カレーせんべい
通勤ラッシュが終わると、ダンジョン前の広場は人もまばらになってしまった。
たくさんいた冒険者はみんな地下へ潜ってしまったようだ。
露天商たちも後片付けを始めている。
けっきょく、売れたのは10リムガムだけで、売り上げは20リムにしかなっていない。
吹きすさぶ風が木の葉を舞い上げて俺の体に吹き付ける。
体だけでなく心まで凍えてしまいそうだ。
猛烈な空腹を覚えた俺は売り物のお菓子に手を付けた。
商品名:カレーせんべい
説明:スタミナを回復 寒い時でも食べれば体がポカポカします
値段:20リム
うまい……。
本当に体が温まるし、やる気まで漲ってきた。
ラムネも大玉キャンディーも、食べればそれぞれ素晴らしい効果があるのだ。
売れないのは宣伝が足りないからなのだろう。
冒険者が戻ってきたら、今度は積極的に声を出して売ってみるか。
カレーせんべいだけでは足りなかったので、同じポット菓子のイカ串を食べた。
商品名:イカ串
説明 :しばらくの間、感応力が上がる。敵の気配を察知しやすくなる
値段 :30リム
イカ串を食べて感覚が研ぎ澄まされたせいだろうか、自分に注目している露天商がいるのに気がついた。
どうやら俺が食べているイカ串が気になっているようだ。
自分の店を片付けながらチラチラとこちらを見ている。
ひょっとしたら買ってくれるかもしれない。
「こんにちは」
何気ない様子で挨拶しておく。
「よお、見かけない顔だな」
「今日から商売を始めたんです。よろしくお願いします」
「新入りかい? こっちこそよろしくな。ところで兄ちゃんのところでは何を売っているんだ? 見慣れない物ばかりだが……」
おじさんは物珍しそうに皿の上の商品を眺めている。
やっぱり、ぱっと見でこれが何なのかはわからないようだ。
困ったことではあるがライバルがいないという証拠でもある。
希望は捨てずに頑張ろう。
「これは駄菓子です」
「駄菓子?」
駄菓子を知らない?
そうか!
駄菓子という言葉からして一般的ではなかったんだな。
どおりでみんな素通りするわけだ。
「安いお菓子のことですよ」
「ああ、これは菓子なのか」
おじさんは納得したように頷いた。
「おひとついかがですか?」
「いや、俺は甘いものは嫌いなんだ」
「甘くないのもありますよ。俺が食べているイカ串とか、こっちのカレーせんべいとか」
おじさんはイカ串の匂いを嗅いで顔をしかめた。
「うえっ、なんだこの臭いは。そもそもイカってなんだよ?」
「イカはイカですって。海にいる」
「海だって! そんな遠くのものなのか?」
おじさんの言葉から推察すると、どうやらここは内陸部のようだ。
「おっ、こっちのは食欲をそそる匂いだな」
今度はカレーせんべいの匂いをクンクンと嗅いでいる。
「香辛料がいっぱい振りかけてありますからね」
「香辛料だなんて高級品じゃないか! これはいくらだ?」
「20リムです」
「やすっ! 本当に香辛料なのか?」
「本当ですって。食べてみてくださいよ」
「まあ20リムなら不味くても腹は立たないか……」
やっぱり20リムという値段は安いようだ。
おじさんは銅貨2枚を支払ってくれた。
これで今日の売り上げは40リムになった。
はじめて食べる物だから警戒しているみたいで、おじさんは端っこをちょっぴりだけかじった。
「ポリポリポリ……、思ってたより美味いな。20リムならぜんぜんアリだ」
「でしょう。酒のつまみにもなるから、俺の行きつけのバーにも置いてあったくらいですよ」
「確かに酒にも合いそうだ」
カレーせんべいを全部食べ終わるとおじさんは大きく伸びをした。
「なんだか体がポカポカしてきやがった。元気も出てきたし、店を片付けて帰るとするか!」
「それがこのカレーせんべいの効果なんですよ!」
「なるほどなぁ、おもしろいお菓子だ」
あれ?
やっぱり感動が薄いな。
体が温まって元気が出るなんて、俺にしてみれば夢のようなお菓子だぞ。
違法なドラッグが混ぜてあるかと疑われるくらいヤバめの商品じゃないのか?
まあ、魔法が存在する世界において、この程度はたいした感動ではないのかもしれない。
それとも、俺の話を信じていないのか?
俺はおじさんが仕事に戻る前に大切なことを聞いておく。
「ところで、この辺で水が飲める場所はありませんか?」
カレーせんべいとイカ串で喉がカラカラだったのだ。
「給水所なら町の中だぞ」
町中に泉が湧き出る場所があって、そこで自由に水を汲めるそうだ。
冒険者がダンジョンから帰ってくるまでまだ時間がかかるだろう。
今のうちに情報を仕入れておくとするか。
『閉店』で天秤屋台を消し、俺は街に向かって歩き出した。
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