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第24章

 テイラー・オズモンド大統領のクリスマス休暇第一日目、豪華客車エルヴァシア号はユトレイシア駅を九時に出発し、予定通り11:57にレンティッカへ到着。レンティッカは陶器で有名な町であると同時に、ピザの釜でも有名だった。大統領やエルヴァシア号の他の乗客たちは、ピザ職人たちのパン生地を広げる技に見入ったあと、イタリア料理の名店で食事をしたのち……豪華客車は14:00ちょうどにレンティッカ駅を出発。その後、エルウァシア号は17:23にトルカート駅へ到着。この日はトルカート・ガーデンインホテルへ宿泊するということになった。


 その名のとおり、トルカート・ガーデンインホテルは庭の美しいホテルだった。今はすでに季節の分類としては<冬>であったが、整えられた芝生や生垣には常緑樹がたくさん配されており、エリカやラベンダースターマイン、ウィンターコスモスやブルーデイジーなど、花を咲かせているものも多く、12月の庭というのも、夏とは別の赴きによって人の心を惹きつけるところがあった。広い庭には、大理石の噴水や美術品のような彫像の他に、ガラス張りの温室まであって、植物好きの鑑賞者にとってはなかなかに見飽きない構造となっている。


 何より、庭にはクリスマスの電飾が細やかに施されていて、夜になるとそれが宿泊者にとっての、一番の目のご馳走として際立っていた。また、ホテルのロビーに飾られた樅の樹の飾りつけに至っては、まるでホテルスタッフが総力を上げて飾りつけたのではないかと感じるほど豪華だった(そしてそれはこれから泊まるどこのホテルでも同じ印象をギルバートは持っていたといえる)。


 トルカート・ガーデンインホテルは、田舎のなかなかに悪くない一流のホテルといった印象だったが、ホテルの職員たちも気さくでとても好感の持てる対応であり、誰もが心温まるおもてなしを受け、翌日の十時に出発するということになった(ホテルには十二時まで滞在できるが、多くの乗客たちは周囲を散策してから一時までにエルヴァシア号へ戻るのである)。


 翌日(12月18日)、大統領はホテルで朝食を取ったのち、トルカートの街を散策し、昼食もあらかじめ予定として組まれていたビストロで取ったのち、出発の三十分前(12:30)にはエルヴァシア号のほうへ乗り込んだ。シークレットサービスはギルバート含め四十一名いるわけだが、トルカート・ガーデンインホテルへは三十名ほどが警護のために大統領とともに移動し、残りの十名は車輌のほうに残っていた。


 今回は特別中に特別な事情があるということもあり、警護的な問題として、キャビンスイートや他の大統領の側近が使う部屋なども、彼らが掃除するということになっている。また、ギルバートとルークはオズモンド大統領、それと彼の側近らとまだ話しあうことが残っていたためホテルへ随行したわけだが、トミーとディランはSSの人員らと交代で車輌を見張るということになっていた。


 シークレットサービスは自分たちにまで疑いの目を向けられているのかと、そのことに不満を抱いていたようなのだが――ディランとトミーがトイレ掃除など、自ら率先して行う態度を見て、少しは彼らに対して見る目を変えてはいたようである。


「よう、トミー。きのうはよく眠れたか?」


 プラットホームのところで大きく伸びをしていたトミーと出会い、ギルバートはそんなふうに聞いた。きのうに引き続き今日も晴天であり、(このままこのお天道さんと同じく、何事もなければいいんだがなあ)などと、トミーはそんなことを思っていたところである。


「ああ。もう、ぐっすりこんのこんさ。寝台車のベッドの寝心地が最高調に良くってさあ。シークレットサービスのおっちゃんたちも、見た目はいかつい割に話してみると結構いい人たちだし……ま、俺たちは観光じゃなくて、今回は120%仕事だかんな。もし仮に薪のように硬いベッドで寒さに凍えながら横になるのだとしても、どうにか耐えたさ」


「ま、そんな任務に比べたら、少しはマシってことだよ」


 窓からギルバートとルークがやって来るのを見て、ディランもプラットフォームのほうに下りてきてそう言った。


「トルカート・ガーデンインホテル、すごくいいところだったよな。ギルバートとルークはぐっすり眠れた?」


「俺はまあまあといったところかな」


「私もそんなところです」


 大統領はシークレットサービスらに囲まれつつ、また地元民やマスコミらに見送られながらすでに車輌のほうへ乗りこんでいる。ギルバートはトミーとディランにお土産として買ったピザをふたりに手渡すと、キャビンスイートのほうへ向かった。


