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Caravan  作者: Ni_se
プロローグ
6/53

6


既に陽は落ち、暗闇に包まれた街の中。

騒々しい程に賑っていた昼間の街並みとは一転し、静けさの漂う大通りを走り抜ける2つの人影。

そして、それを追い駆けるように1つの人影が接近する。


「まったく、執拗いですねぇ!船まで後少しだというのに」


先を走る2つの人影、クリスを連れたカレンの走る速さは、然程速くはない。

それに加え、背後から迫るヨルを気にするあまり、本来の力を出せていなかった。

徐々にその差は縮まってゆき、ヨルは遂にカレンの背中を目前に捉える。


「その手、放せよ!!」


速度を更に上げ、その勢いのまま飛び掛かる。

カレンの予測を超える、ヨルの捨て身の行動にバランスを崩し、3人共に地面を転げ回る。


「あのままじっとしていれば良かったものを...。これだからガキは」


最初に意識を取り戻したのはカレン。

ぶつぶつと呟きながらカレンは立ち上がると、傍らに倒れるクリスを引っ張るように持ち上げる。

今の衝撃によりクリスは気を失ったらしく、雑な持ち上げ方にも反応する気配はない。

そんなクリスを強引に持ち上げた後、カレンは地面に倒れるヨルを見付けると、下卑た笑みを浮かべる。


「そういえば...、さっきはよくもやってくれましたねぇ。これはお返しをしなくては、ねぇっ!」


カレンはゆっくりと近づき、がら空きの腹部を思い切り蹴り飛ばす。


「うがっ!!」


苦悶の表情を浮かべるヨルへ、構う事なくカレンは続けて足を振り被る。

しかし、不意を突かれてしまった1度目と違い、来ると分かっていれば対処出来ない程早い蹴りではない。

迫るその蹴りに合わせ、ヨルは手に持っていた短刀を横薙ぎに払う事で反撃を狙う。


「おっとぉ、危ないですねぇ。...ですが、これなら手を出せないでしょう?」


力を振り絞り放った攻撃を、カレンは軽く飛び退く事で回避する。

カレンは依然として笑みを浮かべたまま、腰に下げたナイフをクリスの首に当て、盾にするように前へ押し出した。


「クリスをはなせ!!」

「だったらその短刀を放すんですねぇ!まぁ、言う通りにしたからといって私が手を放すとは限らないんですが、ねぇっ!」


迂闊に手を出すことが出来ず、ヨルは攻撃を躊躇う。

それをいいことに、両手の塞がったカレンの唯一空いている足で蹴りを放つ。

不自然な体勢で放つ蹴りは辛うじて避ける事が出来るものの、腹部に感じる痛みは着実にヨルの体力を蝕んでいった。



肥大していく痛みを堪える。

攻め倦むヨルは避ける事に徹し反撃の機会を伺うも、徐々に動きは鈍くなり、紙一重で回避する場面が増える。

疲れを見せまいとするも、動きに表れる疲労はどうする事も出来ず、それに気付いたカレンの攻撃はより一層激しくなっていく。


しかし、それは向こうも同じ。

カレンは蹴りを当てる事に躍起になるあまり、気づいていなかった。

ナイフを持つ腕が下がっている事に。

気を失っていたはずのクリスの目が、薄く開かれていた事に。



「そろそろ諦めたらどうですかねぇ!」

「おまえこそ!」


カレンの提案に威勢よく言葉を返すヨルが、回避する為に足に力を入れた時。

不意に、ガクッと足から力が抜ける。

咄嗟に片膝を突く事で倒れるのを堪えたものの、この間に出来た隙は大きく、その隙をカレンは見逃さなかった。


「ここにきて限界とは、残念ですねぇ!!」


中々当たらない攻撃に苛立ちを感じていた所へ、唐突に訪れたチャンス。

さらに、片膝を突いたヨルの体勢は、頭を蹴り上げるには正に最適な体勢。

カレンはその幸運に思わず笑みを溢し、足を振り上げながら、思う。

この、カレンにとって絶好の機会を作り上げてしまったのは、他でもないヨル自身であり、その直前まで得意げに逃げ回っていたヨルの顔は、いったいどれほどの悲痛に染まっているのだろうか。

