のプロフェッショナルとしての仕事ですから」
だが、次の瞬間――遥か向こう、乗務員室のあたりから、窓を上がってくる軍服姿の男たちの姿が見えた。黒服の男たちのうち、先頭にいたデニス・ロードが少し小走りになって先へ向かい、最初の一人、二人と自動小銃によって撃ち落としていく。「うわっ!」、「一体なんだ!?」という声とともに、迷彩服の男が豪華客車の濃紺の車体から次々振り落とされていった。だが、彼らはまだ死んだというわけではない。砂利と薄い緑の地面へ落ちてなお、こちらに銃を向けてこようとしたため、他の黒服の男たちがSR小銃によって容赦なく留めを刺すということになる。
こうして六人ほどの男たちが列車から落ちた上、自動小銃や拳銃の銃弾によって死ぬか、その場に足止めされるということになった。六人のうちふたりほど息のある者がいたが、彼らも被弾しており、流石に追いかけてくるということまではない。
エルヴァシア号の操縦室には今、列車の操縦に詳しい部下ひとりと、それに<ジェネラル>がいた。ジェネラルにとっては、正直なところを言ってダン・アレキサンダーとテイラー・オズモンドの教育談義などはどうでも良いことであった。それよりも、彼らが話しあっている間に後部車輌にいるシークレットサービス警護官を全員始末することのほうがより重要であったのだ。
ところが、不甲斐ない部下がひとり、またひとりと列車から落下していくのを見て、ジェネラルもようやく「何かあったらしい」と異変に気づいたのである。
「一体どうした!?」
「ジェ、ジェネラル。そ、それが……」
部下の一人に声をかける間も、またひとり部下が銃弾に倒れ、列車から地べたへと振り落とされた様子が窓から見える。
「おい、おまえら。作戦変更だ!列車の屋根の上へは上がるな!!」
それからジェネラルは眼鏡をかけた二十代の若い部下に、「速度を上げろ!黒服の連中がどうやら上にいるらしい。振り落とせ!!」と命じた。
「はっ!わかりました、ジェネラル」
自分の上司にすっかり心酔している彼は、すぐにレバーを操作して四十キロほどで走っていた列車を八十キロほどまで一気に加速させていった。
「おい、こちらも撤退するぞ!!」
ギルバートは敵方の目的を察知するなり、速度が上がりはじめた時点ですぐにスイート・キャビンの二階の寝室のほうへ引き返した。シークレットサービス警護官たちもそれに習ったが、それでも三人、黒服の男たちもまた風に煽られ列車から振り落とされていたのである。
「怪我はしたかもしれませんが、死んではいないでしょうから、彼らのことは心配するには及びません」
アダムズはそう言い、列車の外へ落下した部下たちのことは考えないよう、残りの人員の心をひとつにまとめあげていた。あとは、USISのギルバート・コナーという切れ者だという噂の男の指示通りに自分たちは動けばいいと、彼らはそう思っていたのである。
「ルーク、敵の人員は何名くらいなんだ?」
ギルバートが聞くと、ルークが首を振る。
「正直、わかりません。レストラン・カーのほうにいたのは約十名ほどでしたが、後ろのほうにもまだ仲間がいる気配を感じましたし、最低、こちらのシークレットサービスと同じくらいは人員がいるものと思われますが」
「そうだよな。あいつらは肩からライフルをかけていたから、戦力的にも同程度かそれ以上といったところだろうな。さて、どうしたものか……」
「こういう場合は、やっぱまずは偵察だろ」
トミーがそう言い、ギルバートのスーツの胸元から集音器を引っ張りだそうとする。
「俺が行くよ。奴ら、レストラン・カーのあたりにいるんだろ?で、レストラン・カーに一番近いシングル・カーのところであいつらの会話が聞けるんなら、今向こうがどうなってるのかを知る必要がある。だろ?」
「じゃあ僕は、もう一度上から這っていって、敵方の様子を探ってこようと思う。何分このスピードだ。まさかそこを攻めてくるとは向こうも思ってないだろうからな」
「ディラン。それは流石に危険だ」
ギルバートが止めようとすると、アダムズがディランの肩に手をかけて言った。
「それは、私の部下にやらせましょう。かなり速度は出ていますが、どうにか這っていけないというわけでもない。危険には危険ですが、誰かがやらなくてはいけないことです」
すると、昔四年ほど海兵隊に籍を置いていた警護官のひとりが前に進みでた。
「自分がやります。先ほど、自分はかなり速度の上がった状態から最後に室内のほうへ戻りましたが、なんとか出来そうだと思いました。ただ、もう少し厚着だけさせていただければ、うまく任務を遂行できると思います」
「そうか。デニス、この件についてはおまえに頼んだぞ」
アダムズに力強く肩を叩かれると、デニス・ロードは思わず敬礼していた。もちろん、これ以上さらに速度が上がるか何かした場合は、自分も列車から振り落とされるだろう。それも、四十キロ程度の速度で落下した敵方の連中とは違って、重度の怪我をするか、あるいは命を落とす可能性もある。だが、このメンバーの中では、敏捷性の高い自分が一番適任であろうと彼は全体を見てそう結論づけていたのである。
みなが彼に「頑張れよ、デニス」とか「すべておまえにかかってるんだからな」、「この忌々しい豪華客車を下りたら、酒を一杯奢ってやるよ」……といったように励ましたり、あるいは軽口を叩いてデニスを送りだそうとする。
デニスは下着を二重に着たりと、体のどこからも風が入って来ないように靴下なども工夫して履き、最後にコートを襟元までしっかりと着合わせていた。そしてその格好で二階の寝室から出ていこうとする彼のことを、最後にジェニーが呼びとめる。
「ミスター・ロード。これをしていくといいわ」
ジェニーは自分のカシミアのマフラーをデニスの頭からほっかむりのようにして被せ、それをコートの胸元までたくしこんでいた。
「大統領の命はあなたにかかっているわ。でも、無理だと思ったらすぐ引き返してくるのよ」
そう言ってジェニーは最後、デニスの額に勝利のキスをして彼のことを送り出した。デニスは、これでもう何も怖いものはないというように勇気づけられると、軍手の上に毛糸の手袋をはめた手で、窓を開け、夕暮れの空が見える列車の上のほうへと上がっていく。
トミーはすでに集音器を片手にシングル・カーのほうへ向かっていた。あとは彼らがどのような情報をもたらしてくれるかといったところだが、悠長に事を構えている時間はないということも、ギルバートには痛いほどよくわかっていたのである。
>>続く。