「あれ?ルークもそっち行くの?」


 美味しそうなピザにぺろりと舌を出しつつ、トミーがそう聞く。


「ええ。昨晩のホテルの会合で、何故か大統領にいたく気に入られまして……」


「そっかあ。いいなー。ま、俺とディランは美人のスチュワーデスさんにコーヒーでも入れてもらって、この美味しそうなピザちゃんでも食べようかなっと」


「きのうどんなことを話したのか聞きたいけど……まあ、今ここでじゃあ無理だもんね。それと、ルークがどんな話をしてオズモンド大統領に気に入られたのかも知りたいから、あとで教えてくれると嬉しいな」


「まあ、そうしたことはこの一件が無事終われば――あとからいくらでも話せますよ」


「その時まで俺らが生きてたらっていう注釈付きではあるけどな」


 ――やがて13:00となり、エルヴァシア号は三十八名の乗客を乗せて出発した。この日、豪華客車はのどかな放牧地帯や田園地帯をゆっくり移動していったわけだが……こうした平原地帯に傭兵の一個師団を伏せておくといった可能性もあることから、こちらには列車からの景観を損ねない位置に昨夜から陸軍が戦車隊とともに待機していたのである。


 そのようなわけで、エルヴァシア号の乗客たちは気づくことはなかったが、平原は陸軍が押さえ、さらに上空からはそう派手な形ではないが、空軍がずっと攻撃ヘリコプターによって見張り続けていた。ギルバートはそうした軍部とも連絡を取りつつ、定期的に車輌内についても見て回っていた。


 ちなみに、一般客から怪しまれないために、ギルバートは二日目以降は普通の私服で行動していた。十二両のエルヴァシア号の車輌編成のほうは、大体次のような形である。


 一輌目―操縦室、二輌目―乗務員室、三輌目―バー・カー、四輌目―サロン・カー、五輌目―レストラン・カー、六~七輌目―シングル・ルーム客車、八~九輌目―ツイン・ルーム客車、十輌目―大統領側近の客車、十一輌目―大統領のスイート・キャビン、十二輌目―シークレットサービスの仮眠室(また、ここにはすでに銃火器類がベッド下のスペースなどに仕舞い込んである)。


 陸軍、空軍ともに昨夜から周辺に配備、偵察に入っており、その時から何か不審な動きが周囲に見られたこともなかったため、何か事件の起きる可能性は低いと、ギルバートもそう思ってはいたものの――それでも油断は大敵である。18:08にルキルナス駅へ到着するまで、彼は他の仲間とともにすべての車輌を繰り返し点検して回っていた。


 また、それまでは写真付きの経歴書でしか知らなかった二人の運転士、パーサーやスチュワーデスといった乗務員、コックや調理師やバーテンダーなど、ギルバートはあらためて一人ひとりチェックしていった。六~九輌にいる乗客たちについても、出来得る限り顔と名前を頭に入れ、身元が若干あやしいように感じられる人間とは、その人物がサロン・カー、あるいはバー・カーなどで酒を飲んだりしている時に、さり気なく近くで相手の様子を観察したりもした。


 何も知らない乗客たちは、実に和やかな雰囲気で寛いで過ごしていた。レストラン・カーで軽食を取る乗客たちの近くで、トミーとディランはなるべく情報収集に励もうとしたわけだが――まったく知らない者同士でも、食事や酒を通してみなすぐ親しくなっているようだった。彼らの話題はまず、大統領のこと、そして次に何故今回エルヴァシア号へ乗り込んだかということや、旅行の中で特に何が楽しみかといったことなどについて、よく語りあっていたようである。


「わたしたち、これが金婚式のお祝いなのよ」


「定年のお祝いに、子供たちがこの旅行をプレゼントしてくれたの」


「僕は電車マニアで、昔からずっと死ぬまでに一度はこの豪華客車に乗ってみたかったんだよ」


「エルヴァシア号へ乗るために、コツコツ貯金し続けてきたんだ。そしたら、なんの偶然からか、オズモンド大統領がお乗りになるっていうじゃないか。びっくりしたよ。こんなラッキーなことが人生にはあるんだなあ、なんて」


