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第23章

 こうして、その年の12月17日、ユトランド共和国大統領、テイラー・オズモンド大統領が休暇で豪華客車エルヴァシア号へ乗車する日がやって来た。


 12月17日、午前5時――オズモンド大統領は大統領府スタッフのモーニングコールで目覚めると、大統領府の敷地内を軽くランニングした。これはテイラーの毎日の日課である。そして6時になると、大統領府付のコックや調理スタッフたちの作った朝食を食べる。


 6時30分、今日から一応休暇とはいえ、エルヴァシア号での旅程のことなど含め、大統領補佐官数人といつものようにミーティング。7:00、ユトレイシア駅に向けて出発。8:15、マスコミのインタビューを受けつつ、8:45にはキャビンスイートへ入室。国内・国外の各方面から大統領宛てに入った電話のうち、彼が出る必要性のあるいくつかに対応しているうちに、豪華客車エルヴァシア号は出発した。


 そして、ギルバートがテイラー・オズモンド大統領の護衛として関わるのがここからであった。大統領のシークレットサービス(SS)は総勢で五百名近く。今回随行していくのはその内の精鋭、四十名ほどである。そして四十一人目として、ギルバートはエルヴァシア号内でオズモンド大統領のことを迎えていた。


 大統領府からユトレイシア駅まで特別装甲車であるリムジンに乗るテイラーのことを護衛してきたのは別のシークレットサービスの人員であり、先にエルヴァシア号へ二時間前に到着し、すべての客車を調べ尽くし、周囲の様子も調べていたこの四十名のシークレットサービスと、ギルバートは初日から行動を共にしていた。


 もしかしたら、彼らの中に<ジェネラル>の手の者がいるのではないかとの疑念を持ちつつ、ギルバートはSSと同じ黒服を着て彼らと同じ仕事をした。シークレットサービスの仕事というのは、思った以上に地味で気力のいる仕事であり、体格のいい男たちが床の上に這いつくばったり、トイレの隅々までもを入念にチェックする姿を見て――ギルバートは(もしや彼らは強迫神経症なのだろうか)との疑いを持ったほどである。


 ギルバートもまた、彼らと同じように手荷物を置くための棚や、座席の隅々まで、あるいは一般客車の一室一室、展望車やレストラン車や操縦室に至るまで……ある時には床に膝をつき、また時にはトイレの奥に手を突っ込むことまでしてあらゆる角度からこの豪華客車のすべてを調べ尽くして回った。もちろん、四十一名もの人間が手分けしてそれらの仕事を行うのだが、彼らのどこか鬼気迫る様子を見て、ギルバートはシークレットサービスに対する疑いを捨てそうになったほどである。そのくらいみな、自分の職務というものに真面目かつ忠実なのだ。


 ユトランド共和国の大統領を護衛する仕事は、勤めた年数や功績等にも寄るが、ベテランともなると月の給料が時間外も含め、四万ドルほどにも上るという。だが、大抵の職員はベテランと呼ばれるようになる前に辞めてしまう場合が多いということだった。というのも、毎日当たり前のように時間外勤務があり、大統領が向かう先どこにでも随行するだけでなく、その場においてどのような危険が生じうるかを先回りして常に計算していなくてはならない。つまり、シークレットサービスというのは、仮にただぼーっと突っ立っているように見えたとしても、こうした目に見えない脅威に神経を擦り減らしており、そのような毎日が365日ずっと続くというのは――思った以上のハードワークであり、ギルバートなどは仮に月に五万ドル貰ったとしても、同じ仕事をしたいなどとは決して思えなかったものだ。


 オズモンド大統領はこれから休日へ向かう旨を話した記者会見後、自分の側近らに取り囲まれエルヴァシア号のキャビンスイートへ乗り込んだ。最後にはプラットホームで見送るマスコミ、一般人等に向け、笑顔で手を振り、別れの挨拶とする。そして全12輌もの列車が時速約四十キロほどでのんびり走る単調な音が半マイルほど続いたあと――大統領は笑顔から真顔に戻り、「ふう~、やれやれ。バカンスに出るのも楽じゃないもんだなあ」と、本音を洩らしていた。


