ヤハギセットA
駄菓子のヤハギは地下二階のヤハギ温泉にある。
ここまで無事に来られたと言うからには、マルコにも多少の武芸の心得はあるのだろう。
「マルコさん、戦闘経験はどれくらいありますか?」
「兵役で二年ほど訓練を受けました。あ、でも実戦経験はありません」
「実戦経験がない? よくここまでたどり着きましたね」
「早朝に他の冒険者の後をついてきましたから。みなさんが温泉に来たので、私も迷わずに来られました」
つまり、朝の通勤ラッシュに紛れてここまでやってきてしまったんだな。
「モンスターとの戦闘は?」
「ジャイアントワームを一体」
マルコが小さく胸を張った。
おいおい、それくらいなら俺でも狩れるレベルだぞ。
まずいな、これはド新人がベテランの後ろをついてきて、うっかり地下三階まで来てしまったという状況だ。
「マルコさん、帰り道はわかりますか?」
聞いた途端にマルコの顔色が青くなった。
「いえ、まあ……なんとなくは……」
ため息をつきたくなるのをこらえて、ダンジョンの地図を渡した。
「これは……?」
「うちで取り扱っているダンジョンマップですよ。地下一階と二階の分は無料配布なので持っていってください」
「あ、ありがとうございます!」
マルコは深々と頭を下げてお礼を言ってから地図を確認しだした。
アーミーアントが出現しそうな場所を確認しているのだろう。
「それで地上まで一人で戻れそうですか?」
「はい、これさえあればなんとかなりそうです。ご親切にありがとうございます」
複雑な道じゃないから、地図があれば何とかなるかな。
「それでは気を付けていってらっしゃい。ですが、行く前にお勧めしたい商品があるのですが」
「なんでしょう?」
「こちらを見てください」
商品名:ヤハギセットA
説明 :駄菓子の詰め合わせ。人気の商品が一つの袋に入っている。
10リムガム、大玉キャンディー、モロッコグルト、カルパサ、
チョコレートバット、うめえ棒、レタス太郎が入っている。
値段 :100リム
こちらはポーター限定で発売している特別なセットだ。
お金のないポーターのために少しだけ安くなっている。
ちなみにヤハギセットBはチョコレートバットがジャンボカツに入れ替わる。
チョコレートバットは体力を回復してくれるからポーターにはありがたい存在だ。
また、ジャンボカツは三秒だけとはいえパワーブーストが使える。
戦闘力の低いポーターでもモンスターを狩れるチャンスが訪れるのだ。
「この袋には役に立つお菓子ばかりが入っているんですよ。本当はポーターにしか売らないのですが、良かったら買っていきませんか?」
俺は一つ一つのお菓子の効能を説明した。
「素晴らしいですね。ぜひ一つください」
ヤハギセットを買うと、マルコはさっそく大玉キャンディーを口に入れていた。
これで素早さが上がる。
モンスターに出会っても即死ということはないだろう。
「気を付けて行ってくださいね。温泉を出たら最初の分岐は左ですよ。左、右、左の順に行けば、後は道なりですから」
「ありがとうございます。本当にお世話になりました」
去っていくマルコの後姿を見送りながら、なんとか生き延びてほしいと切に願った。
◆
ちょうど日付が変わるころ、ティッティーの部屋にマルコが忍んできた。
「ああ、よかった。今日は姿が見えないからとても心配したのよ」
ティッティーは両手を胸の前で組んで安堵したそぶりを作る。
それだけでゆったりとした部屋着から妖艶なオーラが立ち上るかのようだった。
「仕事が休みだったのでダンジョンへ行ってきたのです。これをどうぞ」
マルコが差し出してきたのは小さな革の財布である。
中を確認すると5600リムが入っていた。
これしかないの?
ティッティーは心の中で舌打ちする。
変装用の服を買う金、関所を守る兵士に渡す賄賂、逃亡先での生活費、こんなものではとても足りない。
どうせ篭絡するならもう少しましな男を選べばよかったとティッティーは後悔したが、表情には出さなかった。
「ありがとう、マルコ。貴方にばかり苦労をかけるわね」
「何を言っているのですか。ティッティー様のためなら私は……」
「もう、また忘れてしまったの? ティッティー様じゃなくて、ただのティッティーと呼んでと言ったでしょう」
「う、うん……」
ティッティーは透き通るような白い手でマルコの荒れた手を取った。
「もう少しお金が貯まれば二人の未来が開けるはずよ。辛いけど一緒に頑張りましょう」
「うん。ウッ……」
マルコは顔を歪めて腕を抑えた。
「どうしたの?」
「モンスターとの戦闘でケガをしてしまったんだ」
「見せて」
シャツをめくると、マルコの左腕には血で汚れた包帯が巻かれていた。
「たいしたことないよ。血は止まっているから……」
「バカなこと言わないで」
ティッティーはすぐに治癒魔法を展開した。
(これでも自分のオモチャは大切にするほうなのよ。用が済めば捨てるけどね)
ティッティーに魔法をかけてもらい、マルコは天国にいるかのようにうっとりとしている。
このように優しくされるのならたとえダンジョンで死んだってかまわないと思えるほどだ。
「さあ、これでいいわ。あんまり無理はしないでね」
「大丈夫だよ。今日も親切な商人に助けてもらったんだ」
「それはよかったわね。なんという方かしら? 私の未来の旦那様を助けてくださったのは」
ティッティーの言葉にマルコの頭は蒸発しそうにのぼせていく。
「た、たしか……えーと……ヤギーさんだったかな……」
「うふふ、ヤギさんでもヒツジさんでも、どちらでもいいわ。感謝しないといけないわね」
ティッティーは矢作祐介を憎んでいたが、彼がダンジョンで駄菓子屋をしていることまでは知らない。
初対面で「ブス」と罵られたあげく、すぐに投獄されてしまったからだ。
いっそその商人から金を盗んできてくれればいいのだけど、マルコにそこまでさせるのはまだ無理か。
マルコに体を許して、子どもができたことにすれば……。
真面目なマルコも、赤ん坊のためなら強盗だってやってくれるかもしれない。
いや、こんなぼんくらに私を抱かせる?
そんなのはプライドが許さないわ……。
やっぱり考えることがブスなティッティーだった。
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