 ――こうした話を耳にするたびに、トミーとディランは胸が痛んだものだった。もちろん、この豪華客車エルヴァシア号は、もしかしたら何事もなく七日間の旅を終えて再びユトレイシア駅へ到着するという可能性もあることにはある。だが、ひとたび<何か>事件が起きた場合は……この豪華客車の旅の旅券を両親にプレゼントしたという息子や娘たちは死の後悔に苛まれるかもしれず、ずっとコツコツ貯金してきたという三十代くらいの青年は別のことにその金を使うべきだったと夢を打ち砕かれるかもしれない――何より、そんな自分をアンラッキーだったと感じる間もなく即死するかもしれないのだ。


 レストラン・カーやバー・カーなどで明るく陽気に歓談したり、あるいはサロン・カーで踊る人々の姿を見るたびに、ディランもトミーも何か罪悪感に近いものに胸を締めつけられる思いをしたものだった。もちろん、その際には自分たちも任務のために命を失うか、あるいは死んだほうがマシだというような重症を負うという可能性もある。だが、なんとしてもこれら無辜の人々を守り抜かなくてはと、その度に彼らは公務員としての決意を新たにするのだった。


 幸い、無事旅の二日目の旅程も守られ、エルヴァシア号はルキルナスへ予定通り18:08に到着した。もちろん、ルキアーナホテルへ着くまで、あるいは到着してからも気は抜けないとわかっている。<ジェネラル>が一体どこで動くのかはわからない。もしかしたらこちらの裏をかく形で、ホテル内や宿泊地の周辺を大統領が散策している時を狙われる可能性もあることから――いつでも注意を怠らないでおく必要があった。


 もちろんその点は、シークレットサービスというプロ中のプロがいるので安心して任せてはおけるのだが、ギルバートは五つ星ホテルとして有名なルキアーナホテルに滞在中も、瀟洒なホテル内にある施設を楽しむでもなく、とにかく三日目以降の旅程について、地図を前に繰り返し何度も考えこんでいた。


(明日……大統領は明日は、ルキルナスの聖ヨハネ幼稚園を訪問する。だが、流石の<ジェネラル>も、幼稚園児たちの目の前で大統領を暗殺するような真似はすまい。その後、風光明媚なルナール地方を見て回り……この一時間の間も、『大統領を確実に仕留める』といった観点に立った場合、向こうが何か大きく動くとは思えないな。そして四日目にはナヴァール陸軍仕官学校を視察か。陸軍士官学校生やその教官たちの中に<ジェネラル>の配下の者がいて、何か狂信的な理由を装い、大統領を暗殺しようとする――可能性として100%ないとも言えないのだろうが、やはり『確実性』といったことを考えた場合、<大統領暗殺>ではなく、<大統領暗殺未遂>で終わる可能性のほうが高い。となると……)


 四日目のナヴァール陸軍士官学校でよりも、五日目の空母レティシア号視察の時のほうが、より暗殺される可能性が高まるとギルバートたちが考えるのは、次のような理由による。陸軍の士官候補生となるべく、毎日厳しい訓練を受けているこれらの生徒、あるいは教官というのは、仮に現大統領であるオズモンドに対し、なんらかの個人的な恨み、あるいは政策等に対し不満があったにせよ、そもそも何か事を行なうようには思えない(何より、十代後半の生徒が多いこのナヴァール陸軍士官学校というのは、将来軍のエリートとなるべく、高い理想を胸に入学してくる生徒がほとんどである。また、教官の職というのもなかなかに体力を奪われる大変な仕事であり、彼らはこうした生徒の模範となるよう常に心がけているといった、自己に厳しい高潔な人格者が大半だった)。それよりも、二千名もの乗組員を抱えるレティシア号でのほうが――狭い艦内において、単調な作業を毎日行なっている精神状態から、なんらかの政治的信条、あるいは狂信的動機から大統領暗殺という大それた妄想を現実に移す人物がその中にひとりくらいいる可能性のほうが高い……といったように、ギルバートたちは予測を立てていたのである。


 そして、ここまでの間、仮に何も事件らしきものが起こらなかったにせよ、六日目の午後には、エルヴァシア号はエルヴァート鉄橋という、地上二百メートル以上の場所に位置する危険な線路を渡る予定なのである。だが、この全長三キロもの線路を無事に何ごともなく渡り切れたとすれば……ギルバートはテリス軍港から運びこむ予定である大統領の偽の遺体を、キャビンスイート爆破後、続くノヴァレスク森林地帯あたりに遺棄するというつもりでいる。