その姿を想像して覗いたヨルの顔。そこに悲痛の表情はなく、笑み。


「クリス!思いっきりいけ!」


ヨルの声が響く。

窮地に立たされた人間がする筈のない表情に理解が追い付かず、困惑するカレンは振り降ろす足を思わず緩める。


「痛ぁ!」


腕に激痛が走る。

視線を向けると、そこには腕へ噛み付くクリスの姿。

何故。今の今まで気を失っていた筈。動ける筈がない。

不測の事態にカレンの頭は疑問で溢れ、思考が纏らない。




困惑するカレンに反し、ヨルの思考はひどく落ち着いていた。

それもそのはず。

この事態に付いて行けず、思考が停止しているわけではない。

自らが意図して作り上げたこの状況に、驚く筈がなかった。



右手に持つ短刀を握り締める。


ヨル1人では、ここまで順調にいく事はなかった。

もし、クリスが気を失ったままなら、立場が逆転することなくヨルは力尽きていただろう。


ヨルの足に力を籠め、駆ける。


ヨルとクリス、2人だからこそ、クリスの意識が戻っていた事、ヨルの意図に気付く事が出来た。

ヨルの意図を汲み取ってくれると、そう信じる事が出来た。


狙いは左足。

ヨルの体格で、最大限に衝撃を与える事が出来る場所。

吸い込まれるように突き刺さったそれは、カレンの足へ深々と突き刺さると、尋常でないその痛みに思わずクリスを手放した。

空中へ放り出されたクリスへ、ヨルは手を伸ばす。


「クリス!」


差し出された手を、クリスは迷う事なく掴み取る。

落下するクリスを受け止め無事を確かめたヨルは、目が熱くなるのをぐっと堪える。


「行こう、クリス」


まだ、これで終わったわけじゃない。

疲弊する身体に鞭を打ち、来た道を戻るように2人はその場を駆ける。




「ふふ、ふはっ、ぁはははは!」


背後から聞こえる、狂ったような笑い声。

その不気味な声にヨルは思わず走る速度を落とし、背後を振り向きかけた時。

不意に、頬を撫でる鋭い風と共に、鈍い音が辺りに響いた。


「はぁーあ。言われた事すら出来ない領主といい、このガキといい、今日はもう散々です。お陰で計画もめちゃくちゃですよ」


背後から、カレンの声が聞こえる。

ヨルの身に変化はなく、未だ腹部に若干の痛みを感じる程度。

隣に居るクリスを確認しようとした時、右手にある筈の感触がないことに気付いた。


冷汗が肌を伝う。

ゆっくりと背後を振り向いた先、そこには肩口から血を流し倒れるクリスの姿があった。


「は...え、うそだ...ろ...!?」

「これ、うちの最新魔導兵器でしてねぇ。簡単に持ち歩けて、魔術を放てない私でも簡単に放つ事が出来るんです。といっても、まだ試作段階なんですがね」


ヨルはすぐさまクリスの元へ駆け寄る。

その奥で、カレンが手に持っている筒状の物を自慢げに掲げているのが視界に入るが、それを気にしている余裕はない。

傷を確認する為にクリスの身体を起こすと、顔を苦痛に歪め傷口から夥しい量の血が流れる。


「お、おま、何で...クリスを...!?」


だって、手を出せないんじゃ...

声にならないか細い声で、続けた言葉。

今までのカレンの行動から、ヨルの中ではそう評価していた。

手を出さない、ではなく、手を出すことが出来ないのだと。

ナイフを突き付けた時も、本当に傷つけるような事はしないだろう、と。

警戒するヨルの心の奥底で、そう油断していた。

今、この瞬間まで。


「私、今更ながら気付いたんですよねぇ」


コツ、コツ、と硬い石畳の道を踏み鳴らす音。

それはゆっくりと、確実に大きくなっていき、こちらへ近づいているのが分かる。


「連れて来い、とは言われたんですが。それがどんな状態で、と迄は言われてないんですよ」


焦りが募る。

どうにかして流れる血を止めようにも、その術を知らないヨルにはどうすることも出来なかった。

荒い呼吸を繰り返すクリスへ、ただ必死に呼びかける事しか出来ない。


「これで文句を言われても、私の所為じゃないと思いません?...あぁ、でも、もし駄目だったらどうしますかね...」


身体の震えが止まらない。

ヨルは初めて、この男という存在に恐怖を抱いていることを自覚した。

怖い、ここから逃げ出したい。

ヨルの頭に、そんな感情が渦巻く。

しかし、クリスを置いていく事は出来ない。

片手で握るクリスの手は、さっきより冷たく感じる。

いくら医療の知識のないヨルでも、この状態が続くのが不味いことは明白だった。

必死に頭を働かせるも、この状況を打破するようなものは思いつかない。


「言い訳は...そうですねぇ。確保した時には既に死んでしまっていた、とでもしておきましょうか。どう思います?」


こちらへ問い掛けるカレンは、やがて、目の前で立ち止まる。


「やめろ...」


ヨルの口から言葉が漏れる。

それに構うことなく、カレンは発射口をクリスへ向ける。


「やめてくれ」


何でもする。自分がどうなろうとも構わない。だから、どうか。

ヨルの思いつく限りの言葉を並べ立て、カレンへ助けを乞う。


「んー、そうですねぇ...」


向けていた銃口を下げ、考え込むような素振りに、僅かな希望を抱く。

僅かな沈黙の後、カレンの出した答えは


「んー。ムリです」


拒否。

銃口を再度クリスへ向け、引き金へ指を伸ばす。

悲嘆、落胆、怒り。

様々な感情が綯交ぜになった頭で、ヨルの身体は咄嗟に動く。


「やめろぉおお!!」


クリスだけでも助けたい。

その一心で動いたヨルの身体は、クリスへ覆い被さるように倒れ、その瞬間、ヨルの体力は遂に限界を迎える。




発射する音が聞こえたのが先か、意識が途切れるのが先か。

分からないまま、ヨルの意識は暗闇へ沈んでいく。

ただ、気を失う直前、身体の奥にいる何かが膨らみ、弾けるような感覚がした事だけが、鮮明に残っていた。


この時、何が起こったのかをヨルは知らない。


しかし、偶々この近くを通りかかった者は、仲間内にこう言い触らしたという。

「オレは、透き通る様な美しい女神を見た」と。


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