さっちゃんイカで一攫千金
秋もすっかり深まり、朝晩の冷え込みがきつくなっている。
異世界に吹く風も冷たく、木枯らしは俺の骨身に染みた。
「ゲホッ、ゲホッ!」
油断していて風邪をひいてしまった。
秋冬用の寝具を買い忘れていたのが敗因だ。
熱はたいしてないのだけど、頭が痛くて体がだるい。
ということで本日は店を休んだ。
「はい、おかゆができたわよ」
メイド服姿のミシェルが寝室へと入ってきた。
黒い服に白いエプロンがまぶしい。
動きやすいように髪をアップにまとめていて、それが俺のツボに入っている。
ミシェルはダンジョンに姿を現さなかった俺を心配してやってきてくれたのだ。
しかも、俺が風邪でダウンしていると知って、わざわざメイド服に着替えるために帰ったらしい。
「さっきから気になっていたんだけど、どうしてメイド服?」
「献身的な看病をしたいんだもん……。ご奉仕的な奴? だから形から入ろうと思って……」
それは大変ありがたい。
ありがたいんだけどさ……。
「できれば治癒魔法で風邪を治してもらえないか?」
「それはダメ」
「なんで!?」
「看病したいから……。はい、お熱を測りましょうね」
ミシェルは真っ赤になりながらおでことおでこをくっつける。
「熱っ! 俺よりミシェルの方が熱が高いんじゃないのか?」
「顔が近くて……」
キスとはまた別の緊張感があるらしい。
「さあ、おかゆを食べましょうね。食べ終わったら汗を拭きますよ。はい、アーン」
三十分くらいミシェルの看病ごっこに付き合ってから治癒魔法をかけてもらった。
本当は半日くらい面倒を見たかったそうだけど、苦しんでいる俺を見て考えを変えてくれたようだ。
それから寝具を買いに街へと出かけた。
もちろんミシェルも一緒だ。
予定外のデートだったけど、俺たちは楽しい休日を過ごした。
◇
昨日は休んでしまったので、俺は張り切ってダンジョンに来ている。
新調した羽根布団は使い心地がよく、ぐっすりと眠ることができた。
体調は万全だ。
羽根布団はこの世界ではかなりの高級品になるのだけど、俺ってばまあまあ金持ちなんだよね。
それはそうか。
仕入れの対価は俺の魔力なのだから、売り上げはほぼすべて純利益だ。
おかげでベテラン冒険者くらいは稼げている。
「おはよう、ヤハギさん。昨日はどうして来なかったんだい? ミシェルの姉さんが大騒ぎしていたぜ」
今朝いちばんのお客は常連のガルムたちだった。
「季節の変わり目で風邪をひいてしまったんだ。みんなも気をつけろよ」
「そういうことか。具合はもういいのかい?」
「ミシェルが治癒魔法をかけてくれたからな」
そう言うとガルムはうらやましそうな顔をした。
「いいなあ、ヤハギさんは。俺たちが治癒師にかかったら一回3000リムは確実に取られるんだぜ」
健康保険なんてない世界だもんな。
異世界では病人の十割負担が当たり前。
風邪くらいで治癒師にかかる庶民はほとんどいないそうだ。
「ところで、ヤハギさん。睡眠状態を回復してくれるお菓子ってないか?」
「睡眠状態を?」
「そろそろ金蛙の季節だから俺たちも行ってみようと思ってさ」
「ガルムたちも一攫千金を狙っているんだな」
「そういうこと」
金蛙は百分の一の確率で金貨を落とすのだ。
「でもさ、それと睡眠がどう関係あるんだ?」
「金蛙のげっぷを吸い込むと昏迷状態になってしまうんだよ」
蛙のげっぷかぁ……、絶対に吸い込みたくないな。
俺は棚の隅から小さな小袋に分けられた酢漬けの裂きイカを取り出した。
商品名:さっちゃんイカ
説明 :酢漬けの裂きイカ。口に含むとどんなに深く眠っていても目が覚める。
値段 :50リム
好みは分かれると思うけど、この酸っぱさが味のアクセントだ。
好きな人にはたまらないんだよね。
これをつまみに酒を飲むのがいいというベテラン冒険者もいるくらいなのだ。
ガルムたちはさっちゃんイカを一袋買って金蛙討伐へと出かけていった。
そこへ入れ替わりにやってきたのはミシェルだ。
普段は魔法使いのローブを着ているのだけど、今日はやけに薄着をしている。
黒のロングスカートに、上半身は白いブラウス一枚だけで、しかも半袖といういで立ちだ。
ずいぶんと季節に逆行したファッションだぞ。
「おいおい、そんな薄着だと俺みたいに風邪をひいてしまうぞ。まあ、ミシェルなら魔法で治せると思うけど、寒くないのか?」
「うん、実は風邪をひきたくて……」
「はっ?」
君は学校を休みたい小学生か?
「昨日はユウスケの看病を堪能したんだけどね、今度は看病される方を味わってみたくて……。ご飯を食べさせてもらったり、優しい言葉をかけてもらったり、汗を拭いてもらったり、着替えを手伝ってもらったり……」
俺はミシェルの額に手を当てた。
うん、熱はない。
うわごとを言っているわけではないようだ。
まともな状態で歪んだ欲望を吐露しているだけか……。
「寝言は寝ながら言えよな」
「寝言じゃないもん!」
「いーえ、寝言です」
俺は手元にあったさっちゃんイカの小袋をミシェルに渡した。
「それを食べて目を覚ましなさい」
ホントにね、健康がいちばんですよ。
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