(なんにせよ、何事も起きず、すべてがうまくいってくれるのが一番だが……)


 残念ながら、そううまくはいかないだろうとギルバートは思っていた。そしてこうした種類の悪い予感というのはよく当たるものだ。そして最悪のシナリオのひとつとして、大統領暗殺の偽装がうまくいったとしても、キャサリンとキャリーは帰って来ないという可能性というのも、ないわけではない。


 ギルバートはそのことを考えないように、考えないようにしてきたが、無人航空機からミサイルが発射され、それを空軍が撃ち落とすことが出来ず、大統領を含めた乗客、乗務員のほとんどが死亡ということもありうると思うと――ギルバートは訳のわからない焦りを覚え、苦しみによって胸がどくりどくりと脈打つ音が、耳の裏から聞こえる気さえしたものだった。


 ギルバートはそうした焦燥感を抱えつつ、自分の計画にミスや穴がないかと幾度もチェックするのだったが、何度もそのことを繰り返しているうちに短い眠りへ落ちるという毎日を過ごしていた。



   *   *   *   *   *   *   *


 旅の三日目の12月19日。オズモンド大統領は9:30にルキアーナホテルを出て、10:00前には近郊の聖ヨハネ幼稚園へと到着した。園児たちや園長をはじめとする幼稚園のスタッフと交流を持ち、幼稚園で一緒に昼食を取ると、聖ヨハネ幼稚園をあとにした。この訪問の様子はテレビでも放映されていたが、実をいうとテイラーがこの幼稚園を訪問したことにはある理由があった。


 園長のベアトリス・シェーラーとオズモンドは幼馴染みであり、大学卒業後も暫くは会っていたが、そのうちお互いに教員として地方へ赴くということになり……自然、連絡のほうも取らないようになっていった。ところが、オズモンドがユトランド共和国大統領に立候補した時、彼女は心底驚くのと同時、彼を応援するために出来る限りのことをしてくれたのである。


 そのようなわけで、再び連絡を取りあうようになり、今回彼女の職場を訪問するという予定をオズモンドは組んだというわけである。ベアトリスとテイラーの間には恋愛感情があるというわけではなかったにせよ、テイラーは久しぶりに彼女と会えて嬉しかった。ベアトリスもまだ結婚しておらず、そのせいかどうかわからないが、テイラーはベアトリスと会うといつでも親密な感情を抱いた。彼女は昔と変わらず心が清らかなまま大人になったような女性で、一緒にいるといつでも心が癒されるのである。


 この日、エルヴァシア号は14:00に出発すると、15:14にエンディーガ瀑布と呼ばれるユトランド共和国で一番大きな滝のあるエレンデュア国立自然公園へと到着。そこを二時間ほど遊覧すると、17:20に再び出発。19:40、メレギア駅に到着し、エレンデュアホテルへ宿泊することに。


 こうして三日目も無事に終わったわけだが、ギルバートはこの夜からますます重いストレスに苦しめられはじめていた。何分、四日目にはナヴァール陸軍士官学校への視察がある。そしてその日の夕方から夜にかけてランディーガ海岸線を抜ける。その地点もまた陸・海・空軍がそれぞれ前日より張っているが、ギルバートは12月20日の夜、エルヴァシア号がランディーガ海岸線を走っている時に、そこから海のしぶきの中へ列車が落下していく夢を見ながら目が覚めていたものである。


 だが、ナヴァール陸軍士官学校でも、ランディーガ海岸線でも何も起きなかった。こうして豪華客車エルヴァシア号はユトレイシア駅を出て五日目を迎えるということになり――テリス軍港に停留している空母レティシア号をオズモンド大統領は視察した。甲板に並ぶ戦闘機を移動する訓練、また実際に戦闘機が発艦する姿などを見学し、その他、艦橋にあるフライトデッキコントロール室やメインブリッジを案内してもらい、その後巨大な格納庫において、海軍と空軍双方の乗務員らを励ます演説をした。それから乗組員らと食堂で昼食をともにし、海軍提督をはじめ、みなに敬礼とともに見送られながらテリス軍港をあとにするということになったのである。


