シールを張れば
細い銀の月が冬の夜空に冷え冷えとした光を放っている。
昼間は露店や冒険者で賑わうダンジョン前広場も今はひっそりとして、物音を立てる者は誰もいない。
ミシェルと二人で階段前まで進むとメルルとミラが待っていた。
「マルコは?」
「まだだよ。お屋敷での仕事が長引いているのかもね」
遅くまで働かされて、さらに夜のダンジョンへ挑もうというのだから、愛の深さに頭が下がる。
俺だったら疲れ果てて動けなくなっているかもしれない。
マルコが愛する人というのはそんなに魅力的な女性なのだろうか?
ちょっと興味が湧いてきた。
「どんな人なんだろうな、マルコの想い人は」
「そりゃあ綺麗な人なんじゃない? あれだけ必死なんだから」
綺麗なだけで命をかけられるのか?
「優しくて聖女のような人だとも言っていましたね」
ミラが補足してくれた。
「なるほど顔がよくて性格もよろしければマルコが入れあげるのも無理はないか」
そう思ったのだけど、ミシェルは首をかしげている。
「わからないわよ。ひょっとしたらとんでもない悪女がマルコのことを騙しているのかもしれないじゃない」
「なんのために?」
「それはわからないけど、美人でスタイルがよくて、聖女みたいな人なんているのかしら? それに、私がその奥様と同じ立場だったとしても、ユウスケを危険なダンジョンに遣るなんてことはしないわ。心配で胸が張り裂けそうだもん」
束縛は強いけど、ミシェルは情が深いからな……。
「言われてみればその通りだけど、二人で駆け落ちするためには、他に手がないからなんじゃないかなあ」
旦那が横暴で奥様の自由になる金がまったくないことも考えられる。
「だったら屋敷の物でもなんでも売り飛ばして、逃亡資金を作ればいいのよ。私だったらそうするわ。ユウスケを危険な目に遭わせるなんて絶対しないもん!」
「ミシェルが俺を大切にしてくれていることは知っているって。まあ、そんなに興奮するなよ」
ミシェルは感情を真っ直ぐに表現してくるから照れてしまうのだ。
メルルやミラもいるんだからもう少し自重してほしい。
お礼の言葉を言うのも恥ずかしかったので、俺は黙って自分のマフラーをミシェルの首にかけた。
これで俺の気持ちが届いてくれればいいんだけど……。
「ユウスケの匂いがブツブツ……。ユウスケの愛に包まれてブツブツ……。死んでもユウスケをブツブツ……。もし浮気をしたら世界を滅ぼしてブツブツ……」
なんだかブツブツ言っているけど、いちおう気持ちはは伝わったのかな?
よかった、よかった……。
しばらく待っていると伝説の釘バットを下げたマルコがやってきた。
「遅くなってしまって申し訳ありません。ちょっと仕事が長引いてしまったもので」
「気にすんなよ。それより飯は食ったのか?」
「いえ、急いできたので……」
そんなことだろうと思った。
「ほら、とりあえずこれを食べなよ。空腹よりはマシだろう?」
俺はみんなにカレーせんべいを配った。
これはスタミナを回復してくれるうえ、体が温かくなるというお菓子だ。
この世界に来たばかりの頃は、俺だって何度食べたか数えきれない。
みんなでカレーせんべいを食べてからダンジョンに突入した。
夜のダンジョンはうすい靄に包まれて、異様な雰囲気が漂っていた。
「普段より魔素瘴気が濃いわね。こんな夜はモンスターの出現率が高いわよ」
左右に油断なく目を配りながらミシェルが教えてくれる。
俺は八連発ピストルとロケット弾を左右の手に握りしめた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ、私のそばにいれば」
こんなときのミシェルは頼もしい。
武装はしているけど、基本的に俺とミシェルは後方でのバックアップだけだ。
狩りはマルコ、メルル、ミラの三人で行う。
そうしないと取り分が発生してしまうからね。
「行くよ」
前衛のメルルが盾を構えながら先頭を歩きだした。
