チョコどら
売り上げは伸びたけど無駄遣いができるほどの余裕はまだない。
ということで、今夜も俺は安心の宿ボッタクーロに宿泊だ。
「また来たのかい?」
三泊目ともなると女将さんの態度は少しだけ柔らかくなった。
「今日もお願いします」
「連泊するなら割引が効くよ。五日で3500リム」
一日につき150リムだけ安くなるわけか。
もう少しいい宿屋に移りたいけど、まだまだ贅沢は敵だ。
食費との兼ね合いもある。
満足に食べるためには、しばらくはボッタクーロの世話になるしかない。
「無理にとは言わないけどさ」
「いえ、お願いします」
前金で3500リムを支払った。
「それとアンタの隣の部屋だけどね……」
ぶっきらぼうの女将さんがどういうわけか言いよどむ。
「なにかあったのですか?」
「今夜はかなりヤバい人だから気をつけな……」
「ひょっとして、犯罪者とか?」
ボッタクーロってその手のやつが潜伏するのにもってこいの宿だからね。
だけど、おかみさんは太い首を横に振った。
「そんな生易しいもんじゃない。隣にいるのは死神と呼ばれている男さ。証拠はないけどこれまで何人も奴に殺されているって噂だよ」
なにそれ怖い!
「官憲はどうしてそんな奴を野放しに?」
「アンタはなんにも知らないんだねえ……。ちょっと待ってな」
退屈していたのか女将さんはお茶を淹れてくれた。
ほうじ茶と紅茶の中間みたいな味のするお茶だ。
ご馳走になるばかりでは悪いので俺も天秤屋台を出してお菓子を取り出す。
商品名:チョコどら
説明:チョコレートクリームを挟んだ一口サイズのどら焼きが二個入っています。
分けて食べると親密度アップ。お友だちとさらに仲良くなれるでしょう。食べさせ過ぎ、悪用は厳禁です!
値段:30リム
女将さんを口説きたいわけじゃないけど、二人で食べるのにちょうどよかったのでこれをチョイスした。
親密になりすぎないよね?
ちょっと怖い。
「よかったら食べてください。私が扱っているお菓子です」
「あら、悪いわね」
女将さんはチョコどらをポーンと口に放り込む。
「美味しいじゃないか! アンタ、こんなもんを商っていたんだね。1個いくら?」
「30リムです」
「安いじゃない! 10個売っておくれよ」
思わぬところで商売になった。
俺も自分の分のチョコどらを食べてお茶を一口すすった。
「それで、どうして官憲は犯罪者を野放しにしているんですか?」
「ああ、その話だったね」
女将さんは買ったばかりのチョコどらの封を切って、新たにモグモグと食べ始めた。
当然一人で食べるようだ。
これ以上一緒に食べたら恋人になってしまうかもしれない。
女将さんに伴侶がいれば不倫関係だ。
そんなのはごめんなので俺は黙ってお茶をすする。
「この国が戦争をしているのは知っているだろう?」
初耳だったが俺はあいまいに頷いておく。
「優秀な将軍や兵士はみんな国境に出払っているのさ。それに加えて王様の呪いがあるじゃないか」
「呪いってなんですか?」
「アンタはそれも知らないのかい?」
「この地にやってきてまだ数日なんですよ」
「それじゃあ仕方がないか。王様はかつて婚約者がいたんだ。ミシェルっていう名前の高名な魔女だったんだけど、ある日を境に婚約破棄になっちまったのさ」
「どうしてですか?」
「王様が今のお妃様を好きになってしまったからさ。ひどい話さね。お妃様は男を虜にするような妖艶な女だから、王様もその魅力には抗えなかったんだろうねえ。まったく、男ってやつは……」
「それで、怒った魔女が呪いをかけたんですね」
「ああ、噂によると王様はベッドから出られないほど具合が悪いらしい。肌なんか魚の鱗のようになっているんだとさ」
粉末ジュース(ぶどう味)程度じゃ治せない類の呪いだな。
「王様が政務を離れてから、この町の治安は悪くなる一方だよ。少々怪しいやつがいても捜査なんてしないんだ」
それで死神は野放しか……。
「魔女はどうなったのですか?」
「魔女はダンジョンの奥に逃げ込んじまったらしいね。高ランクの冒険者が目の色を変えてダンジョンに潜るのはそのためなのさ」
呪いを解くためには魔女を捕まえなければならない。
冒険者たちはモンスターを狩るのも仕事だけど、最終的な目標は魔女の捕縛にあるそうだ。
魔女には1億リムの賞金が掛けられているという話だった。
一方的な婚約破棄か……。
「なんだかミシェルという魔女がかわいそうですね」
そう言うと、女将さんは意外そうな顔で俺を見つめた。
「まあねえ。でも、そんなことはこの町で言わない方がいい。兵士は犯罪者を野放しにするくせに、王家の悪口を言う者は片っ端から捕まえるからね」
密告なんてされたらたいへんなわけだ。
俺はお茶のお礼を言って自分の部屋に戻ることにした。
「ごちそうさまでした」
「ああ、隣の部屋の男にはくれぐれも気を付けるんだよ。絶対に部屋を覗いたりしちゃだめだからね」
「あの、部屋を変えてもらうことはできませんか?」
「あいにく満室でね」
ようやくこの世界に馴染んできたばかりだ。
俺はまだ死にたくない。
1デシベルの音も立たないよう、ゆっくりと階段を上がった。
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