逮捕
マルコは店の入り口のところに立ち、血走った目で俺とミシェルを見つめている。
「ヤハギさん、ティッティー様の身柄を開放してください」
「マルコ……」
「お願いします、ティッティー様を見逃してください! さもないと俺は……。頼みます、ヤハギさんを傷つけたくありません」
そこまでティッティーのことを大切に思っているのか……。
「貴方こそさがりなさいっ! ユウスケに手を出したら承知しないわよ!」
激高したミシェルが前に出たけど、俺はその肩に手をおいてなだめた。
「ミシェル、待ってくれ」
マルコが腕を上げたと言っても、まだまだミシェルの足元にも及ばないのだ。
ここはなんとか話し合いで決着をつけたいと考えていると、奥座敷からティッティーの金切り声が聞こえてきた。
「マルコに手を出さないでっ! こいつなんか、なんの関係もないんだから。こいつは私に利用されていただけの、ただの間抜けよ。マルコ、捕まるのが嫌ならさっさと逃げなさい。こんなところにいたってなんにもならないわよっ!」
あの、ティッティーがマルコをかばった!?
「ティッティー様、俺はどこにも行きません。絶対に貴方を逃がしてみせます!」
「バカっ! アンタなんかにいられたら鬱陶しいのよ!」
そう叫ぶと、ティッティーはいくぶん声のトーンを落とした。
「どうせ私は見せしめに殺されるわ……。それは身から出た錆だからもう諦めている。でもさ、アンタは別に悪いことをしたわけじゃないの。アンタの罪は、最低の悪女にたぶらかされたってだけなんだから」
「ティッティー様は悪女なんかじゃありません! 俺は未来に希望なんてなんにもないような生活をしていました。でも、あなたと知り合ってからは、毎日がキラキラと輝いているんです。楽しくて、充実して、幸せで仕方がないんですよ!」
「バカな子……。いいから貯めたお金で外国へ逃げなさい。そこでアンタにお似合いの田舎娘でもつかまえて、幸せに暮らせばいいのよ。アンタみたいなつまらない奴にはそういうのが合っているのよ」
最後の方は少しだけ涙声になっていた。
ミシェルはティッティーたちの会話を聞きながら首をかしげている。
「どういうこと? ティッティーは本気でマルコを?」
「たぶん、そうなんじゃないかな」
「たとえそうであっても、ティッティーなら自分が助かる道を選択するはずよ。マルコだけを逃がそうなんて、するはずないわ」
「それは大天使ルナディアンの『浄化の光翼』を浴びたせいかもしれないな」
ティッティーは俺たちに向かって話しかけてきた。
「ミシェル、殺したければ私を殺しなさい。国王に突き出すのだってかまわないわ。その代わりマルコは行かせてあげて」
ミシェルが黙っていたので、代わりに俺が答える。
「マルコは友だちだ。官憲に渡すつもりなんてないさ」
「そう、だったら早く私を突き出しなさい。まあ、そのときは国王を篭絡して、もう一度王妃に返り咲いてやりますけどね。後でほえ面かいても知らないんだからっ!」
ティッティーは唾を飛ばしながら、俺たちに食って掛かった。
ミシェルはまた首をかしげた。
「ねえ、『浄化の光翼』って、すべての悪心を消滅させる聖なる光よね。その割に言っていることがひどくない?」
「たしかに……あっ、そうか!」
「どうしたの?」
「いやね、大天使ルナディアンは途中で送還されちゃったんだよ。ほら、モンスターカードで召喚されると、活動時間は三分だけだから」
瞬間移動とかもしてもらっているから、ティッティーを完全に浄化しきる前に帰ってしまったのだろう。
「つまり、目の前にいるのは、不完全に善人になったティッティーってことなのね?」
「そういうことになるな」
裏を返せば善なる心をもつ悪人ともいえる。
まあそれは、いわゆる普通の人間ってことだよね。
もういちど大天使ルナディアンを呼び出せば悪い心を完全に消し去れそうだけど、SSSRのカードなんて二度と出ないかもしれない。
それに、そんな聖女みたいなティッティーはどうかな、って気もする。
マルコがまた一歩前に出た。
その手から伝説の釘バットがぽとりと落ちる。
「お願いします、ヤハギさん。ティッティー様を見逃してあげてください!」
マルコの気持ちは汲んでやりたい。
だけど、それはもうできないことのようだ。
「無理だよ、マルコ。ほら……」
ヤハギ温泉の入り口に騎士の一団が現れた。
先頭を歩いて来るのは国王の愛人でもある女将軍だ。
タイミングが良すぎるところを見ると、ティッティーは泳がされていたのかもしれないな……。
「クッ……!」
マルコは伝説の釘バットを拾い上げた。
まさか、騎士団とやり合おうっていうんじゃないだろうな?
「よせっ!」
俺より先にミシェルが動き、マルコの首筋を掴んでなにがしかの魔法を使っていた。
マルコは音もなく床に膝をつき、その場に昏倒してしまう。
「ティッティー様……を……しあわせ……に…………」
俺はマルコの近くに跪いてそっと囁いた。
「国王に直談判して必ず何とかしてみせる。ティッティーは殺させないから、今は大人しくしていてくれ」
店に騎士たちが乗り込んできたけど、縛られたティッティーを見て満足そうに頷いていた。
「立て、前王妃ティッティー。貴様を逮捕する」
手枷をつけられたティッティーは兵士たちに引っ張られていくが、ミシェルの前で立ち止まった。
でも、ミシェルと視線は合わせない。
「ミシェル……、マルコを助けてくれてありがとう」
「貴女のためじゃないわ」
「そうね。それと、ごめんなさい」
「ごめんなさい?」
「これまでのこと全部ひっくるめて謝っておくわ。たぶん、近いうちに死んじゃうでしょうからね」
ミシェルは何も言わなかった。
「ヤハギ」
「なんだよ?」
「マルコのことをお願い。頼めた義理じゃないことはわかっているけど、私の後を追わないように、元気が出る駄菓子でも食べさせてやって」
「ああ、わかった」
「マルコと食べた貴方のところのお菓子……とても美味しかったわ……」
ティッティーは堂々と胸を張り、まっすぐ前を向いて引っ張られていった。
このお話が面白かったら、感想やブックマーク、★での応援をお願いします!




