キャンの剣は指し示す
薄暗くなるまで店を続け、またしてもモバイルフォースは完売してしまった。
この地でもモバイルフォースの人気は高い。
「ミシェルのおかげでよく売れたよ」
「私は別になにも……」
「子どもたちに動かし方のコツを教えたり、試合を受けたりしていただろう? 対戦相手全員をコテンパンにやっつけちゃったけど……」
手加減は下手なようだ。
建物の後ろに夕日は落ち、ケンプ広場は薄闇に覆われている。
子どもたちはとっくに家に帰り、祭りの前夜を楽しむ気の早い人々が酒場やレストランへ向かって歩き出している。
そろそろ店じまいの時刻だ。
「夕飯にはまだ早いから散歩をしながら帰ろうか?」
「うん」
ミシェルは体をモジモジさせて喜んでいる。
認識阻害のせいで、銀仮面をつけたごつい男が体をくねらせているようにしか見えない。
本当はかわいんだぞっ! 俺は声を大にして言いたいけど、それは叶わぬ願望だ。
見知らぬ土地へやってきたのだから手を繋いで街を歩くくらいはしてみたかった。
部屋に戻ると俺はぐったりとソファーに腰かけた。
商品はよく売れたので、なんだかんだで疲れていたのだ。
「ミシェルもマントを取って、仮面を外したら?」
その方がずっとくつろげるだろう。
「そうするけど……、ちょっと目を閉じていてもらってもいい?」
「いいけど、どうしたの?」
「少し楽な格好に着替えようかと思って」
「わかった」
俺は目をつむり、両の掌で顔を覆う。
指の間から着替えを覗き見ようだなんて考えていないぞ。
誘惑はあるけど俺は負けない。
ガタゴトとスーツケースの蓋を開ける音がしてから、シュルシュルと衣擦れの音が聞こえてきた。
きっと今頃服を脱いでいるのだろう……。
ふと、初めてミシェルの素顔を見た日のことを思い出す。
素顔だけじゃなくて裸も見てしまったんだよな。
思わず顔が熱くなった。
「そろそろいいか?」
「まだ! もうちょっと待って」
ミシェルの足音がパタパタとバスルームの方へ遠のいていく。
俺は目をつぶったまま深々とソファーに座り直した。
女の子の準備というのは時間がかかるものなのだろう。
目を閉じたままなのでだんだん眠くなってきたぞ。
「ユウスケ、もういいよ」
「ん? そうか。ふぁああ……」
危うく寝てしまうところだった。
俺はあくびをしながらミシェルの方を向いた。
「あ……」
「どうかな? ユウスケに見せたくて買ったんだ。これを着て外に出られないのは残念だけど……」
それまでの眠気が吹き飛んでいた。
ミシェルは新しいイブニングドレスを着ていたのだ。
色は黒でミシェルらしかったけど、フワフワの生地が折り重なったフィッシュテールのスカートはひざ丈で、すっと伸びた白い足がまぶしかった。
開いた胸元と袖にはレースがあしらわれていて、シックでありながら妖艶な魅力も感じる。
ミシェルは恥ずかしがりながらも、小さく体を動かして、ドレスの詳細を見せてくれた。
「とってもきれいだよ。ドレスもミシェルも」
賞賛の言葉が自然と口を突いて出た。
「そ、そうかな? 真実判定の魔法実験で確かめてもいい? すぐに魔法陣を描くから」
うそ発見器みたいな魔法があるの!?
「信じてくれよ! 俺は本気で言ってるんだ」
「ごめん、私はむかしから自分の容姿に自信がなくて……」
「とっても素敵だって」
魅力的すぎて困ってしまうくらいだよ。
「ユウスケ」
「どうしたんだい?」
「本当に私のことが好き?」
ミシェルは上目遣いで俺のことを見上げてくる。
「そうじゃなかったら付き合わないよ」
「だったら私を安心させてくれないかな?」
え、なにこの展開?
まさかミシェルに押し倒される?
こうなったら俺も……。
「モバイルフォースを使った真実判定をやらせてほしいの!」
はっ、何を言っているんだこの魔女は?
