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Caravan  作者: Ni_se
第1章 旅立ち
17/53

17


あの日から、1週間が経った。

ヨルと盗賊の親分、2人が炎の中へ飛び込んですぐ、王都から衛兵がやってきたお陰でヨルは一命を取り留め、その後すぐさま診療所へと運ばれた。

運ばれたヨルは意識こそないものの、幸運なことに、身体に外傷は殆どなく、跡が残るような火傷も何故か一切見つかることはなかった。

運ばれて数日もすれば意識も取り戻し、ベッドを2人の泊っている宿へ移動してから数日。

今では、1週間前と変わらない状態にまで回復したヨルだったが、ひとつ、大きな問題が残っていた。


その問題に思い悩みながら階段を上っていたクリスは、部屋の前へ到着したことに気付き、思考を中断する。

大きな紙袋を片手で抱えている為、唯一空いている手で扉を軽くノックする。が、返事は返ってこない。


「ヨル、開けるぞ」


それにクリスは構う事なく扉を開けると、目の前に現れるのは、備え付けられたベッドと机がある以外荷物の殆ど置かれていない殺風景な部屋。

クリスは片手で抱えていた紙袋から、果物や今食べられる物を取り出していき、机の上へと並べていく。


「買ってきた物、ここ置くぞ」

「...あぁ。」


クリスの言葉に生返事で返すヨルは、既に1週間前と変わらない状態にまで戻っている。にも拘らず、心ここにあらずと言った様子で窓の外をただ見つめたまま動かない。


ヨルは目覚めてからというもの、ずっとこの調子で空を見つめ、まるで抜け殻のように気力を失くしてしまっていた。

確かに、あの惨状を間接的にとはいえ引き起こしてしまった自分を責めるのは、分からなくもない。

初めの内は、それよりも目覚めた喜びの方が大きく、気力を失くしてしまったのも今の内だけだろうと、クリスはそう思っていた。


しかし、2日、3日と時が経っても変わることのないヨルの様子は、心配を超えて痛々しさすら感じてくる。夜な夜な何かに魘され、買ってきた食べ物も全く手を付ける様子はない。


