闘い――花音の舞(かのんのまい)――
描写力アップ企画に投稿した作品。
お題は「バトル描写」でした。
主人公の葛藤。自分との闘いを描いています。
お姫様になることは、あまりなかったわ。
背が高いから軍人役ばかり。虹色の照明の下で、サーベルを振り回して敵を蹴散らした。
締めの円舞曲でも私はサーベルを構え、舞台の中央で剣の舞。周りでふわふわのドレスのすそを広げ、艶やかに回り踊る娘たちの真ん中で、堅苦しい踊りを踊った。
その姿で外に出ていけば、ご令嬢たちがきゃあきゃあ。黄色い声をあげて群がってきたものよ。
びっくりするぐらいたくさん、贈り物をいただいたわね。
花にお菓子にシガレット。
けだるげに口から煙を出してみせれば、くらりと卒倒する子もいた。
でもいつも花を持ってきてくれる人は、何食わぬ顔で私にドレスを渡してきた。
『絶対、君に似合うよ』
そして――
『どうか私だけのために舞ってほしい』
膝まづかれて乞われたけれど、私は指輪を受け取ることができなかった。
『無理よ。ごめんなさい。私には倒せないわ』
客席に誰もいない深夜の舞台で、私は彼に頭を下げた。頬を涙でしとどに濡らしながら。
『倒せない? あの舞台には一体どんな魔物がいるというんだ? 燦然と輝く星の君を脅かすものなど、いないだろうに』
『いいえ、私はまだ……本物の星じゃないの』
舞台へ上がると、それは甘い声で囁いてくる。きらきら輝いていて、早くこちらへ来いと催促してくる。
『おいで。昇っておいで。振り向かずにまっすぐ。君はまだ、本当の星を掴んでいない。この私を』
それは蜜よりも甘く。太陽よりも輝かしい誘惑の光。
まるで天上でまたたく星のように遠いところにいるのに、その囁きは私の耳元ではっきり聞こえる。
『さらなる拍手。さらなる賞賛。さらなる名声。さらなる栄光。何を迷うことがある? さあ、私を掴め』
でも、あの人は?
愛するあの人と一緒に、あなたを掴めないの?
そう聞くと。輝く甘い声は、ひどくしゃがれて醜く濁る。
『二人では昇れない。私が欲しかったら、一人で飛んでくるのだ』
何年この舞台の中央で舞ったかしら?
それなのにまだ、私は満足できないの?
『私を求めよ』
なんて醜い欲望。化物ね。
もう十分じゃないの。体はもうガタがきていて、足先が震えているのに。
それなのに私はまだ、諦めきれない……
『次は古典をやるよ、うちの花形さん』
指輪を拒んでほどなく、座長は私に女神の衣装をまとうよう命じたわ。
新しい演し物は、昼と夜のなりたちを伝える神話。
太陽神に恋された月の女神は、熱い抱擁に焼かれるのが怖くてひたすら逃げる。
太陽神は女神を捕まえられず、嘆きの舞を舞う。そんな悲劇。
『一度目は十回転。二度目はその倍。三度目はそのまた倍』
そんなに速く回転するには、つむじ風では間に合わない。
『花音の舞を舞える星でないと、とうてい無理な構成さ。つまり君でないとね』
『いいえ。私はまだ本物の星じゃないわ』
『ご謙遜を、我らの輝く星』
私は逃げた。
舞台の端からもう一方の端へ。必死に太陽神から逃げた。
白い裳についた鈴を鳴らして。遠い星を掴もうと、手を伸ばしながら。
つかまったら最後、甘く囁く星に見限られてしまう気がしたから。
もっと速く。もっともっと……。
でも。
つい数日前、夢を見たの。
『僕を掴んで』
夢の夜空でたゆたっていたら、か細い囁きが聞こえてきたの。
ふと手のひらをみれば、小さな小さな星がほわりと浮かんでいた。
『僕を掴んで』
『だめだ! 私を掴め!』
まばゆい星が即座に、濁った声で怒鳴ってきたわ。いつものように燦然と輝きながら。
『そんな小さな星など。なんの価値がある?』
その声はとても尊大で大きかった。
でも。
小さな星の囁きはかき消されずに、はっきり聞こえてきたの。
『僕を掴んで――ママ』
今宵も客席は満員御礼。
さすが舞踊祭だわ。王族がいっぱい。
うちは芸術の都レンディールの公認舞踊団の中で、一番人気ですものね。
舞台の袖で団員たちが、最後のひと幕を舞う私を心配げに眺めている。
急に最後の部分を変えてほしいとごり押ししたから、いらついている人もいるようね。
あの人は貴賓席にいる。どこぞの国の国王陛下の隣で、食い入るように私を見つめている。
ああ、舞台の端に太陽神が現れたわ……。
「小さな星よ。私を導いて」
震える私は舞台の端から回転を始めた。しゃらんと、白い裳の鈴の音を鳴らして。
『私を掴め!』
とたん、燦然と輝く星が怒鳴る。
『僕を掴んで』
小さな星も囁いてくる。勢いよく差し出した手のひらにその星が見える。
神々しい光に吹き消されそうな、かすかな息吹。
その星は果敢にも、輝く星めがけてひゅっと飛んでいった。
意を決して戦いに赴く兵士のように。
すると輝く星の怒鳴り声が遠のいて。太陽神のたくましい腕がはっきり見えた。
さあ、あそこに飛び込むのよ。
それが答えと、あの人に分かるように。
怯まずに一気に。あの傲慢で醜い星を倒すのよ――
巻き起こる風。
床に撒かれた無数の花びらが舞い上がった。
きらびやかに。