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家族

 穏やかな風が、花の匂いを運んでくる。敷地内ではあるけれど、外だ。

 ヨルズは感慨深く眺めた。塔に幽閉されてから、はじめての外である。


 柔らかなアーチを描く入り口の外には、手入れされた庭園が広がっていた。

 背の高い広葉樹は敷地の外側を囲い、中央に敷かれた外へ繋がる道の両側を、刈りこまれた低木と様々な形をした葉の植物、色とりどりの花が植わっている。

 王城や大貴族の屋敷ほど広くないのだろうが、塔以外の場所に心が弾んだ。


 ヴァナルガンドとテュールが小道を抜けて、馬車に乗り込む。

 馬車の中からにこやかに手を振るテュールと、ただ視線を送ってきたヴァナルガンドをヨルズは見送った。

 屋敷の外の町並みに馬車が消えていく。道幅は馬車が辛うじて通れるほど。家々はこじんまりとしていて、年季の入ったものが多そうだ。蔦や植えた木々が家々を活き活きと彩っている。


 アースガルズ城下町より、ずっと田舎のようだ。ヨルズが幼少の頃住んでいた村の風景に近い。


「田舎で驚いたでしょ」

「いいえ」


 ヨルズは目の前の景色から目を離さずに頭を振った。離してしまえば、消えてしまうのではないかと少し怖い。


「驚いたのではなく、新鮮なのです。わたくしは塔以外を知りません」


 風に揺られて奏でる葉擦れの音。花の周りを飛ぶ虫。突然、木の枝が小さくたわんだと思ったら、枝を蹴立てて小鳥が飛び立った。小鳥はせわしなく羽ばたいて屋敷の外の木に隠れた。

 間近に存在する世界は、なんて生命力にあふれているのだろう。


 塔の窓から見えた世界は、作り物のようだった。城を中心に放射状に敷かれた道。整然とつまって並ぶ家々。行き交う人々は小さく、遠く。熱気も息づかいも感じられない人々は、生きている人間という実感がなかった。


「これから知っていけばいいさ」


 深みのある声が隣で響いた。ぽん、と肩に重みが加わる。隣を見上げると穏やかな灰色の目があった。


「明日はヴァナルガンドに町を案内させましょうかね。おしゃれな店はないけど、昔っからの美味しいパン屋や軽食屋はあるんですよ」


 はきはきとした声が反対側からする。首を少し下に傾けると、どこもかしこも丸っこいアングルが目尻に温かなしわを作っている。


「いいのですか?」

「もちろんですとも!」


 エプロンの下に手を入れて、ふくよかな胸を張った。


「食べ方がまったく違うから戸惑うだろうな。こう、大皿がどん!とあって自分で取り分けた料理を食べるんだ」


 ヨルズは目を丸くしてから、まばたいた。一品ごとに盛られていない料理を取って食べる。それは微かな記憶として残っている。


「お母さん、お兄ちゃん……お父さんと。塔に行く前、家族でテーブルを囲みました。大きなお皿から取って……嫌いなものをより分けたら叱られて」


 背が高く白髪の混じるロキとふっくらと丸いアングル。二人に両親の影が重なった。目鼻立ちがぼやけた幻の口元が笑っている。兄の賑やかな声が頭の隅で木霊した。


「ああ。ヨルズちゃんは平民として生まれたんだったね。ご家族はお元気かな?」

「分かりません」


 もう一度まばたくと、幻は消えた。家族から引き離された時、ヨルズはまだ物心のつかない時だった。両親は二人よりもずっと若かったはず。重なる部分などないのに。


「王家に引き取られてから一度も会っておりません。消息すら教えてもらえませんでした。どこでどうしているのか。元気でいるのか。それすら分からないのです」


 目を伏せる。父と母と兄。父とヨルズは血が繋がっていないけれど、あの時は本当の父だと疑っていなかった。父の、兄とヨルズへの態度に差を感じなかったから。


「ヨルズちゃん」


 名前を呼ばれて顔を上げると、ふくよかなアングルの、柔らかく温かい腕に包み込まれていた。


「テュール様に頼んでご家族を探してもらいましょうね。丁度アースガルズの暫定統治者をやってらっしゃるしあの方は頼りになるから、すぐ見つけて下さいますよ」

「そうそう。見つかったらみんなで会いに行こう」


 家族に会いに。

 ヨルズはアングルの腕の中で、どきどきと波打っている胸に手をやった。何度も抱いては、打ち砕かれて諦めきっていたものがここに来て、また育ち始めている。


「よし、ヨルズちゃん。今日の晩御飯は大皿でいきますよ。久しぶりだからヴァナルガンドも懐かしいでしょうよ。そうだ。一緒に作るかい? あの子も喜ぶわぁ」


 肩を抱いたままのアングルに背中を押され、屋敷に足を向けると、肩を落としたロキがやってくる。


「なんだ。熱心に庭を見てくれていたから、一緒に庭いじりをしようと思ったのに」

「お父さん。そっちはまた今度におしよ。ヨルズちゃんはお姫様育ちなんだから、いきなり庭いじりは疲れますよ」

「そりゃそうだ」


 ははは、とロキが笑う。

 誰かと一緒に作る料理。あの庭に自分が立って、花や木をいじる。どちらもワクワクした。


「ヨルズちゃん、明日は一緒に庭いじりをしような」

「はい」


 頷いてから、庭を振り返る。木々と花々が柔らかく風に揺れていた。

更新がゆっくりで本当にすみません。

ゆるゆる更新ですが、お付き合いくださった読者さまに感謝です。

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