そんな姿のヨルに、クリスは何も声を掛けることは出来なかった。

元気を出せ、気にするな、と声を掛けるのは簡単だろう。

だが、そんな言葉を掛けた所で、今のヨルには響かない...いや、怖くなったんだ。

いくら言葉を掛けた所で、何も知らない奴からもらう言葉など、ただ苛立ちを覚えるだけ。

それならまだいい。

もしかしたら、更に酷くなってしまい、自ら命を断ってしまう可能性だってある。

そう思うと、声を掛けるのが怖くなってしまった。


「......」


だが、このまま怖がっていても何も解決はしない。

ヨルがこうなってしまったのはこの1週間、時間が解決してくれると安易に考えてしまった自分にも責任があると、クリスはそう思っている。

軽く深呼吸をし、口を開く。


「なぁ、ヨル」

「...」


ヨルは変わらず反応はない。

だが、構わず言葉を続ける。


「リコリスの居た場所に行ってみないか」


その言葉に、ヨルの身体がピクリと反応する。


「...行ってどうするんだよ」

「目が覚めてから、まだ一度も行ってなかっただろ?花でも買って行こう」


植物好きだったし、と明るく振る舞いながら、クリスは言葉を続ける。


ヨルがこの状態になってから、クリスは色々悩んだ。

悩んで悩んで、悩み抜いた結果、出した答えがこの言葉。


今のヨルに必要なのは、目的なんだと。

...なんてカッコつけて言ったが、本当は何も分からず、少しでもヨルの気がまぎれれば、その間に何か変わってくれれば、と思っただけの体のいい後回し。

そんなことしか考え憑かない自分が嫌になる。

だが、これしか思いつかなかった。

こんなことしか、出来なかった。




辺り一面に燃え広がっていた炎はもう見る影すらなく、その代わりに、視界に広がるのは、灰色。

赤色に染まっていた家々は倒壊し、辛うじてそこに家があったということが分かる程度。

村の入り口が、ヨルの視界に入っただけで身体が震え、来た道を戻ろうと足が独りでに動き出してしまいそうになる。


「っ!...はぁ...はぁ...」


だが、ヨルの肩に触れるクリスの手が、それを既の所で踏みとどまらせる。


1歩、1歩。

奥へ進んでいくにつれ、ヨルの動悸が激しくなっていく。


脚が重い。

しかし、自分にはこの光景に悲しみを抱く資格なんか、足を止める権利はないんだと、ヨルの心が叫ぶ。こうなってしまったのは、全て自分の責任なのだから。



やがて、2人は村の最奥へと辿り着く。

周囲が黒く焼け焦げた、少し広い空間。

その先にある、既に跡形もなく崩れた家だったもの。

忘れる筈がない。

この場所から、突然走っていった少女の姿は今もこの目に焼き付いている。


「ぁ...あぁ...」


ゆっくり、ゆっくりと、途中何かに躓きながらも、ヨルは家だったものに近づいていく。


目に涙が浮かぶ。

そんな資格はない、そうヨルの心が叫ぶ声が聞こえてくるが、目から溢れる涙は止まらない。


「あぁ......」


もう、いないんだ。

あの、明るく、時々うるさくも感じたあの声を聴くことは、もうないんだ。


「うぁああああああああああ!!!!!」


リコリスの住んでいた家、その残骸の前で崩れ落ちるヨルは、感情のままに声を上げる。

憎い、安易にその選択をしてしまった、あの時の自分が。

悔しい、こうなる前に何もできなかった、自分が。

旅を始めてすぐ、次々と現れる敵の温さに自分が強くなったのだと、愚かにも勘違いしてしまった。

どんなに困難が立ち塞ごうとも、自分ならなんとかなると、そう思ってしまった。

だが、今更後悔した所で、もう遅い。

これから先、旅を続けたとしても、どんな強敵と戦うことになったとしても、必ずリコリスのことが頭に過るだろう。

それならもう、いっそのこと──


「ヨル」


気付くと、ヨルの手は独りでに腰に下げた剣を掴んでおり、その手をクリスの手が抑えていた。


「クリス...オレ...」


自分が今、何をしようといていたかをヨルは理解した途端、とても恐ろしく感じ手が震え出す。

しかしその縋るような声に、クリスは何も答えず、代わりに鞄の中を漁り始める。


「ヨルが目が覚める前、1度ここへ来たことがあったんだが...その時、こんなものが落ちてたんだ」


クリスがそう言いながら取り出したのは、水晶のような黒い球体。

両手で収まるほどに大きい球体は、表面が磨かれているかのようにツルツルとしており、球体の中心から黒い靄のようなものが渦を巻いて蠢いている。

その黒い靄は、一目見た瞬間に良くない物だと確信できる程の不安を覚えた。


「ここへ来た時、あいつの死体の代わりに大量の灰があって。その中にこれが埋まってたんだ」


クリスが指を伸ばした先、そこには確かに見覚えがある。

ヨルがあの男と共に飛び込んでいった場所だ。

だが、そこに盛られた大量の灰のようなものには全く見覚えがない。


「ヨルにはまだ話してなかったんだが...。どうやらあの男、何か薬を飲んでからおかしくなったようなんだ」


クリスの言葉を、ヨルは黙って聞き入る。


「だから気にするな、とは言えない。が、あの男の様子はどう見ても普通の人間じゃなかった。そして、死体の代わりに置かれていた黒い水晶。偶然ではない筈だ」


確かに、あの男の様子は尋常ではなかった。

この黒い水晶の正体が分かれば、あの男を変えてしまった原因が何か分かるかもしれない。

だが...


「オレ達2人には、これが何なのかは分からない」


正体を知る術がない。

道具があっても、それを操る知識と技術がなければ、何の意味もないだろう。

しかし、そのことにクリスが気づかない筈がなかった。


「そうだ。俺達にはこれが何なのかは分からない。...だが、少なくとも、俺達よりも遙かに詳しい人に心当たりはないか?」


その言葉に、ヨルの頭は更に疑問符で埋め尽くされる。

こういった未知のモノに詳しい、2人の知っている人物なんて...


