甘すぎて
午後になってヤハギ温泉が急に騒がしくなった。
「どいてくれ、怪我人がいるんだ!」
「回復茶を四杯頼む!」
傷ついた冒険者が運び込まれたらしい。
気になって見に行ったが重症ではなく、ミライさんの回復茶で治っていたので安心した。
ただ、魔法使いの一人がぐったりとしたまま横たわり動かない。
「どうしたんだい、あれは」
近くにいた冒険者に訊いてみる。
「ガスゴーストにやられたのさ。あいつらは真っ先に魔法使いを狙ってくるからな」
ガスゴーストはその名の通りガス状のお化けだ。
火炎系の魔法に弱く、討ち取れば最低でも一万リム銀貨をドロップする。
地下二階にいるモンスターの中ではかなり美味しい部類のモンスターである。
ただ、ガスゴーストも自分の弱点を自覚しているらしく、真っ先に魔法使いを狙ってくるという話だ。
しかも奴らは『沈黙』の呪いで魔法使いの詠唱を封じてしまう。
奴に憑りつかれてしまった人は脱力し、しゃべることさえままならなくなるという話だった。
俺は倒れている魔法使いのそばまで行ってしゃがみ込んだ。
その女性は顔面が蒼白になっていて、くちびるは紫色だ。
小刻みに震えていて、回復茶を飲んでも症状はよくならない。
「待ってろよ、いいものがあるからな」
商品名:酢昆布
説明 :酢をベースにした調味液で味付けした昆布。食べると沈黙の呪いを解呪
値段 :100リム
俺は店から商品を取ってきて、わずかに開いた口の間に白い粉のついた酢昆布をスライドさせた。
解呪というのならぶどう味の粉ジュースでもよかったけど、あれは水に溶かなければならないので面倒だ。
そのてん酢昆布なら『沈黙』の呪い特化だから簡単でいい。
「気分はどう?」
「…………」
あれ、効いていないかな?
「ケホッ! ケホッ、ゲホッ! 酸っぱあいっ、何これ!?」
「おお、声が出るようになったね」
「えっ? あ、本当だ!」
魔法使いは無事に声を取り戻したようだ。
おかげで酢昆布も四つ売れた。
ところが、今日も遊びに来ていたミシェルがこちらに背を向けてダンジョンの壁相手に何かを始めてしまった。
なんだろうと見に行くと、モバイルフォースのキャンを使って石壁をひたすら殴っている。
これはモバフォーの訓練をしているわけじゃないよな。
なんだか拗ねているようにも見えるが、表情は銀仮面でわからない。
「何やってるんだ?」
「べつに……」
別にということはないだろう。
話し合いが必要なようだが、ミシェルは指名手配犯だ。
普段は死神ミネルバとして活動しているので、恋人同士の会話は控えなければならない。
俺は周囲を確認した。
今のところ店に客はなく、この部屋も閑散としている。
今なら少しくらいはいいだろう。
俺はミシェルの肩を優しくつつく。
「べつにってことはないだろう? 言ってみろよ、俺が悪いことをしちまったのか?」
「……食べさせた」
「何を?」
「酢昆布。私以外の女にあーんって……」
俺が呪いを受けた魔法使いに酢昆布を食べさせたから拗ねているのか?
「あれは仕方がないだろう。相手は病人みたいなもんだぜ」
「わかっている……」
そういいながらもミシェルのキャンは壁への正拳突きを止めない。
「ヤハギさーん、ロケット弾のくじを引かせてー」
おっと、店に客が来たようだ。
「ちょっと待っててな。ここにいてくれよ」
俺はミシェルを置いて接客に戻る。
それから店の商品を取り上げてまた戻ってきた。
「ミネルバ、ちょっと立ってこっち向いて」
「…………なに?」
「これ、俺からの差し入れだ。あーんって口を開けてくれ」
銀仮面の隙間からブルーベリーシガーを入れて、ミネルバのくちびるにそっと挟ませる。
そして俺も一本取り出し口にくわえた。
(もう怒るなよ。これで記憶を上書きしてくれ。新商品のブルーベリーシガーだぞ)
ココアシガーやブルーベリーシガーがあれば、咥えている者同士は思念で会話ができるのだ。
(…………)
(これなら、声に出さなくても気持ちをやり取りできるからな。まだ怒っているのか?)
(怒ってない……)
声の感じからだと本当に怒っていないようだ。
(それにしても、もっと早くココアシガーに気が付けばよかったよ。そうすれば人前でも、こうして喋ることができたのにな)
(うん)
(でも気をつけようぜ、シガーを咥えているやつが半径10メートル以内に入ってきたら会話を聞かれちまうからな)
(そうね)
ようやく二人だけの会話ができるようになったというのにミシェルは言葉が少ない。
でもそれは拗ねているというよりは照れているといった感じだ。
そういえばキャンの正拳突きも止んでいる。
(ユウスケ)
(どうした?)
(ココアシガーとブルーベリーシガー、それからコーラシガーを10箱ずつ売って。ずっとこうしていたい)
(ははっ、まいどありい! って、お金なんていいから持っていけよ)
(だめ)
ミシェルは妙なところで義理堅い。
しばらくの間、俺もタバコみたいにシガーシリーズを咥え続けなければならないようだ。
まるでチェーンスモーカーだね。
いろんな意味で甘すぎだよ。
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