黒ビア
寒さのピークを乗り越え、過ごしやすい季節が近づきつつあった。
この地に移ってきて最初の冬越しだったけど全員無事にやってこられている。
白い息を吐きながらも早朝から店に集まる常連たちは元気だ。
「最初はどうなることかと思ったけど、木だけは山ほどあるじゃない? おかげで暖房だけはしっかりできるのよね」
スクラッチカードを削りながらメルルはホットドクトルペッパーを飲んでいる。
すっかりこの味と風味にはまったようだ。
「風邪をひいている人とかはいないか?」
「うん、いたけどミシェルさんやティッティーが治療してくれたよ」
まだ人が少ないから二人の治療だけで事足りているようだ。
だけど、移住者は日に日に増えていて、ルガンダの人口はついに二百五十人を超えた。
これは嬉しいことだけど食料生産の乏しいルガンダでは頭痛の種でもある。
早いところジェノスブレイカーを復活させて、宅地と農地の確保を急ぎたい。
今は冬なので木々が乾燥している。
伐採にはちょうどよい季節なのだ。
騒々しい足音をたててガルムたちがやってきた。
「おはよっす!」
「おはよう、ガルム。昨夜は見かけなかったけど、まさか夜のダンジョンに潜っていたんじゃないだろうな?」
「まさか。いくら俺でもそこまで自信過剰じゃないよ。昨日はちょっと手間取っちまって帰りが遅くなっただけだよ」
「それならいいけどな」
無茶をする冒険者は後を絶たないのだ。
特に入場料を払ってダンジョンに潜る流れ者にはその傾向が強く、何人か死者も出ている。
「それよりヤハギさん、こいつを買い取ってくださいよ。まだ募集が出てましたよね?」
ガルムが出してきたのはパイナス・ウェーブの銀角だった。
「おお、よくやってくれたな! 最後の一つが納品されなくて焦っていたんだよ。待ってな、今お金を持ってくるから」
買い取り金を渡すとガルムたちが歓声を上げた。
「やったぜ。今夜はゴールデンシープで飲み放題だよな、リーダー?」
「グラップはしょうがねえな。まあいい、今夜だけだぞ。そのためにも昼はしっかり稼ぐからな!」
盛り上がるガルムたちをしり目にメルルは元気がない。
「ちぇっ、銀角は私が取ってくる予定だったのになぁ。筋肉バカに先を越されちゃったよ」
「そう落ち込むなよ、メルル。今朝は新しい依頼を出しておいたんだ。薬草系が足りないからいい値段がついているぞ」
「そうなの? うん、潜る前にチェックしておくね」
買い取り依頼掲示板は大いに機能していて、物流も盛んになってきた。
ダンジョンで獲得された素材は行商人のヨシュアさんらの手によってルガンダの外へ輸出されることもある。
俺たちはそのお金を使って食料を買ったり、必要な資材を仕入れたりもできるわけだ。
ただ、そういったお金のやり取りは全部ナカラムさんがやってくれていて、彼の負担が大きくなっている。
今後は冒険者ギルドのような組織が必要になってくるだろう。
とにもかくにも、これでエネルギーパックを作るための材料がすべて集まった。
まずはミシェルに報告だな。
ミシェルは異様なまでの集中力を身につけている。
一度決めると、いつまでもそれに没頭することができる気質のようだ。
まさに生粋の研究者なのだろう。
エネルギーパックの組み上げを開始して三日になるが寝食を忘れて作業に打ち込む姿は鬼気迫るものがあった。
そして七日目の夜のこと。
「できた……」
目の下にくまを作ったミシェルが息も絶え絶えにつぶやいた。
作業台には高さ六十センチほどの大きなエネルギーパックが載っている。
「もう……無理……」
倒れこみそうになるミシェルを抱き寄せた。
「よく頑張ったな。ありがとう、ミシェル。体調はどう?」
「えへへ、こうやって心配してもらえるだけで頑張った甲斐があるわ」
ミシェルは俺に抱きかかえられながら甘えてくる。
「このままベッドに運ぼうか?」
「まだいや。しばらくこのままがいいな。ねえ、ユウスケ。黒ビアを飲ませて」
商品名:黒ビア
説明 :水に溶かすと泡がモコモコたって、黒ビールそっくりに!
飲むと闇の魔力が増幅する。
値段 :30リム
ミシェルにとって最近ではいちばんお気に入りのお菓子だ。
闇の魔力が増幅すると調子がよくなるらしい。
ミシェルの情緒が安定して30リムなら超お買い得である。
ミシェルを抱きかかえたままソファーに座り込み、黒ビアを飲ませてやった。
「ああ……闇の力が満ちていくわ……」
「悪のヒロインみたいなセリフだなあ」
そう言うと、ミシェルは怪しく微笑んだ。
「そうよ、私は悪い魔女なの。このままユウスケを包み込んで放さないんだ」
「お、おい、少し休んだ方が……」
「ダメ。ここのところエネルギーパックにかかり切りだったんだもん。今日は離れないんだから!」
「わかったから少し落ち着こうぜ。こんなんじゃムードもないし―― うぇっ!?」
不意に部屋の中が暗くなり、俺はびっくりしてしまった。
「なにこれ……、これは闇魔法?」
「壁や天井の反射率を下げたの。ムードを作るときは便利でしょう?」
闇のオーラを纏いながらミシェルは俺の首に腕を絡めてくる。
その瞳は潤み、俺をとらえて離さない。
近づくくちびるからはアーモンドの花の甘い匂いがしていた。
「そんなことより、ユウスケ、私だけを見て……」
俺は市井の駄菓子屋だ。
闇の魔女に抗うことなんてできはしない。
瞬く間に恋の魔法にからめとられ、俺たちは甘く溶け合った。