「...っ、そうか!」

「あぁ。今すぐに向かえば、まだ間に合うかもしれない。無論、必ず知っている保証はない。専門外だろうからな。だが、俺達2人が悩むよりは遙かにマシな筈だ」


2人が共通して知っている、未知のモノに詳しい人物。

だが、その人物が隣町へ向かってからもう1週間も経っている為、今から向かった所で既にそこを出たあとかもしれない。


だが、それでもいい。

少しでも希望があるのなら、今はそれに縋るしかないのだから。

それで、少しでも犠牲になった人達の、リコリスの気が、晴れるのなら。




「はいー、今行きますーぅおわ!っとと」


2人の目の前にある扉、それをヨルが軽く拳で小突けば、木を叩く軽い音と共に向こうから声が聞こえてくる。

ほどなくして、扉が独りでに開いた。


「す、すいません、ちょっと散らかってしまって、って...あれ?ヨルさん、クリスさん、お久しぶりですね!お元気...では、ないようですが...」

「不躾で申し訳ない。突然なんだが、これを見てくれないか」


クリスの取り出した黒い水晶、それを見たネロの明るく振る舞っていた様子が変わり、真剣な眼差しへと変わる。


「これは...おふたり共、とりあえず中で話をしましょう」


2人はネロに従い、部屋の中へ進む。

この1週間の間にどうしてここまで汚すことが出来るんだ、と思う程に物が散らばっている部屋の中を、踏まないようなんとか椅子の置いてある場所へ腰を下ろす。


「単刀直入に聞きます。この水晶、どこで手に入れたんですか?」


その言葉に、クリスはネロと別れてから起こったことを洗い浚い全てを話した。

あの村で起きたこと、様子のおかしい男のこと、話していくにつれ、ヨルの気分はどんどん暗いものへと変わっていくが、これを説明するにはどうしても必要なことなので、ヨルには辛抱してもらうしかない。

