覚悟はない
エッセル男爵の領地グランサムは城壁に囲まれた大きな街だった。
農業も商業も発展しているようで、都よりも人々の表情は明るい。
男爵って小太りで気のいいおじさんって感じなんだけど、ひょっとしたら切れ者の領主なのかな? そんな気がした。
馬車は街の中央にある男爵の屋敷へと到着したけど、俺の体はバキバキだ。
やっぱり道の状態の悪さと馬車の質の低さが原因だろう。
ミシェルの回復魔法で治癒してもらわなかったらひどい腰痛になっていたかもしれない。
「ヤハギ殿、旅はどうだったかな?」
応接室ではエッセル男爵が上機嫌で俺たちを迎えてくれた。
「男爵、お久しぶりです。おかげで安全にここまで来られましたよ。ここはよく発展していい街ですね」
「ありがとう。さあ、掛けたまえ。いまお茶を用意させよう」
俺は手土産代わりに持ってきたモバイルフォースの追加商品を出した。
「こちらは扱いの楽なジャム、こっちはパワーのあるズコットです」
「おお、ありがとう!」
男爵はこれまで発売された全種類を持っているのだが、新しい二つも喜んでくれた。
「一服したら君たちが泊まるホテルに案内させるよ。それから店を出す場所も今のうちに下見をしておくかね?」
「ぜひお願いします。こちらの準備はできております」
補充されるモバイルフォースの上限は四十個なのだ。
なるべく早く出店して、少しでも売っておいた方が大勢の人の手に渡るだろう。
エッセル男爵の屋敷を辞した俺たちは教えられたホテルへとやってきた。
石造りの立派な建物で入り口にはドアマンも立っている高級ホテルだった。
この世界では最上の部類に入ると思う。
わざわざこんなホテルを用意しておいてくれるだなんて、男爵のモバイルフォースにたいする意気込みが感じられた。
「こんにちは。エッセル男爵からの紹介で来た矢作です」
「ヤハギ様でございますね。お話は伺っております。こちらへどうぞ」
受付でチェックインを済ますと、係の人が俺たちの荷物を持って部屋まで案内してくれた。
さすがは高級ホテルだ。
「こちらのお部屋でございます」
「おお、素敵な部屋ですね」
エッセル男爵が約束してくれていたスイートルームは二間続きで、広いベッドが並び、奥の方には応接セットもしつらえてある。
部屋には広いバスルームとトイレもついていて、俺が定宿にしていたボッタクーロとはえらい違いだった。
「バルコニーからはカンプ広場も見えますよ」
カンプ広場は駄菓子のヤハギを出店する予定の場所でもある。
今はそれほど多くないけど、祭りの当日は人で埋め尽くされると聞いていた。
「それではどうぞごゆっくりおくつろぎください」
「ありがとうございます……って、えっ!?」
「どうかなさいましたか?」
どうかなさいましたじゃない。
この流れではまるで……。
「あの、部屋は一つなのですか?」
「祭りの時期は大変混みあいますのでシングルルームというのはございません。問題でしたでしょうか?」
そりゃあ問題だよ。つまり、ミシェルと同じ部屋に泊まるってことだよね。
「できれば二部屋用意していただきたいのですが。もちろん二部屋分のツイン料金をお支払いしますので」
「あいにく満室でございまして、申し訳ございません」
案内係はすまなさそうに部屋を出ていってしまった。
俺とミシェルはなす術もなく部屋に残されたけど、ミシェルはずっと一言も発していない。
「どこかに空き宿がないか探してみるよ」
「わ、私なら別に構わないわ。これまでだって私の部屋に何度も泊ったでしょう? 今さら動じないで」
「ミシェル、手が震えているぞ。動じているのは君の方だろう? だいたいそれとこれとは話が別だぞ。あの時はミシェルが女だとは知らなかったんだからな」
ミシェルは一瞬口ごもったけど、再び反論した。
「と、泊まるだけ。一緒に泊まるだけでしょう? それなら問題ないんじゃない?」
「それは……そうだけど……」
「祭りということを考えればどこにも部屋なんてないわよ」
俺だって性欲がないわけじゃない。
本当はミシェルとそう言う関係になりたいさ。
困ったことにミシェルはかなり魅力的でもある。
だけどさ、この世界にはコンドームもピルもないんだぜ。
避妊具なしでいたしてしまえば、いきなり子どもができてしまう可能性は高いのだ。
「パァパ……アブー」
俺は目の下にくまのある俺たちの赤ちゃんを想像してしまう。
名前はマシェーリ、なんてかわいいんだ……じゃないっ!
ミシェルに対する愛情は日を追うごとに強くなっていくけど、俺にはまだその覚悟がないのだ。
それにさ、赤ちゃんの母親が指名手配犯では落ち着いて子育てができないもんな。
そういう諸々の問題をクリアしないと安心できないよ。
でもただ一緒に泊まるだけというのなら……。
「わかった。君に変なことはしないと約束するよ」
「あ、待って。その、少しくらいならいいのよ……」
少しくらいってどれくらい?
いやいやいや、それはダメだ。絶対に流されてしまう気がする。
「さあ、荷物を置いたらカンプ広場で店を出そう。忙しくなるぞぉ……」
明確な答えを返さないまま、俺はいそいそと出店の準備を始めた。
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