 今回のオズモンド大統領の随行者は、シークレットサービス四十名を除いたとすれば、他に秘書のジェニファー・ライムズ(三十四歳)、親友の医師であるジェームズ・ガーナー(五十五歳)、それに補佐官がふたりいて、それぞれローランド・レイノルズ(四十六歳)、ショーン・ラムズ(四十八歳)の計四人であった。


 ギルバートの見たところ、彼ら四人の経歴等に不審な点はなく、オズモンドが休暇に出るに当たって特に自分と気のあう人間を選んだということから見ても、大統領の信頼が厚い人物ばかりでもある。


(とはいえ、俺はここにいる全員が裏切り者かもしれないと思って行動する必要があるんだよな。これまでの経緯から見ても、<ジェネラル>はあらゆる組織に配下を持っているか、あるいは持っていなかったにせよ、潜入させるか協力させることが可能だったのだ。また、最悪クローン人間との入れ替え、瓜二つに整形した誰かといった可能性だってある……)


 もちろん、クローン人間云々ということについては、確かに馬鹿げてはいるのかもしれない。だが、ケビン・キングリッチの件から見ても、まだ謎は多いが「ありえないことではない」として、計算に入れておかなければならないのだ。


「やあ。見慣れない顔がひとりいると思ったら、君がギルバート・コナー君だね?」


 スイートキャビンの隅のほうにいたギルバートのことを素早く見つけると、大統領はソファから立ち上がり、ギルバートのほうまでやって来た。豪華客車エルヴァシア号は二階建てであり、一階にはトイレとバスルーム、それにクローゼット、バーカウンターなどが付いている。飾り暖炉の前にはソファや袖椅子などが並んでいたが、大統領を中心にして二人の補佐官、それに秘書と親友の医師がそこに座り、縦にも横にも幅があるシークレットサービスの男四人がその背後に立つと、アンティーク調の豪華な室内も流石に手狭だった。ちなみに二階のほうは寝室になっている。


「色々なことをご了承いただき、本当にありがとうございます、大統領」


 ギルバートはレイバンのサングラスを外すと、手を差し出したオズモンドと堅く握手した。テイラー・オズモンドは身長のほうはあまり高くなく、176センチほどだった。金髪にスカイブルーの瞳をしており、理知的な横顔をしている。彼は元々は高校で歴史を教えていたのだったが、一見するとどこか芸術家肌の美術の教師といった印象を人に与えた。


 テイラー・オズモンドが大統領に選ばれた時――民衆は彼のことを歓迎しながらも、マスコミが書き立てたとおり「彼は一体どこからやって来たのだろう?」とは思った。つまり、投票した国民の多くが「テイラー・オズモンドに大統領になって欲しいけど、それはありえないだろうな。だって、政治的に強い後ろ盾やコネクションがあるってわけじゃないんだもの。でもそこがいいから彼に投票する」……といった感覚でオズモンドに投票し、そのような人々が多かったからこそ、彼は大統領に選ばれるということが出来たのである。


 オズモンドはギルバートが普段テレビで見るとおりの、温かみのある優しい笑顔で、それでいて力強くがっしりとした握手をした。そして最後に「よろしく頼むよ」と下から顔を覗き込むようにしてギルバートに言ったのである。


 この瞬間、ギルバートはオズモンド大統領に対し(この人は噂で聞いたとおりの、天然の人たらしだな)と感じたものだった。言うなれば、良い教師が出来の悪い生徒を奮起させる方法を知っているように――金や利益といったことは関係なく、この人のために何かしてあげたいという気持ちを他の多くの人に起こさせるのがうまいということだ。


 とはいえ、オズモンドには体育会系の議員に特有の強引なまでの押しの強さ(厚かましさともいう)はなかったし、あるいは軍出身の政治家のような有無を言わせぬ威勢の良さといった雰囲気もない。そこが大統領としての風格としてどうかという人々も、いることにはいたようである。


