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第14章

 実際に離婚が決まるまでの間――「この地球が誕生して以降、わたしはあなたと愛してあっていたことなど一度もない」といった、冷たい態度を妻がとり続けていたのが何故か、その理由をギルバートは当然知らない。


 ゆえに、この時も切れた電話のほうを見て、ギルバートはただ軽く首をひねっていた。本当はもう少し具体的に、新しくキャリーの父親になる男のことを聞きたかったのだが……収入はどのくらいなのか、職業は何か、年はいくつなのか、容貌のほうは自分より男前なのかどうかなど――けれど、ギルバートはここで一度、溜息を着いた。


(まあ、あのしっかり者のキャシーが選んだ相手だものな。そりゃ結構な収入のあるいい男であるに違いない。だが、名前くらい聞いておけばよかった。ケビン・ホニャララのホニャララのほうさえわかれば、ネットで調べて顔くらいわかったかもしれないのにな)


 そしてギルバートはここで、自分とサラのことを考えることにした。もちろん、娘のキャリーのことは心配だった。だが、キャシーがずっと実家にいる関係から、会いたくても敷居が高くて早々会いにもいけない……というのは、キャサリンのほうでもわかっているはずなのだ。けれど、経済界の立派な名士のような男が、今度キャリーの父親になるというのなら、それもやむをえないことなのかもしれなかった。


(それに、キャシーの今の話を聞いて、俺もようやく決心できた。サラにプロポーズしよう。指輪なんて結局、どんなものを買ったところで前夫のエドガー・ハリントンが彼女に贈ったものとは比べものにならないんだ。それだったら……そうだな。これからハリー・ウィンストンかティファニーにでも行って、少し見てくるということにでもするか)


 こうして、ギルバートはエドガーを連れて街の宝石店をいくつか回った。犬のエドは車に乗せるといつもの倍以上興奮するので、ペットシーツを車に敷き詰めることが欠かせないが、それでもエサだけ与えておけば、少しくらいの間なら大人しく待っていてくれる。この日はすぐに「これ!」という指輪に決められず、ギルバートはカルティエとハリー・ウィンストンとどちらがいいだろうと考えつつ――エドとドッグカフェで食事する間も、ずっとそのことで迷い続けた。


「おまえの名前である元旦那な、何カラットもあるでっけえダイヤをおまえの御主人さまに贈ってるんだよ。それに比べたら、俺には大金でも、小粒のそれなりな指輪しか彼女に贈ってやれない。まあな、彼女はああいう優しい気性の女性だから、『まあ、嬉しいわ』とでも言って嬉しそうに受けとってはくれるだろう。でもなあ……やっぱりなんか複雑だな。愛は金じゃ買えないなんて言っても、物質的なものの大半を金で買えるわけだからな、彼女の場合」


 犬用の新しいおもちゃとともに自宅まで帰ってくると、ギルバートは犬のエドのことを撫でながらそんなふうに話しかけていた。ギルバートの休暇ももうすぐ終わる……この間、彼はとても幸福だった。それに、秘密情報庁の仕事へ戻る前に、サラには本当のことを話しておきたかった。第一、自分はもう夕方あたりから仕事へ行くのではなく、また不規則で夜はいつ帰れるかわからないといったサイクルに戻ることになるだろうから。


(よし、決めた。サラが帰ってきたら、ティファニーの指輪と花を贈って彼女にプロポーズしよう。第一、サラも言ってたもんな。あんまりダイヤがでかすぎて、普段はあまり身につけることはなかったとかって……その点、あの指輪なら彼女の白くて細い指にぴったりあうだろう)


 カルティエやハリー・ウィンストンも捨てがたかったが、ギルバートとしてはティファニーの指輪が一番女性的で、サラの薬指に似合うような気がしていた。それに花だ。彼女は何か高価なものをもらうより、綺麗な花束に短い気の利いた詩の言葉のメッセージがついている……といった贈り物のほうを好む女性だった。


(ま、この場合、俺に詩心がないっていうのが問題なんだがな)

 

 こうしてギルバートは、二日後にサラがアメリカから戻ってくるのを待ち、エドと一緒に指輪とラナンキュラスや薔薇、芍薬の花束を手にしてユトレイシアの西郊外にあるハリントンの別荘へと出かけていった。


「あらもう、可愛い子ちゃん!お久しぶりでしゅね~。あらあら、そんなに嬉しいんでちゅか。そうでしゅかー。うふふー。こんな可愛いワンちゃんにはエサをあげなくちゃいけないでちゅねー。さあ、こっちへいらっしゃい」


 エドの喜びようがあまりに激しく、一度ギルバートは存在自体を忘れられたような形になった。けれど、エドの御主人さまとの久しぶりの再会による興奮が落ち着くと、ようやくサラもギルバートのことに気持ちを向けることが出来たといえる。


「まあ。これ、わたしに?」


(今日、バレンタインだったかしら)というように、サラは小首を傾げていた。彼女は今三十二歳だったが、ずっと若く見えるせいか、時々少女のようだった。この時、ギルバートはプロポーズは食事の最中かそのあとにでもと考えていたが、エドが一週間ぶりの我が家を懐かしがってそこここを気が狂ったように駆けまわるのを見るうちに――そうしたためらいの一切がどうでもよくなった。