「ちょっと待っていてね!」
ミシェルは床に大きな紙を広げて魔法陣を描き始めた。
最初に円を描き、その周りには様々な図形や文字を配置している。
そして最後に円を二つに分け、左側に「〇」、右側に「×」の文字が描きこまれた。
「さあ、準備はできたわ。ユウスケ、キャンを額につけて」
モバイルフォースのキャンを俺とミシェルのおでこで挟むようにくっつけると、ミシェルが呪文を唱えた。
するとキャンを中心に俺とミシェルの間にマジックリンクが張られたではないか。
「おい、これは……」
「動かないで。このリンクはすごく繊細だからすぐに切れてしまうの」
そういいながらミシェルはそっとキャンを魔法陣の中心に置いた。
「それでは両手を出してください」
「何をするんだよ?」
「ユウスケが本当に私を愛しているかを知りたいの。私は婚約破棄に遭っているせいか不安で仕方がないのよ。お願い、私を安心させて」
ミシェルが好きだって気持ちに偽りはないと思う。
「変なことは聞くなよ」
「……うん」
妙な間があったのが気になったけど、俺は両手をミシェルの手に重ねた。
「はじめてつかう魔法だから少しだけ練習させてね」
「わかった」
ミシェルは大きく息を吸い込んだ。
「すべての質問に『はい』だけで答えてください。ユウスケはプラムケーキが好きだ」
「はい」
ミシェルが作ってくれるドライプラムのケーキは最高なのだ。
何度も作ってくれとせがんだから、ミシェルもそれはよくわかっているのだろう。
俺がはいと答えると魔法陣の中心にいたキャンは90度向きを変え、手にした剣で『〇』の部分を差した。
つまり俺が真実を言っていると判定されたわけだ。
「おお!」
「もう少し実験するね」
「いいぞ、いいぞ」
なんだか俺も楽しくなってきた。
ミシェルはキャンを置き直してさらに質問した。
「今日はモバイルフォースがまったく売れなかった」
そんなことはない。
今日も完売である。
「はい」
キャンの剣は『×』を差した。
なるほど、こうやって虚実の判定をするわけだ。
「どうやらきちんと機能しているみたいね。それじゃあそろそろ……」
二人同時に唾を飲みこんだ。
ミシェルへの愛に偽りはないとわかっていても緊張する。
「いきます……。ユウスケはミラよりミシェルが好きだ」
「なんだよそれ?」
「いいから、はいって答えるの! ユウスケはミラよりミシェルが好きだ」
「はい……」
キャンの剣はきちんと〇を差して、ミシェルはほっと息をついていた。
「そういうのはずるいぞ。俺はミシェルがいちばん好きだって」
「ごめんなさい。でもユウスケがいつもミラの胸をチラ見しているのを知っていたから……」
ゲッ、バレていたの!?
俺も反省しないとな。
「ほら、さっさと聞いてくれよ」
「え?」
「俺がミシェルを愛しているかを確かめるんだろう?」
「う、うん。いいの?」
「今さらかよ。さっさと聞いてくれ」
質問されるこっちだって恥ずかしくてたまらないんだぞ。
「ユウスケは私のことを愛している?」
「はい」
キャンの剣は真っ直ぐに〇を差した。
「よかった……。信じてはいたけどどうしても不安だったの」
ミシェルの眼もとに大粒の涙が光る。
「おいおい、泣くことはないだろう」
「もう一つ聞かせて!」
「はあ?」
「お尻の大きな女の子でも許せる?」
むしろ大好きだって……。
「はい」
「じゃあ、じゃあ、今夜私と一緒にベッドで――」
「おまっ。質問多すぎ!」
俺はミシェルの手を振りほどいた。
途端に頭の中でブチッと音がして、魔法リンクが切れるのが分かった。
「魔法判定はこれくらいにしてご飯にしないか?」
「うん……」
ちょっとだけ不満そうだったけど、俺の愛が確かめられてミシェルは納得したようだった。
今夜はミシェルがイブニングドレスのまま食事ができるように、ルームサービスを頼むとしよう。
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