 そのようなわけで、テイラー・オズモンドは「まったく新しいタイプの大統領」として、ユトランド国民の多くの人々には好感を持って受けとめられていたというわけだった。


「まあ、他のみなも君のことは知っているよ。イラクでは大変な思いをしたようだね。言わば君はこの国の英雄のひとりみたいなものだ」


「英雄というのは流石に大袈裟と思いますが」


 ギルバートは直感的に、その場にいたシークレットサービスの男四人が自分に対する感情を多少変えたらしいと感じた。最初、エルヴァシア号の前で顔を合わせた時――彼らの態度というのは非常に儀礼的なものだった。奇妙な言い方になるが、「いじめてやろうと思えばいくらでもそう出来るが、我々は気品のある人間なので、そんなことは無論しないよ」といったような。だが、ギルバートが同じように床に這いつくばったり、トイレの奥にまで自ら進んで手を突っ込む様子を見てからは、彼らも多少は印象を変えたようであった。その前までは「我々の縄張りをUSISなどに荒らされたくない」といった硬質な態度だったのだが。


「いやいや、そんなことはないよ。なんといっても君のお陰で<ユトレイシア・ジャーナル>の記者ふたりは解放されたようなものなんだからね。それで、奥さんと娘さんは……?」


「いえ、捜査のほうはあまり進展しておりません。大統領、私のことは構わず、どうか今は御自身のお命のことだけ何卒優先してお考えください」


「すまなかったね。そのことはまた、あとで二人きりになれた時にでも話しあおう」


 テイラーはギルバートの肩や背中を親しげに叩いてから離れると、また元の座席へ戻った。ロイヤルブルーのソファに座る彼の隣には、親友の医師、向かいのソファにスーツ姿の補佐官ふたり、袖椅子に美人の秘書が座っているといった席順だった。


「大統領、ではあの方が……?」


 栗色とも褐色ともつかぬ髪色の、ブラウンの瞳の女性――秘書のジェニファー・ライムズが声を潜めてそう聞く。どうやら、秘書と補佐官二人にはギルバートの別れた妻と娘が誘拐されていると、前もって知らせてあったらしい。


(よく考えれば、それもそうか)


 大統領補佐官の二人、ローランド・レイノルズとショーン・ラムズについては、彼らの顔に一瞬走った(気の毒な)という表情によって、ギルバートはそう気づいたのである。


 こののち、テイラーは隣の親友のジェイムズ・ガーナーと暫くの間歓談していた。ギルバートは他の四人のシークレットサービスに習うように、いかめしい顔をしたまま黙ってその場に立っていたが、話を聞いているうち、オズモンドと医師のガーナー氏とは、中・高時代が一緒の仲らしいということがわかった。ふたりは、同級生の誰それは今どうしてるだの、この間会ってどうこう……といった他愛もないことを話していたのだが、その間秘書と補佐官らは、今後のスケジュール等についてあらためて打ち合わせていたようである。


 そして、ふとした瞬間を捉えて、ジェニファーが「大統領、そろそろ一度……」と促した。すると、テイラーは過去の懐かしい思い出話をぴたりとやめて、一度大統領の顔に戻っていた。とはいえ、彼が「そろそろ紅茶が飲みたいな」と言ったため、ジェニファー自身が「それならわたしが」と言い、部屋から出ていった。そしてそんな彼女の後ろにシークレットサービスの男がひとり、ついていく。あとからわかったことだが、彼は大統領の飲食について毒見する係も請け負っており、大統領の口に入るものはすべて例外なくチェックするということになっていたのである。


 こうして、十五分ほどのちに乗務員の女性ではなくジェニファー自身がワゴンに紅茶セット一式とお菓子やケーキなどをのせて戻ってきたのだった。五人全員に紅茶やコーヒーなどが行き渡るのにさらに五分、十時二十七分にその会議ははじまった。


「コナー君、君も是非参加してくれたまえ」


 大統領にそう促され、最初ギルバートは補佐官二人のソファの後ろのほうへ立っていたが、ジェニファーに「そこ、座っていいわよ」と言われ、彼女の向かい側に当たるもうひとつの袖椅子に腰掛けた。他のシークレットサービスは、まるで彫像のようにほぼ微動だにしていない。