「俺と結婚して欲しい、サラ」


 ティファニーカラーのケースの中から指輪を取りだすと、ギルバートは彼女の左の手をとってその薬指にはめた。サラは突然のことに驚いていたが、少し頬を赤らめたあと、すぐに「嬉しいわ、ギルバート」と言った。「もしあなたがそう言ってくれたらどんなにいいかって、ずっとそう思ってたの」


 ――このあと、食事をしてベッドの中で愛しあうところまでは何ごともなくすべてうまくいった。けれど、ギルバートがサラのことを胸の中に抱いたまま、こう言ってからが大変だった。


「サラ、実は君に黙っていたことがあるんだ」


 この時、サラは警戒したようにビクッとすると、「どういうことなの?」と、不審そうに聞いた。まるで、「実は俺には借金があるんだが……」とでもギルバートが言い出すのではないかと恐れるように。


「俺は、警察の人間じゃない。本当はUSIS――秘密情報庁のほうに勤務してるんだ」


 話はそこまでだった。サラはギルバートから離れると、指輪を薬指から外していた。


「これ、お返しするわ」


「どうしてだ?俺が警察の人間じゃないことが、君にそんなに問題なのか?」


「違うわ。そういうことじゃないのよ、ギルバート。わたし、最初からあなたがそんなふうに嘘をついているだなんて、思ってもみなかったの。前にも言ったでしょ?遺産目当てや何かでわたしに近づいてきて利用しようとする人は多いって。わたし……男の人には唯一、誠実さだけを求めてるの。それなのに、最初からあなたが嘘をついていただなんて、こんな関係、結婚したってうまくいきっこないわ」


 確かに、前夫のエドガー・ハリントンと結婚することになった決め手は、彼の<誠実さ>だったとサラは言っていた。けれど、ギルバートが嘘をついていたことにはそれなりに理由がある。最初に出会った時に彼女が自分を警察の人間と思っていたろうことから――それで、そのままその設定を使うということにしただけなのだ。


「サラ、俺の話も聞いてくれ。USISの人間というのはもともと、自分が秘密情報庁の人間だとは基本的に明かさないものなんだ。だけど、君と俺とはこれから結婚する。だから君のことを信用して今俺は本当のことを話すことにしたんだ」


「それじゃあ、最低でもプロポーズする前に本当のことをあなたは話すべきだったのよ」


 サラが服を着て寝室を出ていってしまったため、ギルバートは何をどうしていいかわからなかった。そして、今のこの状態のままで、ナイトテーブルに置いてあった携帯電話が鳴る。相手はルーク・ランドンだった。


『本部長ですか?夜分遅く、それも休暇中に申し訳ありませんが……』


「いや、いいよ。大丈夫だ。それより用件は?」


 今は夜の十二時半である。こんな時間にルークが電話をしてきたということは、そこには差し迫った緊急性があるはずだった。


『実は、わたしのほうにリグビー長官のほうから電話がありまして。なんでも、ユトレイシアのアメリカ大使館とイギリス大使館のほうにテロが行われるのではないかとの可能性があり、今、テロに対する警戒レベルのほうが、レベル3からレベル5へと引き上げられることになりました』


 ニューヨークで9.11テロが起きて以来――ユトレイシアではテロ警戒レベルのほうが五段階で常に3を示すということが多くなっている。そしてそれがレベル5になったということは、UNOSやUSISのほうでなんらかのテロに対する事前情報をキャッチしたことを意味していると、今ではユトランド国内の誰もが知っていた。


「だが、テロのことなら、対テロ・センターのほうが指揮をとるはずだし、何故長官はルークに電話をしてきたんだ?」


『もちろん、本部長が休暇中だったからですよ。それで、代わりにわたしに「何か気になることはないか?」と聞いてきたのです。何分、我々は<ジェネラル>の計画をこれまでにふたつほど潰していますからね……何がどうというより、長官は長年の諜報員の勘が働いて、わたしか本部長にそう聞かずにはいられなかったのではないかと思われます』


「それで、ルークはなんて答えたんだ?」


 おそらく、自分の答えと同じだろうと思い、ギルバートは素早く服を着始めた。


『ええ……クリス・メイソンの死は残念なことでしたが、私は彼のことでずっと気にかかっていたことがあるのですよ。カルテのほうは私もすべて目を通しましたがね、本当はあの時点ですでに彼は自殺することに心を決めていたのだろうと思うのです。ですが、害を及ぼさぬ安全な人物として秘密情報庁から出るためには、精神科医がそうと同意するような人間を演じる必要があった。それで、ですね……私が今も非常に気になっているのは、結局のところクリスの部屋にあったあの金庫には何が入っていたかということなのです』


「やはりそうか。実は俺もまったく同じことを考えていた」


 シャツを着、ズボンも履くと、ギルバートは携帯や財布や車のキィなどをポケットにしまいこみ、キングサイズのベッドの縁に腰かけた。


「おそらく、ジョン・キーナム殺害などは彼らにとってはほんのささやかばかりの殺人といったところだったんじゃないか?むしろ、段階としてはその次があったのではないかと、俺はそのことがずっと気になっていた。それで、対テロ・センターに入っている情報についてはどういうことになってる?やはり、イスラム過激派の仕業ということなのか?」