 実をいうと、この旅行の直前に大統領を暗殺するという脅迫状が届いており、それはここ空母レティシア号も例外ではないということを、海軍の最高司令官には知らせてあった。そしてこのファイブスター(五つ星)の最高司令官から空母レティシア号の最高責任者である提督へ連絡が入り、もし何かそれに類する事件が起きた場合――当然これは自分の首が飛ぶことを意味すると理解したロバート・ライナス提督は、急遽緊急体制を敷くということにしたわけである。無論、<大統領暗殺>ということについては公に出来ないため、そのことは伏せてライナス提督はあらゆる角度からセキュリティ面を強化した。そして彼らの部下たちもまた、「これはただごとでない」と事態を重く見、大統領訪問という一大事に備えたというわけなのである。『もし大統領の御身に何かあった場合、首が飛ぶのは私だけではないと心得よ』……その一言だけで、ライナスの部下たちは上司の意図することをよくよく理解して行動に移していたといって良い。


 ギルバートはこの間、再びシークレットサービスの黒服を着て、大統領のそば近くで周囲に不審な動きがないかどうかと絶えず目を光らせていた。だが、オズモンド大統領がレティシア号を無事何事もなく出、軍港都市を観光してのち、ホテルのプレジデンシャル・ルームへ腰を落ち着けた時――彼のみならず、他のシークレット・サービス要員の全員が、心底ほっとしたものである。


 むしろ、当初から空母レティシア号とエルヴァート鉄橋が特に危険だと聞かされていたテイラー・オズモンドのほうが、常に冷静で堂々としており、何も心配ごとなどないといったような立派な態度だったといえる。彼はギルバートにもルークにも冗談めかしてこう言っていたものだ。「もしここで暗殺などされなくても、死ぬ時には大統領府の庭ででも、心臓発作を起こすか、あるいは小石に蹴躓いてだって死ぬだろうよ」といったように。


 だが、この日の夜、大統領の眠るプレジデンシャル・ルームと同じ階のスイートルームの一室で横になりながらも、ギルバートは神経が高ぶるあまり、豪華なアンティーク仕様の家具も、貴族が眠るような四柱式ベッドについても、その快適さを十分味わうということは到底出来なかった。レティシア号で何も起きなかったことで――今は一時的に精神が弛緩してはいたものの、旅は残すところあと二日。明日、エルヴァシア号は旅の中でもっとも懸念されるエルヴァート鉄橋を越える。さらにその後、もっとも肝心なスイートキャビンの爆破及び、偽の大統領の遺体遺棄といった重大な任務が待ち受けてもいるのだ……ギルバートはそのことを考えると、重くのしかかる心労に耐えかねるあまり、この翌日、オズモンド大統領にこう進言していたくらいだったのである。


「大統領、第一、第二の脅威は去りました。ですがこれから列車は問題のエルヴァート鉄橋へと向かいます。大統領、せめてここから下車してくださいませんか?陸軍と連絡を取れば、そちらで大統領の身柄を安全に預かってくれるはずですから」


「そんなこと、出来るわけがない」と、心底驚いたようにテイラーは言った。「エルヴァシア号には他に三十八名の乗客と、二十名近くもの乗務員たちがいる。彼らはみな、このユトランド共和国の国民だよ。そして大統領は国民のために存在している以上――彼らのうちのひとりとして、私には見捨てるような真似は絶対にできん」


「確かにそのとおりだ」と、キャビンスイートで話を聞いていたローランド・レイノルズ。「第一、何故大統領は途中下車されたのかと、のちのち問題になる可能性もある。私もあれから何度も国防省と連絡を取りあったが、列車の上空に何か異変があれば、必ず空軍があらゆる脅威から大統領を守ると請け合ってくれた。それに、何も起きない可能性だってあるんだ。コナー君、むしろ君はそのあとのことに全神経を集中させたほうがよくはないかね?最後尾車輌の爆破と、大統領の偽の死体をノヴァレスク森林地帯へ捨てるという工作のことのほうをね」


「それはまた、今日の夕方、この死の行軍列車がエルヴァート鉄橋を無事越えてから考えても遅くないことです」


 ギルバートは彼にしては珍しく、憮然とした顔つきで言った。個人的にレイノルズのこともラムズのことも嫌いではない。いや、むしろ好感を持っていると言ってもいい。だが、いくら彼らに<ジェネラル>という名前を出さずに<ジェネラル>の脅威と、<秘密結社リヴァイアサン>という名称を出さずに「恐ろしく強大な組織」といった話をしても――いまひとつ、誰も事の本当の重大さを理解できていないのではないかという気がしていた。


