恋煩いとエリクサー
目が覚めると顔のすぐ近くに銀仮面があって驚いた。
ここはミネルバのアパートのゲストルームだ。
「うわぁっ!」
「おはよう」
改めて確認すると、ミネルバがベッドの淵に腰を掛けて俺の顔を覗き込んでいる。
「なにやっているんだよ?」
「ちょっと……寝顔を観察していた……」
「なんだ、それ?」
魔術的な何かだろうか?
骨相学とか……。
「朝食の用意ができているからこい」
ミネルバは俺の問いかけを無視した。
テーブルには焼き立てのパンケーキ、オムレツ、ベーコン、サラダ、カットフルーツなどが並び、やっぱりどれも美味しかった。
ミネルバの料理は信じられないくらいに俺の心を掴む。
まるで魔法の料理だ……。
「ミネルバには死角がないな」
「感応絶対領域陣なら得意だが、なぜ知っている?」
「そういうことを言ってるんじゃなくて、何でもそつなくこなすって感心しているんだ。剣や魔法もそうだけど、料理だって得意じゃないか。今朝もすごく美味しかったぞ」
「い、一生懸命作ったのだ……」
「おう……」
褒めるとモジモジする癖があるようだ。
あまり似あっていないのだが、口に出すのはやめておこう。
傷つけてしまうかもしれない。
「さて、片づけをするか。俺がやるよ」
「ユウスケは座っていてくれれば……」
「ミネルバだけに任せておくのは悪いよ。おやっ、これはなんだ?」
床の上に魔法陣を描いた紙がいくつも散らばっていた。
どれも途中まで描いてはぐしゃぐしゃに線が引いてある。
失敗作なのだろうか?
「それは『無限回楼』の!」
ミネルバは取り乱して俺から紙片をひったくる。
「ほえ? ああ、魔術の研究か。触ってわるかったな」
「別にいいのだが、昨晩も押し寄せる誘惑と戦って、なんとか日の出まで耐えたのだ。褒めてほしいくらいだぞ」
「よくわからんが、すごいんだな。偉い、偉い」
ポンと肩を叩くとミネルバはビクッと体を震わせた。
「ど、どうした?」
「何でもない。何でもないけど、もう少しこうしていてくれれば、すべてをユウスケに捧げる……」
「はあ、捧げるってお前は生贄か? 俺を邪神扱いか? あ、わかったぞ」
「え、何を?」
俺はミネルバの後ろに回り両肩に手を乗せた。
「夜中まで根をつめて、肩がこっているんだろう? 泊めてくれたお礼に揉んでやる」
「なっ……あっ……あうっ……」
ミネルバは嗄れ声で悶えているぞ。
「ここかぁ? ここが、ええのんかあぁ?」
こいつ、意外と華奢な体をしているな。
凄腕の剣士と言うからもっと筋肉質かと思ったぜ。
きっと戦うときは魔法で身体強化をしているんだろうな。
俺は肩甲骨の周りを丹念にほぐしてやった。
「気持ちいいか?」
「うん……とけてしまいそう……」
「ふはははははっ、ならばこの俺様のものになると誓え、邪神にすべてをゆだねるのだぁ!」
なんつって。
「誓いますぅ。私のすべては貴方のもの……」
ミネルバもノリがいいなぁ。
だけど……。
「んなわけねーよな!」
俺はポンポンとミネルバの肩を叩いた。
「へっ?」
「人が人を所有するなんてあり得ないって。俺は奴隷制度なんて反対だし、人を所有するなんて重すぎて嫌だよ」
「そう……なの?」
「そりゃそうだろう。あ、もしかしてこの国には奴隷制度とかあるの?」
「奴隷売買は法律で禁止されている」
それは良かった。
「まああれよ、恋愛において束縛しすぎるのもどうかと思うし、束縛され過ぎるのもきついわけさ」
「そう……なんだ……」
あれ、ミネルバは違うのかな?
「もしかしてミネルバは彼女を束縛するタイプ?」
そう訊くと、ミネルバはとても困った感じだった。
もちろん仮面で表情は見えなかったけど。
「よくはないと思うけど、好きになったら束縛してしまうと思う」
「そいつはどうかと思うぜ。やり過ぎると逃げられちゃうんじゃないか?」
「逃げられないように…………気を付ける……」
ん?
微妙な言い回しだったな。
まあ、気を付けるっていうのならいいか……。
その話はそれでお終いとなり、俺たちは一緒に皿を片付けた。
心なしかミネルバが大人しくなってしまったけど、あまり気にはしなかった。
俺たちは一緒にダンジョンへ出発した。
「そういえば、ミネルバも魔女ミシェルを追っているの?」
「魔女に用はない。私の用事はこれだ」
ミネルバは革紐のついたオーブを取り出して見せてくれる。
それは紫色に淡く輝いていた。
「魔道具かなにか?」
「ああ、魔力を貯めるマジックアイテムだ。私はこれを研究しているのだ」
前世でいうところの電池みたいなものかな?
「これが完成すれば、これまで誰もなしえなかったような大規模魔法が可能になる」
「でもそれとダンジョンとどういう関係があるんだい?」
「ダンジョンの最深部には大地の裂け目があるのだ。そこから高濃度の魔力が漏れ出している。私はそこでマジックオーブに魔力を充填する実験を続けているのだ」
「それでダンジョン深部に潜っていたんだね」
「ああ、本当はこんな町など出ていきたいのだが、他にここまで好条件な魔力スポットを知らないからな」
ミネルバはヤレヤレと肩をすくめてみせた。
俺はその手を取って、とあるアイテムを握らせる。
「ユ、ユウスケ!?」
「昨日10円ゲームから出てきた万能薬だよ。泊めてくれたお礼にやる。ミネルバは強いかもしれないけど、万が一のときのために取っておいてくれ」
「でも……」
「大丈夫、俺の分はまたチャレンジするさ。コツは掴んだからすぐにゲットできるよ」
ミネルバは恐縮しながらも、大事そうに万能薬をポケットにしまっていた。
◇◆◇
一つだけわかったことがある。
真に大切なものというのは、実際に触れてみればすぐに感じられるということだ。
ユウスケの手に包まれた瞬間に私は理解した。
この人が私の運命の人であり、何よりも大事な人だということを。
これが恋煩いというものだろうか?
だとしたらこの万能薬は怖くて飲めない。
恋の病はそのままにしておきたいから。
絶対にユウスケを手放さない……。
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