『いえ、これ以上のことは私にはわからないことですから、やはり本部長が直接対テロ・センターのセンター長に聞かれるのがよろしいかと……』


「そうだな。これからUSISのほうへ出向いて、そのあたりのことを現場の人間に聞いてみる。それで、ルークは今自宅なのか?」


『実は、私もすでにUSISのほうへ来ています。リグビー長官から電話がきてから、なんだか胸騒ぎがして落ち着かなかったものですから……』


「そうか。じゃあ、これから本部のほうで合流しよう」


 ――ギルバートは電話を切ると、階下の、おそらくはサラがいるであろう場所まで歩いていった。見ると、そこにはエドの頭を膝の上にのせ、彼の頭をしきりと撫でるサラの姿があった。


「サラ、さっきの話だけど……ちょっと今、仕事のことで急な電話が入ったんだ。だから、もう一度ゆっくり話しあおう。頼むから、俺にもう一度だけチャンスをくれないか?」


「そうね。あなたにはあなたの都合があるでしょうし……でも、どうしてなの?何か仕事に関係することでわたしに近づいたとか、そういうわけでもなかったんでしょう?」


「それは……」


(君のような女性を見て、何もしないでいられる男がいるとでも思ってるのか?)――というのがギルバートの心に浮かんだ言葉だったにしても、口に出して言うのは照れくさくもあり、黙りこむ以外になかった。


「俺は、初めて会った時から君のことが好きだった、サラ。いわゆる一目惚れというやつだったと言っていいんじゃないかと思う。こんなことを告白するのは恥かしいけど……たまたま休暇中だったもんでね、それで君の顔でも見られるチャンスでもないかと、家のまわりをランニングしていたんだ。でも、君も知ってのとおり、犬のエドのことは本当に偶然っていうか……」


「そうだったの。でも、確かによく考えたらわたしも馬鹿よね。あなたの自宅からここまではかなり離れているのに、そのこと、今の今まで疑問に思ったことすらなかったわ。それにこの子、物凄い人見知りなのに、あなたにはすぐ懐いたものね。もしもう二度とあなたがここへ来なくなったりしたら、きっと寂しがるわ……」


(寂しいのは犬だけじゃなくて、君もだろ?)などとは、もちろんギルバートには言えない。かわりに、ただ愛しい恋人のことを後ろから抱きしめ、その頬にキスをしてから、ギルバートは彼女から離れることにした。


「仕事が一段落したら、また必ず電話するよ」


 そう言ってギルバートは、あとは彼女のことは考えなかった、アメリカ大使館とイギリス大使館にテロが行われる危険性がある――ということは、すでにもうこの二つの建物の周囲には厳戒態勢が敷かれているはずだった。そう考えればテロは未然に防がれる公算が高いはずなのに、ギルバートもルークやリグビー長官と同じく、何故だか胸騒ぎがしてならなかった。


 もちろん、ギルバートが今所属しているのは<悪のエリート対策本部>であり、これまでのところ、<ジェネラル>とイスラム過激派組織とが繋がっているような情報をどこかで掴んだわけでもなく……キャサリン・ノアクロスのことを思えば、むしろその逆なはずだった。


 そして、ギルバートはこの胸騒ぎの答えを、同期入社で当時から出世するタイプの男だと誰からも思われていた友人の対テロ・センター長と会うことで得ようとしたわけである。


 USIS内はセクション分けがはっきりしており、対テロ・センター部門のある六階から七階のフロアには、同じUSISの職員でも、そこへ所属している者しか入ることが出来ない。ただし、もちろん内部の人間と連絡を取り合い、許可さえ取れれば話は別だった。


 ギルバートとルークが対テロ・センターの六階にある部署へ入ると、そこでは広いフロアに軽く百名以上は詰めているだろう職員たちが、ひっきりなしに誰かと電話で話していたり、小さいグループに分かれてミーティングを重ねていた。ちなみに六階は対テロ・センターの事務部を兼ねており、七階のほうがケースオフィサーやアナリストの詰める作戦本部ということになっている。


 対テロ・センターのセンター長室は、七階にあるため、一度電話を切った事務員の女性を見つけると、ギルバートはIDを見せて「ビル・タウンゼントに会いたいんだが」と聞いた。


 女性は一瞬『このクソ忙しいのに何よ』と、眉を上げたが、ギルバートのことを見るなり明らかに相好を崩していた。実をいうと、ギルバート・コナーはUSIS内においてはちょっとした英雄である。というのも、イラク戦争が起きた時、ギルバートは従軍兵士たちに混ざって諜報活動を行っていたのだが、イスラム過激派勢力に捕まり手ひどい拷問を受けた。


 この時、リグビー長官は八方手を尽くしてどうにかギルバートのことを救おうとし……そのため秘密情報庁内の人間もまた一丸となって彼を助けだすために全力を尽くしていたからである。そしてギルバートが拷問によるひどい傷を負いながらも無事祖国へ帰還すると、USISの職員たちは万来の拍手をもって彼のことを庁内へと迎え入れたのだった。