 実をいうとそれはシークレットサービスたちも同様で、彼らは「大統領が暗殺されないために」存在しているのであり、また大統領に危害が及ぶ場合には、何があっても身を挺して守るという任務に、通常の時とまったく同質の脅威しか見ていないように感じられてならなかった。


 だが、それと同時にギルバートにはある一筋の希望の光がないわけでもなかった。つまり、このエルヴァート鉄橋さえ乗り越えることが出来れば……また、ここで本当に何事も起きなければ、ギルバートとしても<大統領暗殺>について、70%以上は安心できようというものだった。


(この胃の痛みとも、今日の夕方、四時三十分までには解放されると思って耐えよう。もちろんそのあとには、スイートキャビンと車輌最後尾二両の爆破と、大統領の偽の遺体の遺棄といった重大任務が待ち受けているのだとしても……エルヴァート鉄橋を無事越えることさえ出来れば、大分気分のほうは楽になるだろうから……)


 だが、やはり事はそう楽観的には進まなかった。午前11時にテリス駅を出発し(ちなみに、大統領の偽の遺体はすでに乗車済みである)、エルヴァート鉄峡に差し掛かるのが午後15時54分頃……しかしながら、敵――<ジェネラル>が動いたのはそれよりももっと速かった。エルヴァート鉄橋に差し掛かる前、エルヴァッハ山岳地帯をエルヴァシア号は通るが、時速千キロの勢いでミサイルが飛んできたのはまさにこの地点であった。


 もしなんの対応策も取らず、そのままであったなら、確かにエルヴァシア号の乗客乗員は全員その生存が絶望視されていたことであろう。だが、空軍が最初の約束通り、マッハの速さで走る対ミサイル追尾システムを発動させたことにより、このどこから発射されたかわからぬミサイルは見事撃ち落とされたのだ。


 実をいうと、このことにはあるカラクリがあった。<ジェネラル>はユトランド共和国の空軍に、多くの「同志」を持っている……そこで、その同志のひとりである空軍のファイブスター、すなわち空軍元帥に、『いつどの地点からミサイルを発射するか』をあえて最初から教えておいたのだ。そうでもなければ、まずもって無人航空機からのミサイルを追尾し破壊するなどという芸当は出来なかったことだろう。


 こうして、現在の空軍元帥に花を持たせておき、彼が<ジェネラル>や<秘密結社リヴァイアサン>の手の者ではないという印象を抱かせるのと同時、さらにこの功績によって彼はこれからも裏の組織に貢献し続けてくれることであろう。


 15:34、エルヴァシア号の上空でミサイルとミサイルがぶつかりあって破裂した時――列車に乗る誰もがその轟音を耳にし、窓の外を覗きこんだ。見るとそこには、青い空を焦がす炎があり、さらにケイヴァール渓谷へ向かってその炎の飛沫は落下していったのである。


「来たか!!」


 その時ギルバートは、サロン・カーのあたりにいて、周囲の様子を順に点検して回っているところだった。その後すぐ、再びオズモンド大統領のいるスイートキャビンへ戻ろうとしたのだが、乗客も乗務員たちも何が起こったのか、まったくわからない様子だった。あれがこの列車と衝突していたら全員即死であったろう……といったようにはまるで考えず、ただ珍しい花火か隕石でも眺めるように、ケイヴァール渓谷に消えゆく炎の尾の最後の軌跡を眺めていたのである。


 そして、ギルバートがシングルの客車からダブルの客車のほうへ移ろうとした時に、突然列車が停止した。何が起きたのかはギルバートにもわからなかった。ただ、嫌な予感だけがギルバートの心臓を激しく打っていたというそれだけだ。


「あれ?なんで急に止まったんだ?」


「今の、何かが爆発したような音と関係あんじゃね?」


 呑気な乗客たちのそんな声を聞きつつ、ギルバートがキャビンスイートではなく、先に操縦室のほうへ向かおうとした時のことだった。ピピピピ、と何かの警告音でもあるかのように、ギルバートの携帯が鳴る。


『久しぶりだな。今のミサイルは私からのほんのちょっとした挨拶状みたいなものだ。そろそろパーティを始めようじゃないか、コナー君』




 >>続く。








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