ボトルが空になるまで
◇◆◇
まさに計画通りになった。
邪魔なメルルとミラも排除済みだ。
ユウスケは千鳥足で私に捕まって歩いている。
部屋についたらすぐにベッドで寝てしまうだろう。
そうなったらもうこちらのものである。
服を脱がせて、楽な格好にしてあげてから……ユウスケの寝顔を心ゆくまで堪能するのだ。
こんなに飲ませて自分の欲望を満足させるなんて、私って悪い女かしら?
でもいいの。
一流の研究者は自分の欲求に忠実じゃなきゃいけないって学院の先生も言っていた。
シャツは第二……第三ボタンまで外してあげた方がユウスケも楽よね……。
て、て、手も握っちゃおうかな?
バレたら通報される?
ダメダメ、それくらい積極的にならなくっちゃ。
私はずっと恋に消極的に生きてきた。
もう弱い自分にはさよならするんだからっ!
◇
目を覚ましたら真っ暗だった。
自分の部屋ではない。
ああ、ここはミネルバの家か。
見覚えのあるゲストルームの風景に納得がいった。
ぼんやりとだが思い出してきた。
酔っぱらった俺はミネルバの家に転がり込んだのだ。
自分の姿を確認すると、靴や上着は脱がされており、楽な格好になっている。
丁寧にハンガーに掛けてあるところをみると、ミネルバが脱がせてくれたのだろう。
またあいつに迷惑をかけてしまったな。
明日の朝食は俺が作って埋め合わせをしなくてはなるまい。
ミネルバは俺がコーヒーを淹れるだけでも喜んでくれる。
外見や声は恐ろしいのだが、そういうかわいいところもあるのだ。
窓の外では星が煌めいていた。
中途半端な時間に起きてしまったけど、やけに頭が冴えている。
立ち上がると少しふらついたが悪くない気分だった。
「水が欲しい……」
アルコールを分解するために体中の水分を使ってしまったのだろう。
細胞の一つ一つが水を求めている。
普段なら魔法で水を作ってもらうのだが、こんな時間ではミネルバも寝ていると思う。
ひょっとしたらキッチンに汲み置きの水が残っているかもしれないと考えて、俺はフラフラと寝室を出た。
キッチンのケトルの中に水を見つけた俺は、一気にそれを飲み干した。
美味い。
この世界には『酔い覚めの水1000リム』という言葉があるそうだが、今の俺にとっては1000リム以上の価値があると思う。
ついでだからお風呂を使わせてもらおうか。
ミネルバからはいつでも遠慮なく使ってくれと言われている。
このまま起きるにせよ、二度寝するにせよさっぱりしておきたいのは一緒だ。
そういえば普段のミネルバは温泉に入らないんだよな。
俺と一緒に入って以来、一度も使っていないようだ。
みんなと入るのはやっぱり嫌なのかな?
風呂までやってくると明かりがついていた。
どうやら寝る前に消し忘れたようだ。
俺は服を脱いで浴室の扉を開けた。
「…………」
丸い浴槽に黒くてゆらゆらしたものが浮かんでいた。
それは長い髪である。
そしてその下には白い体が張られたお湯の中で揺れていた。
女の人がいる!?
目が合った瞬間に俺は視線を逸らした。
「ごめんなさい!」
俺は慌てて扉をしめて服を身に着けた。
なんてこった、あれはミネルバの彼女だろうか?
わざわざ俺が泊まる日に連れ込むこともないだろうに、と腹が立ったけど、ミネルバなりの理由があったのかもしれない。
それにしても気まずい。
あろうことか友人の彼女の裸を見てしまったのだ。
一瞬のことだったとはいえ、けっこうはっきりと胸まで見てしまった。
悪いことをしたなあ……。
きちんと謝罪をしなければと、俺は彼女が戻ってくるのをキッチンで待った。
メルルが愛用しているミニミニコーラを俺も取り出して七粒いっぺんに口に放り込んだ。
これには鎮静効果があるのだ。
コリコリとラムネを噛んでいるうちに心臓のバクバクは収まってきた。
言い訳はしないで、誠意を尽くして謝ろう。
そう決めて彼女を待つ。
ずいぶんと長い時間が過ぎて、ようやく浴室の扉が開く音がした。
「先ほどは失礼しました」
入ってきた女性に俺は深々と頭を下げた。
改めて見ると年齢は20代中ごろくらいか、黒髪ロングでなかなかの美人だ。
なんだかひきつった顔をしているけど、俺に裸を見られて怒っているのだろう。
「自分はミネルバの友人で矢作祐介と申します」
「ユウスケ……」
「はい、そちらがファーストネームです」
あれ、この女の人はどこかで見たことがあるな……。
えーと、何回か見ている気がするぞ。
うちのお客さん?
いやいや、それならはっきりと覚えているはずだ。
だったらダンジョンで見かけた冒険者?
それも違う気がする。
たしかあれはメンコの中……。
「…………あっ!」
俺は思わず声を上げてしまった。
だって目の前に立っているのは指名手配犯の魔女ミシェルだったからだ。
そういえば前にミネルバが魔女ミシェルと知り合いみたいなことを言っていたな。
どちらも凄腕の冒険者だから、その関係かもしれない。
「あの……、貴方はミネルバの友人か何かで?」
「ユウスケ、ちがうの……」
魔女ミシェルはなんだか馴れ馴れしい。
「違うって、どういうこと?」
「私なの」
「私と言われても、面識はないはず……」
「私がミネルバなの」
魔女ミシェルは泣きそうな顔でそう告げた。
ということは、あれだ……。
これが銀仮面を外したミネルバか!?
うちの常連で、俺に良くしてくれて、最近ではいちばんの友だちで、毎日のように一緒にいて、ご飯を作ってくれて、怖い声のくせにたまに女の子みたいな喋り方をして、気が付くと挙動不審で、一緒に温泉まで入ったミネルバが魔女ミシェルだったというのか!
「おかしいと思うことは何度かあったんだ。でも、そのたびにそんなことあるわけないかと考え直していた……」
「ごめん。それは私の認識阻害の魔法がそうさせていたんだと思う。でも、ユウスケに気が付いてほしくて、最近は魔法の威力を弱めていたの」
それでもカミングアウトされるまで気が付かない俺って鈍感すぎ!?
「まさか、親友と思っていた男が魔女ミシェルだったとはな……」
ミネルバは……、いや、ミシェルは悲痛な面持ちで尋ねてくる。
「私のこと、嫌いになった?」
俺は再びミニミニコーラを取り出して口の中に放り込む。
数は数えていない。
ボリボリ噛むと独特の香りが口の中に広がった。
「そんなことはないさ。座りなよ。ミシェルも食べるか? 落ち着くぞ」
差し出されたボトルを受け取り、ミシェルもラムネを口に入れる。
返されたボトルは空っぽだった。
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