 そのような事情もあり、対テロ・センターの現在のセンター長とギルバートが親しい友人同士であるということも、多くの職員たちの知るところであったのである。


「タウンゼントセンター長も今お忙しいでしょうから」と、キツめにカールのかかった赤毛の中年女性職員は、慇懃な態度で言った。「すぐ連絡が取れるかどうかはわかりませんが、七階のセンター長室の秘書と連絡を取ってみましょう」


 タウンゼントの秘書から、「とりあえず控え室のほうでお待ちいただければ」との返答があったらしく、ギルバートとルークは専用のエレベーターで七階へと上がっていった。そちらのほうでは職員たちがさらに殺伐とした雰囲気で電話に向かって怒号を上げていたり、モニターを見ながらマイクに向かって声を荒げたりしていたが――秘書がエレベーター脇にすでに来ており、センター長室脇にある応接室のほうへ通してくれた。


「御用件のほうは?」


 実をいうと彼女は、退職したアメリア・クリスティの親しい友人であったため、ギルバートに対する態度は冷たかった。だが無論、そうしたプライヴェートと仕事は分け、そうした私情を露わにすることはない。


「ビルに、俺が来ていることだけ伝えてくれ。べつに急ぎの用ではないから、少し手の空いた時でいいと。そう言ってもらえれば、彼ならすぐに意味を理解してくれる」


「わかりました」


 美人の秘書が出ていくと、ギルバートとルークは座り心地のいい深緑色のソファに腰かけ、じっとビル・タウンゼントがやって来るのを待った。


「想像していたとおり、蜂の巣をつついたような騒ぎでしたね」


「そうだな。それに、あれだけ方々に電話をかけたりなんだりしながら大声で叫んでいたところを見ると……まだどこの勢力がテロの計画を立てているのか、掴めていないのかもしれない」


(これは対テロ・センターの、引いてはUSISの沽券に関わる大問題だ)


 そう思い、ギルバートは友人のビル・タウンゼントの身を案じた。長官室にはユトランド共和国大統領専用の直通電話があるが、その時リグビー長官に報告すべきことが何もないとしたら……それは長官の面子が潰れる大変な事態だったといえる。そしてリグビー長官にとっては対テロ・センターの責任者であるビルの語る言葉だけがその頼りとするところなのだから。


「よう、久しぶりだな。長官自らの命により左遷されたと聞いたが……随分元気そうじゃないか」


 ビルが最初にルーク、次にギルバートと気安く握手しながら、彼らの前の対になったソファのほうへ座る。応接室のほうには、おそらくビルの趣味なのだろう。そこに置かれた本棚にはフィクション・ノンフィクション両方の諜報のことを扱った本が古いものから新しいものまで並んでいた。その中にはもちろん、セス・グラントがアレクシス・ピアーズという筆名で書いた小説も置いてある。


「おまえのほうも、いつもどおりの軽口の叩ける余裕があるようで良かったよ。それで、首尾のほうはどうなってる?」


「どうなってるもこうなってるも」と言って、ビルは溜息を着いた。彼はプラチナブロンドの髪をオールバックにした男で、スーツの上から見ても筋肉がかなり発達しているだろうことが見てとれる、堂々とした体躯の二メール近い色男だった。「とりあえず、ユトレイシア国内で活動しているイスラム系組織と裏のルートを通して片っ端から連絡を取ってるよ。リグビー長官にもそう説明した。長官も大統領にそう話しているだろう。というより、とりあえずはそのセンで行くしかないというかな。これを見てくれ」


 ビルは手にしていたiPadをギルバートとルークに示した。


「ユトレイシア市内で確認が取れているイスラム系及び、過激派組織の数だ」


 画面のほうには、ユトレイシア市内の地図、それに過激派も含めたイスラム系組織の拠点とがピンポイントで示されている。その総数は全部で十八箇所ある。


「で、ユトランド共和国全体で確認されているイスラム系組織の総数が他に五十五箇所ある……中東の戦争で随分多く難民が流れこんできたが、そうした人物についてはすべて選別にかけ、怪しい人間のことは徹底的に調べるといった流れにあるんだ。とはいえ、我が国においてはイギリスとは違ってテロ事件が起きたことはない。そこにはやはり、全世界に伝わるニュース性といったことがあると思う。ユトランドでテロが起きても、アメリカやイギリスでテロか起きた時ほど注目度が高くはないからな。それに、ユトランド共和国内では世論としてイラク戦争には反対だった。にも関わらず、アメリカの犬よろしくイギリスが派兵したもんで、歴史的に常にイギリスの弟分だった我が国もイラクへ派兵せざるをえなかった……といったところだ。ゆえに、そうした理由によってはテロが起きなかったのかもしれない」


「アメリカとイギリスの大使館でテロを起こすという情報は、そもそもどこから入ったんですか?」


 ルークがiPadの画面を睨んだままそう聞く。


「UNOSでもUSISでもなく、軍情報戦略センターのほうに宣戦布告にも似たメールが来たそうだ。<これから我々は新しい戦争をはじめる。もう、それが今はじまろうとしている……ユトランド共和国にはそのテストケースになってもらう。その手はじめとしてアメリカとイギリスの大使館を攻撃させてもらうが、このことを知った時、君たちはふたつの耳が鳴るであろう>だとさ」