「あなたは紅茶とコーヒー、どっちがいいの?」


 そう訊ねられても、ギルバートは「いえ、私は結構です」と答えていた。すると、ジェニファー以外の人間がくすりと笑う。


「遠慮することはないんだよ」と、テイラー。「君は私たちにとっては<大切なお客>のようなものだ。一応格好のほうはシークレットサービスのそれに扮していたとしてもね。さて、そろそろ大切な例の話のほうに入ろうじゃないか。この場にいる中で、ジェイムズだけが唯一の部外者であるかもしれないが、彼は医師だからね。守秘義務といったことについてはよく心得ているし、ここで見たり聞いたりしたことについては口外したりしないよ」


「まあ、一応書類にも一筆書かされたしね」


 ガーナー医師はそう言って、空中に自分の名前をエアサインしてみせる。


「そんなもの書かなくても、親友が困るようなことは何もしたりしないさ、とは思ったけど、何分事は大統領に関することだから仕方ないといったところだよ」


 テイラーは「よくわかってるじゃないか」というように隣の親友の肩を叩き、穏やかな話はそれまでということになった。


「それで、具体的にどうするのか、私は一応すでにリグビー長官より聞いているのだがね、ここにいるみなさんにあらためて説明してあげてくれたまえ」


 テイラーはあくまでさり気なくスコーンを摘み、極めてリラックスした様子で紅茶を飲みながら、そうギルバートのことを促した。

 

「そうですね。実は、私の妻子が誘拐されまして……」


<妻子誘拐>のワードで驚いたのは、唯一ジェイムズ・ガーナーだけだった。他の三人はすでに承知しているため、ただ深刻な顔をしたままでいる。


「その際における犯人の要求というのが、身代金といったことではなく、大統領暗殺ということだったのです。私は秘密情報庁に勤めはじめて、約十五年ほどにもなります。この間、様々な部署において仕事をこなして来ましたが、現在はある特殊な組織を長官命令により追っていまして……その敵からの要求が金ではなく大統領のお命だったということなのです。私は妻子の命を惜しみ、必ず大統領を暗殺するという約束を向こうとしました」


 ここで「なんと!」という新鮮なリアクションをジェイムズがしても、他の三人は一切無視している。


「それで、具体的にどうやるのかね?」


 と、厳しい顔つきでローランド・レイノルズ。彼は黒髪に黒い瞳の、アメフト選手のように体格のいい男だった。身長のほうはおそらく二メートル近くあるものと思われる。だが、穏やかで優しげな顔をした男で、ギルバートが彼と最初に出会って思い浮かんだ言葉は、<スポーツマンシップ>ということであったかもしれない。


「正確には、どう偽装するのかね、ということかな」


 そう言ったのは、ショーン・ラムズだった。彼は金髪碧眼の聡明な顔つきの男で、年は四十八だが、実際は三十八くらいに見える。中肉中背の、若かりし頃は今よりさらにモテただろうと感じさせる、なかなかの色男だった。彼はすでに結婚して一男一女に恵まれていたが、それでも政治家として今も女性にとても人気がある。


「一応、手筈のほうはこうです」


 ギルバートはこの時、ちらと他の黒服の男たちに視線を走らせたが、みな、大統領が心から信頼する者ばかりなのだと思い、疑いを捨て、腹を割ることにしたのである。


「エルヴァシア号は全12輌編成です。そして、このキャビンスイートと、後ろの最後尾を含めた三車輌は、ご存じのとおりシークレットサービスと我々だけが使用します。スイートキャビンは通常であれば、もっと前側に位置していますが、特殊な事情から今回、このように編成してくださいと旅行会社のほうへ頼むことにしたのです」


「それは何故?」


 すでに大統領から話を聞いて知っているだろうに、ジェニファーはちらとギルバートに視線を送ってそう聞いた。


「何故なら、旅行の六日目の夜……この内の二車輌はノヴァレスク森林地帯の手前で爆破し、さらには大統領の死体がそこで炎に包まれるという予定だからです」


 ここでまた、「な、なんと!」と、ドクター・ガーナーがいかにも一般人らしいリアクションをした。すると、隣のテイラーが堪らなくなったのだろう、一度「ぶはっ!!」と吹きだすようにして笑っている。


