モンスタースモークに包まれて
前日から降り続いた雨も深夜にはやんでいた。
今日はミネルバとガルジュ山へ行く日である。
早起きして身だしなみを整えて、チャーターしておいた馬車でミシェルを迎えに行った。
この馬車はコンパチブルタイプで景色がよく見える。
そう、今日の俺は気合が入っている。
ミシェルが馬車へ乗り込むときに手を貸したら、御者は不思議そうな顔で俺たちを見ていた。
指名手配犯のミシェルは今日も男装で銀仮面を被っている。
認識阻害の効果もあってか、傍から見れば彼女は男にしか見えない。
男が男をエスコートするのは珍しいのだろう。
でも俺は気にしない。
俺たちは付き合っているのだから。
馬車に乗り込むとミシェルはすぐにココアシガーを咥えた。
「ユウスケもどうだ?」
お菓子が食べたいわけじゃないけど、これさえあれば俺たちは自由に会話が楽しめる。
「もらおうか」
一本取って口に挟むとすぐにミシェルが話しかけてきた。
(ごめんなさい、ユウスケ。本当はもっとオシャレをしてきたかったんだけど……)
(仕方ないさ。それはいつかの楽しみに取っておくよ)
ミシェルの研究が一段落したら外国へ亡命しようか、なんて話も出ている。
国王の呪いを解いて、何らかの見返りを与えて恩赦をもらうという手もあるそうだ。
いつかは二人で大っぴらに外を歩ける日も来るだろう。
(先にレストランに寄ってランチボックスを取りに行こう)
(やっぱり私が作った方がよかったかな? ユウスケにいっぱい食べてもらいたかったから……)
(それも、次回の楽しみにしておくよ)
ミシェルは最初、自分で料理を作ると言っていたのだが、流行りのランチボックスは入れ物が非常に可愛くておしゃれだそうだ。
今回はその入れ物目当てというところが大きい。
受け取ったランチボックスは陶器でできた三段のお重だった。
ピンク、白、水色の落ち着いたパステルカラーで天井には小さな花の模様がついていた。
(かわいい……)
ミシェルも気に入ったみたいだ。
(次に遠出をする時は私の手料理をこれにいっぱい詰めていくね)
普段はそれほど饒舌じゃないんだけど、今日のミシェルは朝からずっとよく喋っている。
ただ、前で馬車を操る御者さんは不審に思っているかな?
傍から見れば、ココアシガーを咥えたまま俺たちはずっと黙っているように見えるから。
一度だけ御者さんが振り向いて声をかけてきた。
「火ならありますよ。お使いになりますか?」
「これ、タバコじゃないんですよ」
きっと親切で言ってくれたのだろう。
ガルジュ山はこんもりとしたお椀状の山だった。
標高は100mくらいしかない。
山のあちらこちらにフジールが満開の花を咲かせている。
うすいピンクから濃い紫までの花色で、形は藤の花によく似ている。
あまりにも濃密に咲いているので山全体が淡く発光しているように見えるほどだった。
「これはすごい。みんながお花見に来るわけだ」
「うん。今年はユウスケと来られてよかった」
山の入り口は大勢の花見客で混みあっていた。
出店も多く、客引きの呼び声もうるさい。
「少し移動しよう」
ミシェルに促されて登山道へと足を踏み入れた。
みんな登ってくるのが面倒なのか山の上に行くにしたがって人の姿は少なくなる。
長い階段が続き、俺も少し息が切れてきたけど頂上からの景色を楽しみに登り続けた。
そしてついに最後のステップを登り切って展望の良い頂上に到着した。
「おお、これはすごい……」
眼下に広がるフジールの光景に息を呑んだ。
それは紫や薄桃色に光る雲のようだ。
「ここからの景色をユウスケと見たかったの……」
「ありがとう、こんなの見たことがないよ……」
しばらく呆然と景色を眺めているとミシェルが震える声を出した。
「あ、あのね……ここでキスをした恋人は次のフジールが咲くまで幸せに暮らせるっていう言い伝えがあるの……」
つまり一年間を幸福に暮らすおまじないみたいな感じかな?
そういえばさっきからキスをしているカップルをちらほら見かける。
まったく、見せつけてくれるぜ……。
「ま、まあ私は外で仮面を外すわけにいかないし、関係のない話なんだけどね……」
ミシェルは少しだけ寂しそうな声になって景色に視線を戻した。
満開のフジールの花を抜けて、風が谷間から吹き上げてくる。
俺とミシェルの距離はリンゴ五個分くらい。
彼女の黒髪が風になびいて目が離せなくなる。
ミシェルに恋の魔法をかけられた?
いや、俺の知っている魔女は優秀だけど、そんな魔法は使えない気がする。
恋人たちが過ごす幸福な一年か……。
俺はその手の伝説を信じないタイプなんだけど、キスができれば今この瞬間が幸せになることは間違いない。
不思議な駄菓子屋さんはお店の物ならいつでも取り出すことができる。
商品名:モンスタースモーク
説明 :指先に薬を塗って、つけたり離したりすると不思議な煙が出てくる。戦闘脱出時の煙幕として使用すると効果が高い
値段 :30リム
モンスタースモークはカードについた薬を指に塗って使う。
親指と人差し指に薬を塗ってぱちぱちと指を動かすと瞬く間に白い煙が現れ、俺たちをぼんやりと包んだ。
もう誰からも二人の姿は見えないはずだ。
「ミシェル、仮面を取ってくれないか?」
「え? うん……」
外でミシェルの顔を見るのは初めてのことだった。
普段は日光を受けないせいか、ミシェルの肌は透き通るほど白い。
「唇が大きいから、自分の顔は嫌いなの……」
「俺は好きだな。きれいだよ」
そう言うとミシェルはびっくりしたように俺を見つめた。
あんまり長く見つめているから思わず笑ってしまう。
「目を閉じてくれないと困るだろう」
「えっ?」
「恥ずかしくてキスできない」
「あっ……」
今度は怖いものでも現れたかのように、ミシェルはぎゅっと力を込めて目をつむってしまった。
こんなかわいい魔女をふるなんて国王もどうかしているぜ。
おかげで俺たちは恋人同士だけど……。
俺はぷっくりとしたミシェルのくちびるに自分の口を重ね合わせた。
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