「なるほど」とルークは頷いた。これでは確かに、イスラム過激派をまず真っ先に疑うだけの理由がある。イスラム教ではコーランが聖典とされるが、他に旧約聖書と新約聖書の両方も聖典としているのである。そしてこの宣戦布告文には、旧約聖書からの引用が含まれていた。サムエル記やエレミヤ書などだ。


「確かに、マンハッタンの世界貿易センターに飛行機が突っ込んだのは、我々にとってふたつの耳が鳴る出来事だった。これはおそらく、再び似たような事件を起こすとの宣戦布告と見て間違いない。だが、ユトランドの場合――どうだろうな。アメリカなら自由の女神、フランスならエッフェル塔、日本なら東京タワー、スペインだったらサグラダファミリアといったように……国の象徴となる建物というと何があるだろう?もちろん今は、それ以前の問題か。そうしたさらに大きな事件を起こす前に「手はじめとして」アメリカとイギリスの大使館を攻撃しようっていうんだからな……だが、事前に宣戦布告してしまえば、当然警護のほうも厚くなるというのに、こんなものを送ったやつは何を考えているんだろうな」


「何を考えているのかは、さっぱりわからん」と、常に身だしなみに気をつける男、ビル・タウンゼントは、白いスーツの足を組みかえて笑う。「ただ、相手が本気だっていうことだけは確かさ。何しろ、軍情報戦略センターのほうでは直後、サイバー攻撃にあい、システムが一時的にダウンしたんだからな。これは確かに冗談ごとではないということで、一気に大騒ぎにまで発展したというわけだ」


「軍情報戦略センターをか?」と、ギルバートも驚いた。コンピューターのセキュリティのほうはUSIS並に高いはずなのに――ギルバートはこれからその相手組織がどんな大事件を起こそうというのか、見当もつかなかった。


「そんなことを出来る奴らが相手ということは、これは相当大変なことになるぞ」


「そうさ。これから何が起きるにしても、後手にまわれば俺は即刻首が飛ぶだろうな。いや、俺の首が飛ぶことなんざどうでもいいが、先に宣戦布告文を受けていながら死人や負傷者か多数出たとあっちゃ……UNOSもUSISもその他警察機関もすべて面目丸つぶれということになるだろう」


「だが、アメリカ大使館でもイギリス大使館でも警備のほうはこれ以上もないってくらい最上級に上げてあるんだろう?」


 ギルバートとルークは、ユトレイシア市内にあるイスラム過激派組織の拠点に、またひとつ×印がつくのを見た。つまり、その過激派組織が今回の計画を企てているのではないということだ。残す確認の取れていない(×印のついていない)場所は十八箇所中、残り七箇所、国内としては残り二十四箇所だった。


「そりゃそうさ。UNOSの特殊部隊だけでなく、軍からも特殊部隊が駆けつけてる。国を総出の大騒ぎといってもいいくらいだ。それぞれの大使館の大使とその家族、それに職員たちもみんな避難済みだというのにな。これで爆弾を積んだ車輌が大使館を攻撃したところでなんになる?だが、軍情報戦略センターをサイバー攻撃したほどの奴だ。間違いなくそんなことを上まわる何かが起きる……我々の予測もつかない何かがな」


「…………………」


 ギルバートとルークは顔を見合わせた。これから一体何が起きるのか、それとも起きないのか……それは誰にもわからなかった。また、そのような状況下で何か協力できるようなことがふたりにあるというわけでもない。かくなる上は、対テロセンターのセンター長の貴重な時間を無駄にしないというくらいしか、出来ることなど何もないだろう。


「ビル、すまなかったな。貴重な時間を割いてもらって……」


「いや、全然さ。気にするなよ。俺とおまえの仲じゃないか。俺もずっと怒鳴りっぱなしで疲れたし、ちょうどいい休憩になって良かったよ。この事件が落ち着いたら、まあまずはちょっと飲もうや」


 実際、応接室から一歩外に出ると、そこは情報戦争の海のただ中にあった。ビルの元には次から次へと他の職員たちが駆けつけ、彼の指示を仰ごうとする。ギルバートとルークはその人波の中を通って、ビルが<左遷>と呼んだのも頷ける、人気のない「悪のエリート対策本部」の会議室へと引き上げたわけである。


 ルークはそこのスクリーンにテレビのニュースを映していたが、思ったとおりアメリカ大使館とイギリスの大使館とがそれぞれ画面を二分割にして移しだされ――リポーターが交互に現在の状態を報告するといった形だった。


「大変なことになったな」


「そうですね。この事件の背後に<ジェネラル>がいるのではないかというのは、おそらく我々の妄想でしょうが……」


 ルークが緑茶を入れようとしたので、ギルバートも「同じものをくれ」と言った。今は苦い飲み物でも進んで飲みたい気分だった。


「いや、そうとも言えないさ。というより俺はむしろ、これがよくあるイスラム過激派組織の通常のテロで、未然に塞がれた上、狂信者たちが逮捕されればいいと願っている。だが、もしイスラム過激派組織の犯行じゃなかった場合……一体誰がこんなことをするというんだ?USISの面目を丸つぶれにし、リグビー長官を首にすることが相手の目的だとしたら、なんらかの形で<ジェネラル>が背後にいるということを我々が疑うというのは――本当に妄想で済む話なんだろうか?」