「もちろん私はまだ死ぬ気はないよ。列車内で激しく燃えることになるのは、私とそっくりさんの死体さ。一度これでテイラー・オズモンドは死んだというニュースを流す。それでコナー君の奥さんと娘が帰ってくれば、私はキリストのようにもう一度甦るつもりでいるよ」


「そ、そんな……大丈夫なのか、テイラー。ユト市民が騙されたと知って怒り狂いでもしたら……」


 ガーナーは慌てたように紅茶のカップをソーサーに戻していたが、テイラーのほうではそのまま、悠々と大好きなアールグレイを飲み続けている。


「私は自分の国民を信じているよ。実はそうした事情があったのだといえば、あとから真実を知ってみんなも許してくれるさ。よしんば、このことが原因で大統領を辞任することになったとしても……私に後悔はない。つまりはそういうことさ」


「ただし」と、ギルバートは四人の顔を見回して言った。「これは、リグビー長官が命じられた私たちのユニットで出した答えなのですが……おそらく、向こうの組織には他に立てている<大統領暗殺計画>があるのではないかと思われます。今までに私は敵組織のボスと思しき人間の計画を二度ほど邪魔しました。そして私の妻子が誘拐されたのは、そのことに対する報復と思われるのですが、向こうの要求等が若干奇妙な経緯を辿っていたもので、おそらくそういうことなのだろうと結論づけたのです」


「つまり、どういうことなのかね?」


 ギルバート自身自覚しているとおり、説明の仕方が不明瞭であったため、わかりにくいとは思っていた。そこで、ズバリ核心をつく言い方をすることに決める。


「例の……アメリカ・イギリス大使館同時爆破事件、その計画を立てた犯人と同一人物が、今回の<大統領暗殺計画>を立てている人物とほぼ確定していいと思っています」


 ここで、大統領補佐官二人は「あっ」というように驚いていた。ジェニファーは冷静な面持ちをしたままだったが、ガーナー氏はやはり「なな、なんと!」といったように驚いた顔をして、そのまま固まっている。


「では、そのような犯行グループが<大統領暗殺計画>を立てているとした場合――犯行の精度のほうも当然高くなるということになるな。かなり確実性の高い方法で殺しに来ると考えたほうがいいだろう。それで、防衛手段のほうは?」


 ローランド・レイノルズは、突然重度の頭痛に襲われたとでもいうように、頭を抱えはじめた。まるで、(それを先に聞いておきたかった)とでもいうように。


 ここで、何故そんな重大なことを、側近である彼らが知らなかったのかと思われる人も多いだろう。だが、テイラー・オズモンドは自身の信念と考えによってこうした最重要事項についてはあえて彼らに話さなかったのである。


「こんなことを言われても、心許ないでしょうが……まずは第一に、ここに私がいるということ。向こうが無人航空機によってミサイルを発射したといった場合は、空軍に頼る以外はありません。その、大統領。申し訳ありませんが、側近の方々にはどのあたりまでお話になっておられるのですか?」


 ジェニファー・ライムズが呆れたように肩を竦めた仕種で、ギルバートにはすぐ彼女が大統領とグルなのだろうとわかった。そして、事ここに至ってはじめて、他の三人にも――この列車による旅は実は死と隣合わせの旅なのだということがよくよく理解できていたのである。


「諸君、そういうわけだから……なんだったら次の駅で降りてくれてもいい。ただ私が思ったのは、せっかくのバカンスなんだから、一人の友人もなく送りだされるっていうのが寂しかったんだ。だから、あとのことは心配しないで、安心して下車してくれたまえ。ほら、このとおりここには」