その晩、最初に現れたモンスターはストーンゴーレムだった。
昼間の地下一階では見ることもない強力な敵だ。
普段は地下三階以下にいるとされている。
すかさずミラが風魔法のウィンドカッターを使ったけど、あまり効いていないようである。
「ストーンゴーレムとミラの魔法は相性が悪いのよ。ミラはスピードと連射が得意だけど、破壊力は低いから」
ミシェルが冷静に解説してくれた。
でも、その右手には魔力が集められていて、危ないときはすぐに助太刀できるように用意しているのだ。
なんだかんだでミシェルは優しい。
「攻撃は私が引き受ける。マルコは敵の後ろにまわって!」
剣を納め、盾を両手で構えたメルルがストーンゴーレムに突進した。
攻撃を捨てて、防御に全集中するつもりのようだ。
身体強化魔法の影響でメルルの全身が青く発光していた。
「メルルのおもいっきりの良さはいいわね。判断も早いから実戦のリーダーとしては有能だわ。作戦立案とかはダメダメだけど……」
行動計画とかはミラが立てているんだよなあ。
あの二人は互いを補い合ういいコンビなのだ。
背後にまわったマルコが釘バットでストーンゴーレムの背中をしたたかに打ち付けた。
岩塊がいくつか剥がれ落ちている。
ただ、一撃で倒せるほどストーンゴーレムは甘くない。
ミラとメルルが絶妙の牽制を入れて、その間にマルコが攻撃を繰り返し、六発目の打撃でようやく倒すことができた。
「うひゃひゃひゃひゃ、銀貨を六枚もドロップしたよ!」
戦闘の興奮が冷めやらないメルルがおかしな笑い声をあげている。
かなり危険ではあるけど、やっぱり儲けの額は大きいようだ。
順調に稼げれば深夜までには六万ゴールドくらいにはなるそうだ。
小規模な戦闘を二回ほどして、俺達は地下一階の中心部までやってきた。
「さて、この辺に店を出すとするよ。開店!」
念じると石壁の中に店舗が出現した。
窓も石の中に埋まっていて、露出しているのは入り口だけだ。
「ミシェルさんがいるから大丈夫だとは思いますが、扉をモンスターに壊されたりしませんか?」
ミラが心配してくれるけど、俺にはとっておきの品がある。
「こいつがあるから大丈夫さ」
商品名:ビックリマウンテンチョコ
説明 :気力と体力が回復するチョコレート菓子。
光vs闇のシール入り。
光のエンジェルと闇のデーモンのキャラクターが描かれたシール。
シールを張ると強力な結界が構成される。
結界の強さはキャラクターの強さに左右される。
値段 :30リム
「このシールを入り口に張っておけば魔物も入っては来られないさ」
「ビックリマウンテンのシールか! でもさ、夜のダンジョンだから並みのシールじゃ、結界を破られちゃうんじゃない?」
「甘いな、メルル。これを見ろ」
俺はキラキラとホロプリズムが輝くシールを差し出した。
「うわっ、ヘッドコロコロの激レアシールだ! これなら大丈夫だね!」
ヘッドコロコロは滅多にでない強力な光のキャラだ。
「これがあればモンスターも店の中まで入って来られないね。じゃあ、安心して行ってくるよ」
「ちょっと待て。結界を解くにはシールをはがさなくてはならないのだけど、それは張った人間にしかできない。もしもモンスターに追われていたら、俺が結界を解くのが間に合わないことも考えられるだろう?」
「たしかにね。光のシールの上から闇のシールを張れば結界を中和することもできるけど、ヘッドコロコロに対抗できるシールなんて……」
「これを持っていけ」
「うおおお、サンタマリアのシールじゃん! 本当にくれるのっ!?」
「やるとは言ってない。緊急事態のときに使うんだ」
「オッケ、オッケ!」
本当にわかっているのか?
「いよっし、そんじゃあ夜の狩りへといってみよう!」
元気に歩き出したメルルたちの後姿を見送ってから、扉のところにシールを張った。
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