「なんにしても今は、このまま何も起こらずに夜が明け、そして明日になっても明後日になっても、さらに一週間や十日が過ぎても何も起きないことを我々は願うばかりですよ」


 グリーンティを文字通り苦々しい思いで飲みながら、ギルバートはニュースの美人リポーターを交互に眺めやる。


「マスコミっていうのは、一体どこからこういう情報を掴むんだろうな。軍情報戦略センターがサイバー攻撃されたなんていうのは、普通ならメディアの耳には入らないはずなのに……」


「そのうちマスコミが情報を掴むことを見越して、先ほど大統領府のほうで緊急に記者会見が開かれたんですよ。オズモンド大統領は、USISの長官と話し、国内のイスラム過激派組織を現在特定しているところだと語ったと言っていましたよ。アメリカの大統領、イギリスの首相ともホットラインで話し、テロの脅威に屈しないという誓いを新たにしたとか……」


「そうか。その時の会見、他の局でやってないかな」


 そう言ってギルバートがチャンネルを変えようとした時のことだった。ヴウウウウ……ンというセミ、あるいは大量のバッタが一時に跳ぶ時のような音がテレビのスピーカーから流れてきた。最初は、テレビの音声のほうが一時的におかしくなったのかとギルバートもルークも疑った。だが、そうではなく――。


「な、なんですか、これは……」


 ルークは伊万里焼の湯呑みをテーブルに戻すと、呆然とスクリーンに見入っていた。そしてそれはギルバートもまったく同じだったのである。


 小型のドローンが暗闇の中を切るようにして次から次へと現れると、それは一気に十台……いや、二十台、三十台とどんどん数が膨れあがっていき――アメリカ、イギリス大使館の双方、その上空で次々と撃ち落されていった。だが、それは明らかに異様な光景だった。まるでバッタやイナゴの大群が群がるようにしてアメリカとイギリスの大使館の建物へと落下していき、それらのドローンに搭載された爆弾が次から次へと爆発していった。


 こうして、五十~百台近くあるドローンがアメリカ・イギリスの大使館へと落下していった結果、そこを警護していた特殊部隊の隊員たちは全員、退避することを命じられた。何故ならこれらの無人機は明らかに自動操縦……つまり、今現在誰かがコントローラー等によって動かしているのではなく、目的地がこのふたつの大使館に設定されており、それが次から次へと爆発するということになっていたからである。


 銃器等により攻撃すればその瞬間に爆発する上――飛び散った機体の破片で負傷する人間が出るかもしれず、ふたつの大使館が爆発物によって潰れ、その際に起きる火災のために、すぐ消防隊が呼ばれた。特殊部隊が無駄にドローンを攻撃したことで負傷した者が四名いたという以外、人的被害は最小限で済んだものの、アメリカとイギリスの大使館はそれぞれ、建て直すことを余儀なくされたというわけである。


「参ったな……一体どうなってる」


 ギルバートが無意識のうちにもそうつぶやくと、冷静さを取り戻したルークが言った。


「通常、軍用でないドローンの飛行距離というのは直線で二キロからせいぜいでも2.5キロも飛ばせるかどうかといったところですよ。わたしは以前空軍で、無人機の操縦をシュミレートさせてもらったことがありますが……要領としては同じことなんじゃないでしょうか。目的地をセットさえしてしまえば、あとはそこまでドローンは自動的に飛行していくんです。実際、これは大変なことですよ。しかも犯人はこれを<テストケース>と呼んでいるんですから……こうしたドローンに生物兵器を搭載したとしたら、もしかしたら簡単にひとつの都市を破壊できるかもしれません」


(いや、できるかもしれないではなく、出来るでしょう)とルークは思ったが、あえて言い直しはしなかった。


「どこかのイスラム過激派組織が犯行声明でも表明してくれればいいが……もしどこの誰がこんな大それたことを行ったのかもわからないとしたら、大変なことだぞ」


「そのあたりは大丈夫でしょう」と、ルークは落ち着くために緑茶を飲みながら言った。「どこのイスラム過激派組織が今回のテロを行ったのかわからなかったとしても……とにかく『ある』イスラム過激派組織がこのような恐ろしいテロを行ったということにしておけば、世間は十分納得します。本部長が心配しているタウンゼントセンター長の首が飛ぶこともなければ、リグビー長官が辞任に追い込まれることもない。ですが、本部長が今何をお考えなのかはわたしにもわかります」


「どうもな……アメリカとイギリスの大使館を同時に、というのがどうにも俺の気になるところなんだ。俺たちはジム・クロウを捕え尋問し、次にクリス・メイソンのことも同じようにした。つまり、<ジェネラル>の計画を二度邪魔したということだ。これがその報復ということでなければいいと思っている。だが、俺はこの背後に<ジェネラル>というのか、彼の率いる<悪のエリート>と呼ばれる組織が存在しているような気がしてならない」