 と、テイラーは室内の四隅にいる四人の男たちに手のひらを向ける。


「命に代えても私を守ってくれる人たちがいるからね。それに、もちろんギルバート・コナー君もいる」


 テイラーは「頼りにしているよ」と言って、ギルバートにウィンクして見せたが、ギルバートとしては心が重くなるばかりだった。おそらくこれは、誰も「本当には」大統領暗殺という脅威を信じてはおらず、事態をかなり過小評価していたのだろうと見て取っていたからである。


「とにかく、私としては……乗客の人々に関しても、出来るだけ速い段階で下車していただきたいのです。とはいえ、そんな不審な動きを見せれば向こうも怪しむでしょうし……とにかく、特にシークレットサービスの職員にはそのような方向性で動いていただきたい。何かあれば、大統領やここにいる人たちを守るのと同時に、他の乗客や乗務員の人々を安全に避難させていただきたいんです」


<大統領暗殺計画>という言葉を聞いても微動だにしなかった黒服の男たちは、初めてここで何かの指示を求めるように互いに顔を見合わせていた。


「私たちが地形的に、あるいは場所として特に危険と感じているのが、エルキューレ岬にかかるエルヴァート鉄橋、そしてナヴァール陸軍士官学校と空母レティシア号です。何分、空母内には二千人以上もの軍人がいます。その中に向こうの敵の配下というのは確実に混ざりこんでいるでしょうし、それはこの客車内の乗務員、あるいは乗客にも同じことが言えます。これまで<彼>と戦った……といってもそれは主に、情報戦的なことではありますが、その過程でつくづく思い知らされるのは、どこの組織にも<彼>は内通者を忍びこませていたということです。そう考えてみると、乗客及び乗務員、あるいはこの場にいる人々、シークレットサービスの中にも――たとえば、私のように家族を誘拐されるなどして脅され、嫌々ながらも言うことを聞かざるをえない人がいるかもしれないということなんです」


(そんな敵を相手にして、一体何をどうやって防いだらいいというんだ?)


 まるでお手上げだ、というように、レイノルズとラムズは互いに顔を見合わせた。二人とも、絶望したように天を仰いでいる。


「私も、事ここに至るまで……なるべく私情を挟めないようしながら、出来るだけのことはしてきたつもりです。エルヴァート鉄橋、ナヴァール陸軍士官学校や空母レティシア号の他にも、地形としてここが狙われるのではないかという場所には、陸軍、あるいは空軍にそこをエルヴァシア号が通過するずっと前から張ってもらっています。また、私の部下が他に三名この豪華客車に乗りこんでいるのですが、互いに連携して事に当たれればと思っておりますので、よろしくお願いします」


「それで、大統領の偽の死体と爆薬などはどこにあるんだ?」


 ショーン・ラムズは不意打ちを食らってよろめいた人のように、溜息を着いてそう聞いた。


「そちらのほうは、五日目に、テリス港のほうから他のUSISの部下が運びこみます。ただ、我々がそのような偽装工作を行う以前に、向こうが何かを仕掛けてくる可能性のほうが高いということ……ゆえに、これはもう大統領にとっては休暇でもなんでもなく、一日たりとも……いえ、一時間たりとも気を緩めることの出来ない死の旅行といっても大袈裟ではないかと」


 その無償の奉仕といってもいい行為に対し、ギルバートは深く恩義に感じていた。一度大統領になってしまうと、最早プライヴェートなどないに等しい。365日、いつでも二十四時間シークレットサービスが張り付き、何かをした、あるいは何かをしなかったということでマスコミからは始終叩かれ、一日のうち、睡眠時間の多くを削らなければならないこともあれば、仕事で心配事があり、なかなか寝つかれない夜というのも数多くあるに違いない。


 そんな中、年に二度ほど取れる休暇というのは、それでも大統領にとっては100%時間を自由にできるとまではいかなくても、一時的に公務を忘れて羽を伸ばせる唯一の機会なのに――それを犠牲にしてまでも、彼はギルバートの妻子の命を第一に考えてくれたのである。


 その大統領の温情に応えるためにも、ギルバートは何があってもテイラー・オズモンドのことを守るつもりでいた。仮にそのせいで、自分が命を落とすことになったとしても……。




 >>続く。








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