全ての説明を終えると、ネロは手袋を嵌めた手で黒い水晶を持ち上げ、眺めながら口を開く。


「うーん、明らかに良くない魔力の波動...確かにこれは僕の専門外ですねぇ...」


元々専門外であることは理解しており、知っている可能性の方が少ないということも分かっていた。

分かっていたこととはいえ、それでも直接聞かされるとショックは大きい。

ヨルは落胆した様子を見せるも、ネロの顔には未だ笑みを浮かべていた。


「...ですが、この分野に詳しい人に心当たりがあります」

「っ!本当か!?」

「ここからだと、かなりの距離があるんですが...えーっと、どこだったかなぁ...」


ネロは2人に背を向け、散らばった荷物を漁り始める。

部屋中が更に物で溢れていく中、漸く探していた物が見つかったようで2人の前へ戻り、机の上に両手で抱える大きめの紙の束を広げ出した。

広げた紙に茶色く塗られた三日月形の絵に、白い雲のような絵がそれを囲むように描かれている。

そして、その紙の中心、白い雲のような絵の中に塔のようなものが描かれていた。


「この地図はだいぶ簡略化されているんですが...ここが、今僕たちがいるソル王国の領土です」


ネロは紙に描かれた三日月形の大陸、その下部へ指を置く。


「そこからずーっと北北東へ進んでいくと、僕の知り合いのいる、魔術国家テルモスがあります」


指を紙の上にツーっと走らせていき、大陸の上部で止めた。


この一瞬の間に終えてしまった説明は、聞く分にはなんてことないように思えてしまうが、辿り着くまでの距離は相当なものだろう。


「そこへ行くとしたら、どれくらい掛かるんだ?」

「そうですねぇ...。おふたりは馬車をお持ちでないようなので、辻馬車を使ったとして...早くて半年くらいでしょうか?」


半年。

月換算で6カ月、日に換えると180日の月日が掛かる。

それに加え、資金の調達に食料の補充を併せれば、掛かる時間は更に増えていくだろう。

途方もない距離に、思わず頭を抱えたくなる。


「お送りましょうか?」


そこへ、唐突に聞こえたネロの声。

一瞬、何を言っているのか理解できずに呆然とするが、それに構わずネロは言葉を続ける。


「僕の向かうのはジグラト公国なので、結果的に少々遠回り気味になってしまうのですが...。それでも幾分か早くなると思います」


ジグラト公国はソル王国から殆ど東側に位置しているとはいえ、少しでも北へ進めるのなら、この国から向かうよりも向かう時間は短くなるだろう。


「...本当にいいのか?」

「もちろんです。調査の件で、凄くお世話になりましたし!...あ、もちろんお金は取りませんよ!」


ネロの馬車はかなりの速度が出せる筈。

それに加え、金が掛からないというのは今の2人にとってはかなり嬉しく、断る理由はない。


「なら、よろしく頼む」

「決まりですね!では、次の話を...。ヨルさん」


その言葉と共に、ヨルへと視線が向けられた途端、今までの明るかったネロの表情は少しだけ厳しいものへと変わる。


「そうやって旅の間中、ずっと落ち込んだままでいるんですか」


続けて口にしたネロの言葉に、ヨルは答えない。


「僕はその場にいなかったので分かりません。...が、ヨルさんの様子を見れば、大体のことは分かります。辛かったんでしょう。泣きたかったんでしょう」


ネロの声色が、穏やかなものへと変わる。


「その結果何を考え、何を選ぶのかは本人の自由です。堪えられないのなら、自ら命を絶ってしまえばいい。...ですが、クリスさんのことはどうなるんですか」

「...っ!」


突然、穏やかだった声色は元の厳しいものへと変わり、ヨルのみならず、クリスまでも突然名前を呼ばれたことに驚き、身体が僅かに反応する。


「こんな状態になってから、クリスさんはずっと隣に居たはずです。確かに、ヨルさんの選択で多くの方が亡くなってしまったのでしょう」


ヨルの脳裏に、元気な姿の少女が思い浮かぶ。


「ですが、今生きている人を蔑ろにしてでも引き摺り続ける、それを亡くなった方々はそれを望んでいると、本当にそう思っているんですか?...ヨルさんの知る人は、そんなことを思うような方だったんですか?」


あの少女が、そんなことを望んでいる筈がない。

出会ってからまだ1週間と少し、共に行動したのは数日しかないが、そう断言できる。


「...そうだな、そうだよな」


考えてしまえば、とても簡単なことだった。

無論、忘れたわけではないが、今まで感じていた心のつかえが取れたような感じがする。

そして何よりも。


「すまん、クリス。...そして、ありがとう2人とも」

「あぁ」

「ご理解いただければそれで充分です。亡くなった方を忘れないことも大切ですが、死んでいった者だけを考え続けるのは...、それは、それは辛いものですよ」


ネロの口にした言葉の最後の部分に、何故かとても重みを感じた。

まるで、ネロ自身がそうであるかのように。


「んで、今日から一緒に馬車で旅をするんだっけ?」


この1週間、一度も見せなかったいつもの調子で、ヨルは言葉を口にする。


「はい!...と言いたい所ですが、今日はもう遅いので明日...って、もう行ってしまいましたね」


2人の目指す場所は遠く、ネロも今日出発する予定だったとはいえ、話し込んでしまった所為もあり、外は既に日が暮れてしまっている。

このまま出発したとしても、すぐに辺りが真っ暗になってしまうだろう。

という話をしようとした時には、既にヨルは部屋を飛び出してしまい、ネロはやや呆れたような笑みを浮かべていた。

取り残された2人、そこへ暫くの間流れる沈黙を、クリスが破る。


「ネロ...さん、感謝する。」

「いえいえ!感謝されるようなことをした覚えはないですよ。...それに、遅かれ早かれクリスさんがやっていたことでしょう?あ、あと、さんは不要ですよ」

「だが...それでも、感謝する」


食い下がるクリスに、ネロも困った様な笑みを浮かべる。



目的が変わろうとも、旅を続けるのは変わらない。

目指す場所は、魔術国家テルモス。






暗闇に包まれた森。

その中ほどに存在する村、いや、いまは廃村と呼ぶべき開けた場所は、静寂の中時折聞こえる狼の遠吠えが、物悲しさを感じさせている。


静寂の中に響く地面を踏み鳴らす足音。

明かりの一切ない中。その音は一切揺らぐことなく、廃村の奥へと進んでいく。


その足音は廃村の最奥、その場所で止まる。

視線の先は、死体の代わりに大量の灰が積まれた場所。


「......チッ」


苛立たし気に舌を鳴らす音が響く。

足音は再び響き始め、廃村から遠ざかっていった。




プロローグ、第1章と、お読みいただき有難うございます!

毎日1話、稚拙な文章を投稿し続けていたのですが、私にはそれすらも厳しいようで...

お読み頂いた方には申し訳ないのですが、これ以降からはペースを落として投稿していこうと思います。決して途中で終わらせるつもりはないので、これからもよろしくお願いします!

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