 これは、あくまでギルバートの諜報員として勘だった。そしてこの自分の勘が外れていて欲しいと願いつつ、こうした種類の悪い予感というのはよく当たるものだとも思っていたのである。


「そうですね。今回のテロの捜査に我々が直接関わったりは出来ないでしょうが……まずはあのドローンを映像等から3Dによってでも復元できないものかと思います。大使館に墜落したものは証拠を残すでもなく完全に爆発しているようですし、銃器で攻撃したものは破片が飛んだ程度のように見えましたから――あのダークグリーンのドローンがどう改造されたかの設計図でも引ければと思います。あとは、同タイプのものをどこかの軍事企業で研究・生産してなかったかどうか……」


 イラク戦争以後、無人偵察機や無人機による攻撃兵器の開発が、以前以上にどこの軍事企業でも活発になった。とすれば、ドローン自体は一般人にも手に入る代物だが、そこまでの高度な性能を持つくらいの飛行物をあれほど大量に作れるとすれば――ほぼ間違いなくどこかの軍事企業が手を貸している、あるいはそこから情報を盗んだ者が資金力のあるスポンサーを得て似たもの、あるいは同じものを造ったという可能性がある。


「まだ夜中の三時半か……まずはロドニーがブラックバイパー社に出勤する前に、一度連絡を取っておこう。ブラックバイパー社ではああした無人機についてどういったものを造っているのか、また、結局のところカンバーバッチ社やエドマンド社にも、USISの潜入職員がいるからな。その線について我々のほうでも追ってみるということにしよう」


 今、このような大事件が起きてみると、何故自分はこの二か月もの間ぼんやりと休暇など取れたのかと、ギルバートはそのことが悔やまれた。アメリカとイギリスの大使館はふたつとも、屋根も壁も何もかもが崩れ、激しく炎を上げている……何台もの消防車がそのまわりを囲って放水しているが、鎮火するまでにはまだまだ時間がかかるに違いない。


 ――こののち、ニュースを見たディランとトミーからもそれぞれ連絡があり、彼らも出勤時刻前にUSISへと駆けつけていた。もちろん、だからとてギルバートやルーク同様、彼らにも何か具体的に出来ることがあるというわけではない。それでも、USIS職員の誇りにかけて、せめてもそうせずにはいられなかったということだ。


「ロドニーと連絡を取ってみたところ、当然ブラックバイパー社でも無人機の開発は行っているということだった。無人航空機――たとえば、アメリカ軍のプレデターに当たるようなものはブラックバイパー社だけでなく、カンバーバッチ社、エドマンド社などでも盛んに開発が行われており、ああしたドローンと同タイプのものを開発するのはお手のものだろうということだった」


 トミーとディラン、それにルークと全員が揃うと、その前までに得ていた情報をギルバートは説明した。他に、カンバーバッチ社やエドマンド社に潜入しているUSIS職員とコンタクトを取ってもよかったのだが、ああしたドローンを造るのは軍事企業にとっては簡単なことだ……とわかっただけでも、とりあえず十分だった。


「もしいるとすれば、どこの軍需企業が今回のテロのバックにいて協力していると思う?」


 トミーはテレビのニュース画面を見ながら、指の上でペンを回して言った。今日はもう朝から、どこのチャンネルもこの事件で持ちきりだった。


「もちろん、俺たちに調べのつくようなことは」と、ディラン。「対テロ・センターがすぐにも情報を掴むさ」


 ルークはホワイトボードに<ブラックバイパー社>、<カンバーバッチ社>、<エドマンド社>、<べレスフォード社>、<ブラッドナー社>……それに、アメリカの軍事企業の名前も五つほど書いた。


「まあ、今回のテロを起こしたことが内部からのリークでわかるような間抜けな真似は向こうもしてないでしょうが……この内のどこかの軍事企業が隠れ蓑になっている可能性は高いのではないでしょうか」


「ルークに同意だ」と、ギルバート。「もっとも、そのあたりのことは俺たちが調べなくても、対テロ・センターのほうで徹底的に調べ尽くすだろう。ただ、俺にはひとつ気になってることがあるんだ」


 三人から同時に視線で促され、ギルバートは先を続けた。


「つまり、今回の事件に近いようなことは……いずれ、テロ組織のほうでも同じ手法を考えついていただろう。何分、イスラム過激派組織には大学で専門知識を学んだ優秀な人間がたくさんいるからな。しかも奴らはそうした種類のテロ資金には困っていない。表向きは親米派を気どりつつ、その実裏ではテロ組織に資金を流しているアラブ系の企業家などたくさんいる……つまり、これは宣戦布告文にあったとおり、<テストケース>ということさ。いずれ、テロ組織が同じような事件を起こしたらおまえらはどうするつもりなんだという。そういう意味で、アメリカやイギリスなどでよりも、ユトランドでのほうが向こうには事件が起こしやすかったという部分が間違いなくある」


