エッセル男爵
店の場所を本格的に地下二階の温泉前へと移した。
鍛冶屋のサナガさんや、回復茶のミライさんも誘って店を出してもらっている。
店舗というのは固まっている方が相乗効果のあるものなのだ。
誰が呼び出したのやら、温泉はいつの間にかヤハギ温泉という呼称が定着していて、俺はそれを聞くたびにこそばゆい思いをしていた。
朝一番に若い冒険者チームが店にやってきた。
「ユウスケさん、チェリー餅、まだある?」
「チェリーも青リンゴも再入荷しているよ」
最近になってダンジョン風邪という流行り病が猛威を振るっている。
この病気にかかると高熱と呼吸困難に陥り、死に至るケースもまま起こるそうだ。
おかげでこちらの商品がよく売れていた。
商品名:チェリー餅
説明 :12粒入りのグミ餅 食べるとダンジョン風邪の予防効果がある。発症しても重症化のリスクが軽減される。青リンゴ味やミカン味もある。
値段 :30リム
最初は若い冒険者にばかり買われていたのだけど、最近はベテラン冒険者もよく買っていく。
家族に食べさせるためだそうだ。
この世界の病気は治癒魔法を使える者が治すのが一般的だけど、ダンジョン風邪は魔法では治りにくいらしい。
いずれにせよ俺の売るお菓子が役に立っているのなら嬉しいことだ。
俺も久しぶりに小さな粒を爪楊枝に挿して食べてみた。
そう、これこれ。
歯にくっつくんだけど、独特の風味で好きだったんだよな。
前世ではコーラ味やソーダ味なんかもあったんだけど、この世界でもそのうち出てくるのだろうか?
病気を予防するようにミネルバとメルルとミラにも分けてやった。
昼過ぎになってダンジョンでは見慣れない客がやってきた。
八人の兵士に護衛された小太りの中年男で、かなり身なりがいい。
指には大振りな金の指輪をはめている。
「駄菓子のヤハギという店はこちらかな?」
「そうですよ。自分が店主の矢作です」
「おおよかった、道が複雑なので心配したのだ」
男の人は胸をなでおろしながら周囲をきょろきょろと見回している。
どう見てもダンジョンに潜る冒険者には見えない。
きっとこの温泉地が珍しいのだろう。
「ここが噂のヤハギ温泉か。思っていたより広いのだな」
「お客さんは湯治ですか?」
「いやいや、そうではない」
男は身を乗り出して声を落とした。
「実は、この店で万能薬を販売しているという噂を聞いたのだが本当だろうか?」
「ああ、万能薬が欲しいのですね。それならあれに挑戦してもらわなきゃ」
俺はダンジョン攻略ゲームの説明をした。
「販売をしているわけではなく、ゲームの景品であったか……。それではやってみるしかないな。すまないがこれを両替してくれ」
差し出されたのは10万リム金貨だ。
金持ちはこれだから困る。
「うちにはそんな小銭はありませんよ。1万リムの大銀貨くらいなら両替できますが、10万となるとちょっと無理ですね」
「なんと! これは迂闊であった。こうなったら仕方がない。お前たち、私に小銭を貸してくれ」
男が言うと、護衛の兵士たちは自分たちのポケットを探って小銭を集めた。
銀貨や銅貨で4000リムくらいはありそうだ。
「うむうむ、これくらいあれば余裕であろう」
「最初に言っておきますが、それは人気のゲームです。後ろに人が並んでいるときにゲームオーバーしたら次の人に順番を譲ってくださいよ」
「それが市井のルールなのだな。心得たぞ」
偉そうだけど悪気はなさそうなおっちゃんだ。
「ぐおおおおっ! いきなりコインが穴に落ちてしまったぁ!!」
「のおおおおっ、地下三階の壁が越えられんっ!」
「ついに来た、地下四階。ぐわあああああっ! その橋は渡れんだろう……」
にぎやかな人だ。
最初は黙って見ていた兵士だったが、そのうちに自分もやると言い出す。
「エッセル男爵、このグランテにおまかせください」
「いえいえ、このトールに」
「私、ベンティーなら必ずやりとげてみせますぞ」
こんな感じでワイワイやっていたが、そのうちシーンとなってしまった。
「なんということだ、4300リムをすべて使ってしまったぞ」
あらあら……。
「これ店主、このゲームは本当にゴールできるのか? まさか無理ゲーを押し付けているのではあるまいな?」
「難しいのは事実ですけど、ちゃんとクリアできますって」
俺はポケットから10リム硬貨を取り出してゲームに投入した。
もう300回以上やっているので微妙な力加減とタイミングはすべてわかっている。
それに、俺は店主なので特別な才能があるようだ。
一回目は地下六階で失敗してしまったけど、二回目で見事に万能薬をゲットした。
「ねっ、ちゃんとクリアできるでしょう?」
「おお……」
感心するおっちゃんたちがいきなり俺をキッと見つめて頭を下げてくる。
「ヤハギ殿!」
「なにごとですか?」
「どうかその万能薬を私にお譲りください!」
うーん、そう来たか……。
「それは困るんですよ。これは景品ですので」
「私は王国貴族モウ・エッセルと申す。長く病を患っている陛下のためになにとぞその万能薬を」
「エッセル男爵は万能薬を国王陛下に献上するのですか?」
「その通りだ。今のままでは政務が滞ったままになり、世の中は乱れるばかり。なにとぞ!」
困ったなあ……。
「ユウスケさん、かわいそうですよ。今回だけは譲ってあげたらどうですか?」
店に休憩に来たミラがとりなす。
「じゃあ、今回だけですよ。次回からは自分で取ってくださいね」
「おお、ありがたい! これで陛下のご病気もよくなるだろう。これは礼だ。気持ちよく受け取ってくれ」
エッセル男爵は小さな革袋を俺に押し付けると、慌ただしく部屋を出て行ってしまった。
きっと真っ直ぐに国王のところに行くのだろう。
「なあ、国王って魔女ミシェルの呪いにかかっているんだよな? 万能薬で呪いを取り払うことってできるの?」
俺は近くにいたミネルバに訊いてみた。
「無理だな。二週間くらい体の調子は良くなるだろうが、呪い自体がなくなるわけではない。また元通りになるだろう」
ミネルバの声は冷たい。
「へえ。じゃあ、さっきのおっちゃんはまた来るかもね」
「そうだな。だが、呪いの効果もそろそろ切れるはずだ……」
「どうしてミネルバがそんなことを知っているんだ!?」
「そ、それは……、そう聞いたことがあるだけだ」
「聞いた? 誰から?」
「……魔女ミシェルから」
二人は知り合いだったのか。
詳しい経緯を訪ねようと思ったけど、ミネルバはそそくさとどこかへ行ってしまった。
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