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Caravan  作者: Ni_se
プロローグ
4/53

4


ここは神の末裔とされる王が治める国、シス王国の港町。

この港は王都から最も近い都市であり、且つこの国唯一の海の玄関口でもある。

一国に一隻保有するだけで十分珍しい代物であった魔導船が、一部の豪商や名のある者へ普及して暫く経ち。

一般の者でも高い金額を支払うことで雲海を渡る事が可能になったことで、以前より多くの者で溢れる様になったこの港では、様々な物が市場へと流れていく。

その市場を賑わせる者は皆、それぞれが異なる目的を持ち、観光の為に船を乗ってきた異国の者や、珍しい物を求めて買い付けに来た商人など、多種多様な人々で溢れ返っていた。


「すっげぇ...」


道行く人の多さに圧倒され、立ち尽くす少年が一人。

名を、ヨル・バルバロス。

物心付く頃から船の上で育ち、1人で船の外へ出るのはこれが初めてだった。


全身を甲冑で身を包み、背中には己の背丈と変わらない程巨大な斧槍を背負う者。

色彩豊かな服を羽織る、動物を象った耳飾りが特徴的な者達。

行き交う人々の興味を引こうと声を張り上げる露天商の売子。

船内で会う人の殆どが身内だったこともあり、ヨルの目に映る物全てが新鮮に写った。



田舎者よろしく辺りを見回していると、人の賑わう先から芳ばしい香りが漂って来るのに気づいた。

食欲の増す香りに、思わず腹の底から情けない音が出てしまう。

ヨルは朝から何も食べておらず、そのことを思い出した途端、余計に気力が失われていく。

...早急に何か食べなくては。

この匂いのする方には、きっとおいしいものがあるに違いない。

ヨルはそう考え、食欲をそそる香りのする方角へ歩き出した。




港の中心に位置する噴水広場。

ヨルは噴水の縁に座り、幸せそうな顔で両手いっぱいに持つ串焼きを眺めていた。


遡ること少し前。

香りのする場所へ辿り着いたヨルは、自分が通貨を持っていないことに気が付き途方に暮れていた。

それを見兼ねた、目の前で店を開いていた店主。

数本程度ならと、腹を鳴らし途方に暮れる少年へ差し出すことにした。

ヨルは串焼きを両手で持てるだけ貰い、満面の笑みで感謝を伝えると店を後にする。

予想以上の量に店主は顔を引き攣らせるも、ヨルの輝くような笑みで感謝を前に、とても返せとは言えなかった。



そんなこともあり、大切に少しずつ食べようと思っていたはずの串焼きも、気づけばあと2本。

残り少なくなったそれをどう食べようか悩んでいると、自分以外に覗く視線がある事に気づいた。

ヨルとあまり変わらない背丈の子供が、同じように串焼きを見つめている。

その子供は薄汚れた外套を被り、外套の隙間から僅かに見える金の髪が陽の光で時折輝いている。


その子供を一言で言えば、怪しい。

薄汚れ、ヨル程の背丈でなければ顔を判別出来ない程深く被った外套に、この世界では殆ど見ない、黄金色に輝く髪。

この世界の人間であれば、普通は関ろうとしない。

だが、船という狭い世界だけで育ってきたヨルにとって、そのような常識など知り得るはずもなかった。



串焼きを右へ動かすと、視線も右へ。

左へ動かせば、同じように左へ。

小動物のような、その様子がとても可笑しく、ヨルは暫くの間串焼きを左右へ振り続けた。


「おまえ、これ欲しいのか?」


串焼きから目を離せないでいる子供は、視線そのままに上下に頭を振る。

残り2本しかない串焼き。

正直な事を言えば、どちらも食べてしまいたい。

だが、その串焼きは店主の好意で与えられた物。

このまま全て食べてしまうのは、店主の気持ちを無下にするようで間違っているような気がする。

そんな葛藤の末、ヨルは手に持っていた串焼きを、渋々ながらも1本差し出すことにした。


「...ほら、やるよ」


子供はそれを受け取ると、串焼きへがっつくように食べ始める。

あまりの勢いにヨルは少々面食らうも、残り1つとなった串焼きを食べ始めた。

2人とも無言で食べ続け、先に最期の一口を食べ終えたヨルは口を開く。


「おまえ、親はどうしたんだよ」


勢いのある割に食べるのが遅く、どこか気品を感じさせる食べ方をしている子供は、ただ首を振る。


「そんだけじゃ分かんねーよ。...もしかして、迷子か?」


子供は小さく頷く。 


「はぁー...ったく、しょうがねーなー。ほら、行くぞ」

ヨルは、子供が食べ終わるのを見計うと、噴水の縁から立ち上がり、手を引ったくるように掴む。

子供は突然の事に目を丸くさせるも、引き摺られないよう後をついていった。




時刻は昼過ぎ。

午前中の要件を済ませたレオは、午後の予定の確認と準備の為、船の執務室へと戻ることにした。

扉を開けると、そこには本棚の本を手に取り作業をしているエルザの姿が見える。

こちらに気が付いたエルザは作業を止め、掛けていた眼鏡を外し頭を下げた。


「お帰りなさいませ。予定より少々時間が掛かったようですが、依頼の方はいかがでしたか」


エルザの言葉に、レオは椅子へ腰掛けると、言いづらそうに話し出す。 


「あぁ、その事なんだが...。ガキをもう一人預かることになりそうだ」

「然様ですか...。なら、部屋を片付けないとなりませんね」


ため息の一つでもされる覚悟していたレオ。

それに対し、何時もと変わらない淡々とした調子で答えるエルザに、若干の拍子抜けと安堵でレオは溜息を漏らす。


「この後は、領主の所だったか。...そういえば、あいつはどこ行った?」

「今頃掃除をしている筈ですが...、見かけませんね。確認しますか?」


エルザの言葉に、レオは一瞬の逡巡の後、口を開く。


「いや、いい。...やっぱり視てくれ。嫌な予感がする」

「畏まりました。午後の予定は翌日に変更しておきます」


その後、暫く会話が続いた後。

レオは意を決したように立ち上がる。


「ちょっと出掛けてくる。もしあいつが帰ってきた時の為に、お前はここにいてくれ」

「了知しました」


そう言い残し、レオは部屋を後にする。

部屋に残るエルザは、その背中が見えなくなるまで、恭しく頭を下げ続けた。


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