「じゃあ、ギルバートはやっぱりこの背後に<ジェネラル>がいるって考えてるってことか?」


「用は可能性の問題さ」と、ディランがギルバートに代わってトミーに答える。「あのテロに使われたドローンのことについては、対テロ・センターで俺たちが調べられる以上のことを徹底的に調査するだろう。だが、俺たちが同じ角度からこのテロ事件のことを追っても仕方がない。ギルバートが言っているのは、もし<ジェネラル>がその背後にいた場合、どういった可能性が考えられるかっていう、そういうことだろ?」


「そうですね」と、ルーク。「わたしは専門家ではありませんが、ああしたドローンによるテロの防止策としては……おそらく、誘導電波をハッキングしてこちらのコントロール下に置くといった方策が考えられるんじゃないでしょうか?ですが、今回のテロでむしろ、イスラム過激派組織などにも自分たちも同じようにすればいいというヒントを与えてしまったような気がするのですが、そのあたり、<ジェネラル>や彼の率いる組織の幹部らはどう考えているのでしょうな」


「もちろん、あいつらが何を考えているのかなんて、俺にもわからんさ」と、ギルバートは笑って続ける。「だが、ジム・クロウやクリス・メイソンとの接触の仕方を見て……何かわかった気がするんだ。<ジェネラル>はおそらく、俺たちと同じく正義の力なぞ信じちゃいない。そんな不確かなものはマスコミの報道の仕方次第によって、あるいは人の見方によってコロコロ変わる程度のものでしかないからな。だが、<大儀>、あるいは<道義>の力といったものについては、我々同様<ジェネラル>も信じているんだろう。彼はかなりの偏屈者といっていいんだろうな、おそらくは。極めてわかりにくいが、世界を裏からコントロールすることで良くしようというのだろうか。とりあえず、彼が動く動機はそうした種類の何かだということだ。そしてそう仮定した場合、今回のテロ事件にも納得できるようなところがあると思わないか?」


 もちろん、ここまでの説明ですでに、トミーもディランもルークも、<ジェネラル>と<悪のエリート>という犯罪組織が今回のテロ事件に絡んでいた場合……どういった動機によって彼らが行動したのを十分理解していた。けれど一応、ギルバートはこのユニットの責任者として最後まで話を続けることにする。


「彼らには彼らで、USIS、あるいはアメリカのCIAやイギリスのMI6でも掴めない、裏のルートがあるんだろう。そこから掴んだ情報として、イスラム過激派らのテロ行為が今以上に一歩進んでさらに洗練されたものになった場合……どう対応するつもりなのかと、言うなれば我々に宿題を課したということだな」


「この話、ビルにはもう話したのか?」


 トミーはギルバートほどではなかったが、ビル・タウンゼントとはそれなりに親しかった。同期入庁ではなかったにせよ、ケースオフィサーになるための訓練を、同じ訓練センターで受けたりしたことがあったからだ。


「いや、まだだ」と、溜息を着いてギルバート。「今はまだビルのほうでも忙しいだろうからな。それに、俺たちのほうで<ジェネラル>という人物が背後にいるという確実な裏を取ったというわけでもない。まあ、俺とあいつとは見知った仲という奴だが、これで対テロ・センター長が大して親しい奴でもなんでもなかったら――70%か80%以上くらいの確実な情報でも掴んでいない限りは、こんな話は絶対せんさ。ま、そのうち飲みにいったら、飲みついでの与太話として伝えるといった程度のことだな」


 ここで何故か、ディランとトミーが同時にブッと吹きだすようにして笑う。


「そういやギルバート、ビルに『左遷された』って言われたんだって?」


 こう見えて意外に笑い上戸なディランは、くっくと喉まで鳴らして笑っている。


「だよなあ。しかも左遷された先が<悪のエリート対策本部>だぜ?俺たち完璧なUSISの窓際族って奴だろ」


 トミーのこの言葉には、ルークとギルバートも大笑いした。そして、笑いが一度収まったあたりで、再び真剣な最初の議題へと戻る。


「それじゃ、まずはブラックバイパー社の開発部にはロドニーがいるから……」と、ギルバートが指示をだす。「といっても、同じ開発部でも、ロドニーがいるのは戦闘機の新型エンジンについて開発する部門ということだったからな。無人機を開発している部門というのは、同じ開発部でもまったく別の部門ということで、調べるには時間がかかるということだった。他に、カンバーバッチ社やエドマンド社の潜入職員とも接触して、そのあたりのことから順に当たってみるとしよう」


 こうして、トミーとディランはユトランド共和国の軍事企業に潜入している職員と順に接触し、ルークはいわゆるオープンソース――アメリカ・イギリス大使館同時爆破事件について、今まで報道されたことをネットも含めてまとめるということになる。そして最後にギルバートは、「ちょっと心当たりのあることがある」と意味深なことを言って外出したのだった。


 実をいうとギルバートが向かったのは、サラ・ハリントンのところだった。といっても、何もギルバートは彼女にプロポーズを断られたショックのあまり、仕事が手につかなかったとか、そうしたことでサラの元へ向かっていたのではなかった。どのみち、彼女には自分が秘密情報庁に勤務しているとバラしてしまったのだ。それなら、今度は堂々と正面切って、軍需企業の大株主であるサラに聞きたいことがあったのである。




 >>続く。








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